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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第一章 馬小屋暮らしのご令嬢
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第八話 恐らく作り過ぎである


 翌日の早朝。

 町長宅で早めの朝食をご馳走になってから、アナスタシア達はロンドウィック山へ向かう事となった。

 山へアナスタシアを連れて行くかどうかはローランドも悩んだらしいが、一人で置いておくよりは連れて行った方がある意味で安全であると判断したからだ。


 一人と言っても使用人は数人連れてきているが、彼らは戦いのプロというわけではない。

 そしていくらアナスタシアに対して同情的な感情が集まっているとしても全ての人間がそうであるとは限らない。

 あくまでアナスタシアはレイヴン伯爵家の一人なのだ、恨まれていてもおかしくはない。命を狙われる可能性も、誘拐される可能性もなくはない。

 それならば危険ではあるが、魔獣がいる方へ連れていった方が、まだ守りやすいということである。


「俺もそっちの方が心穏やかに戦えるわぁ……」

「シズさんの心の安寧は大事ですね」

「アナスタシアお嬢さんは、どこでそんな言葉を学んだんだい」

「馬に」

「万能か」


 思わずライヤーが半眼になったが、まぁ、それはそれである。


「シズの心の安寧はともかくとして」

「ローランド監査官がドライ!」

「やかましい。……それにアナスタシア。君が作ってくれた道具が多すぎて、使い方を覚えきれない」


 シズを軽く流しながら、ローランドは理由の一つとしてそう付け加えた。

 アナスタシアが気合を入れて徹夜した結果、完成した大量の道具のことだ。

 さすがに出来上がった量を見てアナスタシアも「多すぎたかな」とは思ってはいる。

 だがやりきったアナスタシアの笑顔は輝いていた。逆にローランドは、道具を作るために大量の魔力を消費したにもかかわらず、特にフラフラしていないアナスタシアに若干引き気味ではあったが。

 

 まぁ、それはそれとして。

 目的を定めて作られたアナスタシアの道具は、説明を聞いたローランドも感心したほどに有用であった。

 しかし、前述の通り多すぎるのだ。ローランドは記憶力に自信があるが、さすがにこの量は一気に覚えきれない。

 もちろんアナスタシアもローランドにそれぞれのメモは渡したが、戦闘中にいちいち確認する事は難しい。

 それならばいっそ、アナスタシアを連れて行った方が話が早いだろうとローランドは思った。

 アナスタシアとローランドは二人で騎士を援護した方が、戦力面から考えても良さそうだ、とのことで。

 そうしてアナスタシアの同行は決まったのである。

 置いて行かれるかなぁと思っていたアナスタシアだったので、話を聞いた時は嬉しかった。

 

「分かりました、おまかせあれ。誠心誠意、屠ります」

「いささか物騒な物言いだが、内容的には間違っていないな」


 アナスタシアがやる気を見せると、ローランドが「うむ」と頷く。

 それを見たシズが「いや、どうなんだろう……?」と本気で悩んでいた。ライヤーに至っては割り切っているのか「置いて来て心配するよりは、近くにいて貰った方が安心しますね」と言っていたが。

