表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第五章 リヒト・ベーテンの夜
92/258

第三話 魂を吸われる事はないと思う

「はーい、アナスタシアちゃん、ちょっと右ね」

「はーい」

「フランツ坊ちゃんもちょっと左ですよー」

「あ、ああ」


 朝から雪が降り続いている午前中。

 レイヴン伯爵邸の広間で、アナスタシアはフランツとローランド、シズとアレンジーナ揃っていた。

 そこへ書類を抱えたライヤーが入ってくる。


「ローランド監査官、先日言っていた資料ですが……って。皆揃って何をしているんです?」


 何やら賑やかな様子に、ライヤーは首をかしげる。

 気付いたシズが振り向いて、両手に持った箱を掲げて見せる。


「あ、ライヤー隊長ー! これです、これ!」


 これと言われても。ただの箱というわけではなさそうだが、ライヤーにはそれが何か分からない。


「うん? 何なんだい、その箱は?」

「魔法念写機だ。アナスタシアが作りかけていた物を見せてもらって、私が手を加えた」


 ライヤーの疑問に答えたのはローランドだ。声がいつもより弾んでいて楽しそうだ。

 ローランドがウキウキしているのが分かったライヤーは苦笑する。

 しかし魔法念写機と言われても、良く分からない。


「魔法念写機とはどういう物なのですか?」

「ここから覗いた大きさの景色を、紙に絵画のように写す……というものだ」

「…………」


 返ってきたのは予想外すぎる答えだった。

 思わずライヤーがぎょっとした顔で、シズが持っている魔法念写機なるものを凝視する。


「か、監査官。もしかしてそれ、かなり……使えるアレでは……?」


 主に、戦場や諜報で。

 敢えて言葉にはしなかったが、若干引き攣った顔で暗にそう言うと、ローランドは頷いた。


「ああ。なので今はまだ外には出さない予定だ。有用ではあるが広げるには準備がいるからな」

「ですよね……良かった」


 ライヤーはほっとした顔になる。

 ローランドの言う通りの性能の道具が外に出れば、戦いなどの仕組みが一気に変わる可能性がある。便利ではあるが、そのためには色々と準備も必要だ。

 もちろんそんな血生臭い使い方以外ならば、こういう発明は大歓迎ではあるのだが。


 そう思いながらライヤーは部屋の中に目を向けた。

 アナスタシアとフランツが並んで立っている。先ほどの会話といい、魔法念写機で写すのは彼女達のようだ。

 

「その魔法念写機で、アナスタシアお嬢さんとフランツ坊ちゃんを写すんですか?」

「ああ。テストでな」

「テストで魂を抜かれそうな気がしてとても普通でいられないのだが……」


 そんなローランドの言葉にフランツが不安そうにそう言った。


「大丈夫ですよ、兄様。魂を抜かれる時は一緒です」

「待ってくれアナスタシア。それは全然大丈夫ではないのでは!?」

「そもそも魂を抜くような素材は使っておりませんし」

「そういう問題でもないような気がする! というかあるのか、それ!?」


 アナスタシアは自信たっぷりに言うが、フランツはあわあわと青ざめている。

 そんな会話をする二人はすっかり打ち解けたように見える。

 

「……心配でしたが、思ったよりも大丈夫そうですね」

「ああ。アナスタシアが楽しそうで何よりだ」


 ローランドが微笑ましそうに目を細める。ライヤーも「そうですね」とつられて笑った。

 アナスタシアは親族との縁がとても薄い。平民の子だと蔑む貴族の親族から自分と母親が周囲にとってどう見えているかを理解していた。

 十一歳にしては達観し過ぎているアナスタシアは、きっと「誰かに期待をしていないのだろう」とライヤーは思っている。


(たぶんそれは、親族以外に対しても……だろうな)


