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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第五章 リヒト・ベーテンの夜
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第八話 夢魔の霧を解くためには


「なるほど、そのような事が……」


 ホロウに事情を説明すると神妙な声でそう言った。

 彼と相棒の首無し馬コシュタ・バワーは、ちょうど領都の巡回に出ていたところだった。

 そろそろ屋敷へ戻ろうかと考えていた時に、この霧に遭遇したらしい。

 呪術への心得があったホロウは、すぐに夢魔の霧である事に気づいたそうだ。

 ロザリーと同じように――方法こそ違うが――呪術で相殺しつつ、発生源の特定をしたところ、レイヴン伯爵邸である事が分かり、大急ぎで戻って来てくれたらしい。


「しかし、ナイトメアか。外では、それらしき気配は感じませんでしたな」

『ええ、主。むしろこの屋敷の中の方が、匂いが強いですね。恐らく誰かの夢の中に入っているのではないでしょうか』


 するとコシュタ・バワーはそう言って、眠っている人達の方へ体を向けた。

 首の無いコシュタ・バワーがどうやって匂いを――――とは思ったが、食事もできるし、いつもの事である。

 なので特に気にせずアナスタシアは「どなたか特定はできますか?」と聞いてみると。

 コシュタ・バワーは『は、少々お待ちを』と言って、匂いを嗅ぐような動作をしながら、床に倒れた者達一人一人の周囲を歩き始めた。

 そして、程なくしてオーギュストのところで動きを止める。


『この方ですね。この方は、ナイトメアと縁が深い方だったのでしょう?』

「はい。ナイトメアに変化させられた方が、婚約者だったそうです」

「なるほど。それならば、ナイトメアの中に残っている記憶が、彼に惹かれたのかもしれませんな」


 アナスタシアが頷くと、ホロウは納得したようにそう言った。 


「記憶、ですか」

「ええ。死者は、生前に抱いていた強い記憶に、影響を受けますからな。この様子では、そのナイトメアがプリメラと言う人物というのは、間違いがないでしょう。まったく、酷い事をする」


 ホロウは声に怒りを滲ませる。アナスタシアもその言葉に同感だった。


「ひとまず、この霧をどうにかする方が先だな」

「そうですね。ホロウさん、ロザリーさん。どうしたら解けるか分かりますか?」

「えっと、方法としては三つあります」


 ロザリーは頷いて、指を一本ずつ立てながら教えてくれた。

 一つ目はナイトメアを作り出した術者に魔法を解かせる方法。

 二つ目はナイトメア自体を消滅させる方法。

 それから三つめは……。


「これはナイトメアが作られて日が浅い場合にのみ可能ですが、その時に使用した魔法陣を正式な手順で消して、ナイトメアを元の魂の状態に戻す事です。そうすれば夢魔の霧も自然と解けます」

「元の魂の状態ですか」

「はい。作り出されたばかりのナイトメアは不安定ですから、安定するまでは術者からの魔力供給が必要なんですよ。ただこの方法の場合、魔法陣の近くまでナイトメアを連れていかないと駄目なんですが」


