第四話 まともな方の行いとはとんと思えない
フランツとアレンジーナを残して様子を見に行くと、そこにはガース以外に、二人組の男と倒れた門番の姿があった。
見るからに穏やかとは言えない状況だ。
ガースは二人組の前に立って出ていくように言っている。
「何をしている!」
注意を惹くように、ローランドが大きめの声で呼び掛ける。すると直ぐに視線が向いた。
顔が見えるようになって、アナスタシアは「あれ」と小さく呟く。二人組の男に見覚えがあったからだ。
昨日会ったオーギュストとテレンスだ。何故、この二人が一緒に行動をしているのだろうか。
「オーギュストさんに、テレンスさん?」
「……やあ、また会ったね」
オーギュストはアナスタシアを確認すると、昨日とは打って変わって憂鬱そうな表情でそう返した。
今日のオーギュストは礼服を着ている。こうして身なりを整えた所を見れば本当に父親であるレイモンドとよく似ていた。
(ああ、だから昨日『色合いが』と……。でも、何故ここに)
その疑問を口に出そうとした時、先に彼の隣の男が動いた。
「おっと、いらっしゃった。どうもどうも、こんにちはぁ」
軽薄な口調でテレンスは挨拶をし、アナスタシア達に向かってひらひらと手を振る。
彼を見てシズが目を見開く。
「テレンス、お前」
「ようシズ、昨日ぶり~。いやぁ、やっぱ良い所で働いてるじゃねーの」
テレンスはニヤ、と片方の口の端を上げて笑った。
昨日と比べると、嫌な笑い方だなとアナスタシアは直感的に思う。
ローランドも不快そうに眉をひそめていた。
「シズ、知り合いか?」
「テレンス・ワード、騎士学校の同期です。だいぶ前に騎士は辞めていますが……」
シズは頷いてそう言った。
僅かに動揺するシズを見てから、アナスタシアは彼と対峙していたガースが無事かと目を向ける。
「ガースさん、大丈夫ですか? 怪我は?」
「私は大丈夫ですが……」
ガースは心配そうに倒れた門番達の方を見た。
床に転がされた門番二人の体には、バチバチと音を立てている茨のような光が、縄のように巻き付いている。
拘束用の魔法だ。幾つか種類がある拘束魔法の中でも、巻き付いてなお痛みを与え続けるタイプのものだ。
門番達はその状態でも、何とか振りほどき立ち上がろうと歯を食いしばっていた。
彼らは職務を全うしようとしている。
アナスタシアの菫色の目に火が灯った。そして軽く頷くと、テレンスを見上げた。
「ずいぶんと乱暴な真似をなさいますね」
「いやぁほら俺、仕事熱心なので。ついつい、力が入り過ぎちまいました」
不可抗力ですよ、とでも言うようにテレンスは笑う。悪びれた様子は全くない。
なるほど、大した度胸だとローランドが呟いた。
アナスタシアはテレンスから目を反らさずに、手で倒れた門番へ向ける。
「二人の拘束を直ぐに解いて頂けますか」
「ええ、お話が終わったら解きますよ」
「それはまた実にお話になりませんね」
どうあっても話を終えるまで拘束を解く気はないらしい。
それならば力尽くで解かせた方が早いだろうか。
スカートの中に忍ばせた護身用の道具にもう片方の手を伸ばしながら、アナスタシアは考える。
テレンスはそんなアナスタシアを面白そうに見ていた。
「……ウワサには聞いていましたけれど、ほんっと動じませんねぇ。こんな状況なら貴族のお嬢様なんて、普通は怯えたり青ざめたりするんですけど。やっぱり平民の血が入ると図太いんですか?」
「はて。図太さならばそちらも変わりがないと思いますが。お約束もなくやって来て、使用人や門番が止めるのも聞かず、このような手段を用いて強引に屋敷へ入る事が、まともな方の行いとはとんと思えません。一度外に出て、ノックからやり直して頂きたいものです」
「は……」
アナスタシアが一気にそう言うと、テレンスはポカンと口を開けた。挑発が倍になって帰ってくるとは思わなかったのだろう。
図太いし大抵の事には動じないアナスタシアだって、喜怒哀楽の感情は持っている。門番達やガースに対してこんな態度を取られればさすがに不快だった。
呆気に取られたテレンスの隣で、オーギュストだけは「そうだな」と頷いた。
「……ま、いいわ。じゃあ、お話し済ませちまいましょうか。ねぇオーギュスト様?」
「……ああ」
テレンスに話を振られたオーギュストは、すっと一歩前に出た。
同時にシズとライヤーが、ローランドとアナスタシアを挟んで同じように前に出る。手は剣の柄に当てたまま、いつでも動ける態勢だ。
ピリピリと張り詰めた空気の中、オーギュストはまずアナスタシアに目を向ける。
「昨日ぶりだねアナスタシア。それから初めましてだ、ローランド君。僕はオーギュスト・レイヴン。アナスタシアの父レイモンドの兄にあたる」
名乗ったオーギュストにアナスタシアは目を瞬く。
レイモンドの兄というと、アナスタシアの伯父にあたる関係だ。
父に兄がいたという話は聞いた事がなかったが、確かに顔立ちは良く似ている。アナスタシアだって見た瞬間に父親に似ていると思ったくらいだ。可能性としてはゼロではないだろう。
「伯父様と? それは改めて初めまして、アナスタシアです」
「そうなるねぇ。うん、初めまして」
お互いに同じ菫色をした目を反らさず、そう挨拶を交わす。屋敷へ侵入してきた時と比べると、アナスタシアを見る彼の目は少し穏やかな色をしていた。
ふむ、とローランドは腕を組む。
「シズからレイモンドと似た容姿の男がいたと報告を受けていたが、なるほど。行方不明だったベネディクトの長男というのは其方の事か」
やはり昨日、シズもアナスタシアと同じ事を感じていたようだ。
そしてどうやら父には兄がいるらしい。ローランドが言うからには本当なのだろう。
しかしずっと行方が分からなかったその伯父が、どうして今になってここへ来たのだろうか。
「まぁだからと言って、信じるのは別の話になるのだがな。今の其方達はただの襲撃者だ」
「襲撃者ねぇ。そんな風に言っちゃって良いんですか?」
「領主の館を守る者達にそのような真似をして、悪い以外の言葉があると?」
ローランドが睨むとテレンスはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「……って事らしいですけどどうします、オーギュスト様。信用されていませんよ」
「君の態度のせいだと思うがね」
「俺はオーギュスト様の護衛ですしぃ」
「護衛ねぇ……よく言うよ。君の振る舞いの、一体どこが護衛だ?」
露骨に顔を顰めたオーギュストにテレンスは顔を歪めて笑う。
「ハハッ。嫌われてんなぁ、俺」
「好かれる態度を取った覚えはないだろう」
「ないでーす。だからちゃっちゃと済ませてくださいよ、こちらも時間が惜しいんでね」
「分かっているよ」
テレンスに促され、オーギュストは大きくため息を吐いた。
それから渋々と言った様子で懐から一枚の書類を取り出す。
「私は本物のオーギュスト・レイヴンだ。これを見れば納得するだろう?」
軽く掲げて、見せた書類。
それは前領主レイモンドのサインが入った、領主の任命状だった。