 こうなったら嬉しいとか、こうなったら悲しいとか。

 恐らくそういう感情は持ち合わせているだろう。だがその比重は結果に対して軽い。

 誰かに何かを頼んだとして、その結果がどうであれ、アナスタシアはそれをそのまま受け入れるだろう。


 期待しない事、それがアナスタシアが自分を守るために出来た、無意識の方法だったのかもしれない。

 心が強いと人は言うだろう。けれどライヤーはそれが少し寂しくて――不憫に思えた。

 アナスタシアがそうなったのは、頼りたい時に頼れる人が、期待できる人が周囲にいなかったからだ。

 馬や使用人の皆がいたとアナスタシアは言うが、それでも別のくくりだろう。

 

(俺達にも、期待してくれるようになると良いんだがな……)


 それに一番近いのは、いつも一緒にいるシズだ。

 実のところシズは子供の相手が上手いという理由でアナスタシアの護衛についた。

 護衛としての技術もそうだが、同じくらい精神面のフォローが大事であると考え、ローランドとライヤーが隊の中から選んだ。


 シズは子供に対しても居丈高にならず同じ目線で立てる。

 孤児院の子供達に慣れているからか面倒見が良いし、何より心の機微にも敏感だ。

 それでも貴族の子供相手にはどうだろうかと多少心配はしていたが、直ぐに仲良くなっていた。

 アナスタシアが貴族らしくないという部分も当然ながらあったとは思うが、それ以上に性格的な相性も良かったのだろう。

 そんなシズはちょうど今、アナスタシアとフランツを魔法念写機で写そうとしている所だった。


「……そう言えば監査官、あの道具、念写機って言いましたよね」

「ああ、そうだが?」

「……それって写し手の感情が混ざりません? 大丈夫です?」

「あ」


 ライヤーの言葉に、ローランドがハッとして顔を向ける。

 同じタイミングでカシャと音がした。あれが写す時の音だろう。

 少ししてシャー、と魔法念写機から紙が出てきた。魔法念写紙に使う専用の念写紙だ。


「よーし、写せた!」

「どれどれ?」


 シズの言葉にローランドとライヤー、それからアレンジーナが念写紙を覗き込む。

 するとそこには、まるで切り取ったかのようにアナスタシアとフランツが風景入りで写っていた。

 ただ、あるはずのないものも一緒に映っている。

 二人の周囲にほわほわと花が浮かんでいるのだ。気持ちアナスタシアの方が多めである。


「えっ何これ!? か、監査官!? 何か変なものが写り込んだんですが!?」


 ぎょっとするシズ。しかしローランドは特に動じた様子もなく、


「ふむ、問題ない。シズが大変微笑ましく二人を見ているのは分かった」

「いや確かに微笑ましいですけれども」


 そう言われてシズは照れくさそうに指で顔をかいた。

 彼らの様子を見てアナスタシアとフランツも動いて良いと思ったのだろう。ひょいひょいと近寄ってくる。


「シズさん、シズさん。私にも見せてください」

「僕も見せてくれ」

「うん、どうぞ~」


 見やすいようにとシズがしゃがんで念写紙を二人に差し出す。

 覗き込んだ二人はパッと顔を輝かせた。


「こういうの初めてなので嬉しいです」


 そう言って嬉しそうににこにこ笑うアナスタシア。

 それを聞いてシズとライヤーが口に手を当ててバッと顔をそむける。


「隊長……!」

「分かっている、皆まで言うな!」


 もはや馴染みのやり取りである。二人の動きにローランドが呆れた顔になる。

 シズとライヤーは直ぐに顔を戻すと、


「まだ念写紙に余裕があるから、皆でやろうな!」

「やったー!」


 アナスタシアは上機嫌で手を挙げた。

 その時だ。


「ちょっと、あなた、何なんですか? お約束もなく、ローランド様やアナスタシアお嬢様の許可もなく、中へ入られては困ります!」


 何やら言い争っているようなガースの声が、玄関の方から聞こえてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