 フローズンホースと少し似ているな、とアナスタシアは思った。

 だが、それならば。


「三つ目ですね」

「ああ、そうだな」


 アナスタシアの言葉に、ローランド達は頷いてくれる。

 夢魔の霧を解く方法と、ナイトメアを助ける方法が同じだからだ。


「昨日会った時は、オーギュスト伯父様の態度は普通でした。リヒト・ベーテンの夜を利用して生み出したなら、近場にその魔法陣があると考えても?」

「間違いないな。その状態であるならば、テレンスもそこにいるだろう」



◇ ◇ ◇



 それから直ぐに、ロザリーとホロウが、屋敷を覆えるくらいの大きさで、夢魔の霧を相殺する結界を張った。

 呪術は呪術で防ぐものらしい。

 そうして二人が作り出した半円型の光に包まれた屋敷の中から、夢魔の霧が消えた。


 念のため屋敷の中の様子を手分けして確認すると、やはり今起きている者達以外は眠りに落ちていた。

 アナスタシアも馬小屋へ様子を見に行くと、ユニやフローズンホースを始めとした馬達も、すやすやと寝息を立てている。

 皆、苦しんでいる様子がない事だけは幸いだった。


 さて、問題はナイトメアである。


 一通りの確認を終えてエントランスホールに集まり、今後について相談を始めると、


「では先にナイトメアを、この御仁から追い出さねばですな」


 とホロウが口火を切った。


「廃人になるのは心配ですが、中にいた方がナイトメアの居場所が分かりやすいのでは?」

「いえ、お嬢様。魔法陣を破壊してナイトメア元に戻す場合、一度外に追い出さないと、二人に魂が混ざって厄介な事になるんですよ」

「えっ想像以上に怖い事になるんだね!?」


 その言葉に、シズはぎょっとした。

 ホロウは「まぁ死霊術ですからなぁ」と呟く。

 これが自然発生だったら別だが、人為的に作り出した魔法であるだけに、魂同士が干渉しやすくなるらしい。


「ちなみに混ざるとどうなるのですか?」

「記憶と人格が混ざって、発狂しますな。まぁごく稀に、望んでなる者もいるらしいですが……気が知れない」


 ホロウがそう肩をすくめた。

 確かに、発狂すると言われている事を自ら行うのは、アナスタシアも理解できない。

 アナスタシアも馬が好きだが、会話をしたり一緒にいるのが好きなのであって、混ざり合って一つになりたいわけではないからだ。


「ナイトメアを追い出すにはどうすれば良いのですか?」

「外からの干渉は難しいですからな。実際に夢の中に入って追い出します」

「夢の中……あ、この間のホロウさんの呪術みたいな」

「うぐ。そ、そうですとも!」


 実際に、夢を繋げたのはコシュタ・バワーではあったが。

 気まずそうなホロウに、アナスタシアは小さく笑った。


「ふむ。問題は誰が中に入るかだな」

「同じ術に触れた者の方が、するっと入りやすいですな。つまりシズかアナスタシア殿か」

「はい! 出番ですね!」


 アナスタシアが元気に手を挙げると、とたんにローランドが心配そうな顔になる。


「夢の中に危険はないのか?」

「夢は夢ですからな。それにナイトメアは、その夢の主にしか影響を及ぼす事は出来ませんから、入った者への危険度は低いでしょう。しかし――――」


 ホロウは腕を組む。


「……見たくないものを、見るかもしれませぬ。アナスタシア殿ならば分かるでしょう?」


 そう言って、ホロウはアナスタシアの方へ体を向けた。

 彼が言っているのは、以前、アナスタシアとホロウの夢が繋がった時の事だろう。

 ホロウの魔力を利用し、コシュタ・バワーが夢を繋げて見せた、ホロウの記憶。

 悲しい夢だった。辛い夢だった。当事者ではないアナスタシアもそう感じたほどだ。

 ああいった夢を見る事になるかもしれない、とホロウは言っている。


「オーギュスト殿が目覚めれば、ナイトメアはその者の中にはいられず外へ追い出されます。同時に中へ入ったものも追い出されます。ですので、とにかくオーギュスト殿を目覚めさせる事が重要です」

「どうすれば起せるでしょう?」

「夢というものは、案外単純なもので、本人が心から『起きよう』と思えば、起きる事が出来るのですよ」


 ただ、とホロウは続ける。


「……夢というものは、離れがたいものでもありますからなぁ。素直に起きてくれるかどうか」


 ああ、それは――――あるかもしれない。

 そう思いながら、アナスタシアはオーギュストを見た。

 彼はアナスタシア達に『大事な人を助けて欲しい』と頼んだ。

 あの場でそんな事を言えば、何かしらの身の危険があるかもしれないのにだ。

 それでもオーギュストはアナスタシア達に助けてくれと言った。


 彼から信用される理由なんてなかったのに。

 オーギュストはテレンスの脅しの末の約束よりも、アナスタシア達の方に勝機があると信じてくれたのだ。

 だから、きっと。


「……きっと起きます。大丈夫、オーギュスト伯父様は、目覚めます」


 アナスタシアは、はっきりとした声でそう言い切った。

 ホロウは少し驚いた様子だったが、直ぐに小さく笑って、


「さすが肝が据わっておられる」

「フフ。……あ、でも、ナイトメアを追い出したら対処しないとですよね」

「そうなりますな」

「でしたら私が一人で行きます。こちらの方が人数が必要でしょうし。テレンスさんが来た時に大勢を庇って戦うには、動ける人数が少なすぎます」

「アナスタシアちゃん、だけど……」


 シズが心配そうな顔をする。

 しかしアナスタシアは笑って、


「シズさんは、もし私が起こせなかった時にお願いします。ローランドさん、それで構いませんか?」

「……分かった。けれどくれぐれも気を付けるように」

「はい!」


 ローランドの許可が出ると、アナスタシアはホロウを見上げた。


「お願いします、ホロウさん!」

「承知した!」


 ホロウはガツッと、籠手に覆われた両手を合わせる。

 そして呪文を唱えると、ふわり、と彼の周りで水色の光の粒が現れ始めた。

 まるで氷の欠片みたい。

 そう思いながら見つめていると、その光がアナスタシアの身体に吸い込まれ始め、徐々にアナスタシアの瞼は重くなり。

 アナスタシアは、夢の世界へと落ちて行った。

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