 つまるところ、そういう事らしい。

 そんなわけでアナスタシアはローランド達と魔獣を探して山へと向かう事となった。


 それで山へ入るにあたって、さすがに来たままの格好をしているわけにもいかないので、アナスタシアの服装は動きやすいものへと変わっている。

 普段がスカートか、以前であればドレスのアナスタシアだ。

 初めて身に着けるズボンに少々興奮気味であった。


「動きやすい! すごい! これなら屋根にも登れます!」


 何てきゃあきゃあ言いながら飛び跳ねているのを、ローランド達は微笑ましそうに眺めていたとか。

 まぁ何と言うか、やはり貴族の御令嬢という感じではなく、三人は『屋根……?』なんて一部に疑問を抱いていたが。


「ああ、そうそう。アナスタシア、これで口を覆っていなさい」


 そうして跳ねていたアナスタシアに、ふと思い出したようにローランドが一枚のスカーフを差し出した。

 淡い紫色のスカーフだ。


「このスカーフは、ある程度の毒を中和する薬を染みこませた後、乾燥させてある。よほど強い毒でない限り、一日ならこれで保つ」

「なるほど、つまり使い捨てという感じでしょうか?」

「そうなるな。一度使い終わったものを洗浄して、もう一度薬を染みこませた事があるのだが、上手くいかない」

「うーん、素材の関係ですかねぇ。布を変えて幾つか試してみたいです」

「ふむ、それは良いな。それならば他にも……」

「お二人とも! それは後にしましょう! ねっ! ねっ!」


 流れるように研究の話をし始めたアナスタシアとローランドを、焦ったシズが止めに入った。

 せっかく早朝に出発するのに、これでは意味がない。

 シズの言葉で当初の目的を思い出した二人は、バツが悪そうな顔で「申し訳ない」なんて謝ると、見ていたライヤーが「やめて!」なんて青ざめていたが。


 そんなこんなで準備を万全にして、四人は山へと入った。

 そうしてしばらく歩いているのだが、辺りはとても静かで、鳥のさえずりや虫の羽音一つ聞こえてこない。

 山へ入った事のないアナスタシアは「山って静かなんだなぁ」なんて思っていたのだが、


「……静か過ぎる」


 という、ライヤーの言葉に、これが普通ではない事を知った。

 アナスタシアは「おや」と目を瞬くと、


「いつもは違うんですか?」


 とライヤーに聞く。ライヤーは頷いて、


「ああ。山にはもっと獣や虫がいるはずなんだよ。だけど生き物がいる気配がないんだ。ほら、馬小屋の周りに生えた木や草にだって、小さな虫がいただろう?」


 と教えてくれた。ライヤーの言う通り、確かに馬小屋の周りの少ない草木にだって、虫や小鳥は止まっていた。

 馬小屋の周囲とは真逆に、木々や草花がたくさん生えた山でそれがないのは確かに変だ。

 アナスタシアが「なるほど」と理解したように、こくこくと頷くとローランドが、


「恐らく魔獣の影響だろうが……あまり厄介な相手でなければ良いのだが」


 と補足して、進行方向を向いたまま目を細めた。

 アナスタシアは「あれ?」と呟き、頬に手をあてた。


「どうした?」

「いえ、腐敗毒を振りまく魔獣って、一体何を食べているんだろうなと思いまして」

「何をとは?」

「毒を振りまくという事は、毒を使って獲物を仕留めるということでしょう? でも、その魔獣のせいで獣達はここから逃げ出してしまっている。それならば残った魔獣の餌って何かなと」


 アナスタシアがそう言うと、ローランドは「ふむ」と顎に手を当てて、小さく数回頷く。


「そうだな。確かに毒を使う魔獣は肉食である可能性は高い。その場合、残りは……まぁ、ロンドウィックに住む人間だろう」

「そうなると魔獣は餌を求めて山から下りてきますよね」

「ああ、そうなるな。……む、そう考えると、確かに少し妙だな」


 アナスタシアと話していて疑問が浮かんだのか、ローランドが足を止めて眉間にしわを寄せる。


「監査官、妙とは?」

「ロンドウィックで毒の被害が起きてから、それなりに時間が経っている。最初の内は餌となる獣もいただろうが、今はその気配はない。食料となるものがいなければ、魔獣は山を下りてロンドウィックの町で人を襲っていてもおかしくはないんだ。だが、その報告はない」

「えっと、つまり……?」


 シズが首を傾げると、アナスタシアがピンと人差し指を立てて、


「魔獣はいなくなっている、もしくは、すでに死亡している可能性があるという事ですね」


 とローランドの言葉を引き継いだ。


「へぇー。まー、戦いがないのは良いことっすねー」

「それはそうだが。もしその魔獣が死亡していた場合、持っていた毒が原因で、腐敗した死体から疫病が広がる可能性があるんだよ」

「うげ、マジですか隊長!? そいつは早く何とかしないとやばい奴じゃないですか!」


 シズがサッと青ざめて言うと、ローランドは「ああ、そうだ」と頷く。


「早急に対処しなければならない。毒は川から流れてきているものだろう、流れを辿って山を登るぞ」

「はっ!」


 ローランドの言葉にシズとライヤーが胸に手を当て、びしりと敬礼した。

 それを見てアナスタシアも少し遅れて真似をする。

 その慣れない動作を見たローランドは「君はしなくてよろしい」などと言って、こめかみを押さえていた。


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