エピローグ これから先の時間で
氷の塔は崩れ始める。
パラパラと欠片が降る中で、シズは縮んだフローズンホースを抱き上げた。
そして三人そろって塔を降りるために走り出す。
「登る時より滑りますね!」
「行くのは良いけど帰りは怖いって何かの話であった!」
「雪の妖精のお話だったと思うよ!」
自分達を鼓舞するように口調こそ明るいものの、状況はそうでもない。
そんなやり取りをしながら氷の階段を駆け下りる。
しかしそれよりも崩れる方が早かった。
アナスタシアの右足が次の段を踏んだ時、階段が張り付いていた塔の壁部分に大きく亀裂が入る。
まずい。
アナスタシアは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
――――――その時だ。
『アナスタシア殿! シズ殿!』
自分達を呼ぶ声が聞こえた。
それと同時にクロック劇場から、青く輝く氷の道が新たに生み出される。
見覚えのある青い光。ホロウの魔法だ。
太陽の光に照らされたその道を、首無し馬が駆け上がって来る。
呼んだ声は彼のものだ。
「コシュタ・バワーさん!」
その姿が目に飛び込んできた直後、壁が崩れ、足元の氷もそれに付随し完全に割れた。
ガクン、と体が空中に投げ出される。
落下する――――そう思うより早く、三人の真下へコシュタ・バワーが滑り込む。
そして三人の体を、その大きな背中で受け止めた。その温かさに、助かった事を実感して三人は笑顔になる。
「ありがとうございますコシュタ・バワーさん! 助かりました!」
「ナイスタイミング、コシュタ・バワー!」
「もう駄目かと思った……!」
『いえ! 御無事で何よりです!』
口々にお礼を言う三人に、コシュタ・バワーは明るくそう答える。
それからぐるりと一回転し、体を地上へと向けて駆け出す。
軽快な走りだ。蹄が氷を踏みしめる音が心地良い。
三人を背負っているにも関わらず、首無し馬のそれは重さを感じさせなかった。
背に乗りながら、アナスタシアは塔がどうなったかと重い、ふと後ろを振り向いた。
氷の塔はすでになく、形作っていた氷の欠片がキラキラと輝きながら降り注いでいる。
まるで、コシュタ・バワーの背に広がるように。
「――――天馬」
ミューレが呟く声が聞こえた。彼女も同じように空を見上げている。
天馬。
ああ確かに、とアナスタシアは思った。
◇
それから程なくして、コシュタ・バワーは地上に降り立った。
ちなみに場所はクロック劇場の外である。劇場に空いた穴から氷の道が作られていたので、さすがに下りるには狭かったのだ。
クロック劇場の外には、異変に気が付いて大勢の領民が集まってきている。
その中にヒンメル達の姿もあった。劇場を覆っていた氷がなくなったから、外へ脱出したのだろう。
ホロウがいないなと見回していると、少し遅れて劇場から出てくる姿が見えた。
「座長!」
ヒンメル達の姿を確認したミューレは、コシュタ・バワーの背から飛び降りる。
そして彼らに駆け寄ると、
「座長! ヴァッサーは!?」
と聞いた。ヒンメルはニッと笑って、
「ええ、大丈夫よ。ユイルも見つかったわ」
「良かった……!」
ほっと息を吐くミューレ。どうやらヴァッサーもユイルも無事のようだ。
アナスタシアも良かったと胸を撫で下ろす。
「監査官、いました!」
「アナスタシア、無事か! 一体何があったんだ?」
また、同じタイミングでライヤーとローランドの声も聞こえた。
彼らも氷の塔を見て駆けつけて来てくれたのだろう。馬から飛び降りてこちらへ走って来る。
二人ともアナスタシア達が無事な様子を見て安心した顔をしていた。
「ご心配をおかけしました。ちょっと色々ありまして」
「ああ、その様だな。ずいぶん大がかりなものが見えたが、魔法か?」
「はい。事情を説明しますね。……と言っても、分からない部分もありますが――――」
そう話し始めた時、時計塔の鐘が鳴った。
アナスタシアはそれを見上げて、
「でも今は先にやる事がありますね」
と言うと、ヒンメル達の方へ顔を向ける。
彼らも同じようにこちらを見た。一部の劇団員は少しだけ強張った顔をしている。
緊張している、とも言える。恐らくこれはアナスタシア達に『自分達がネモ劇団だった』という事が分かってしまったからだろう。
「アナスタシア様、我々は……」
「ヒンメルさん。鐘が鳴りましたが、そろそろ公演時間ではありませんか?」
「え?」
今、何を言われたのだろう。ヒンメルを始めとした劇団員達はそんな表情になっている。
アナスタシアはフフ、と笑って、
「壊れたり足りなかった道具は作りますし、お掃除もお手伝いしますよ! 何せ時間がないですからね! ちなみに窓の汚れは古新聞で落ちるんですよ!」
と言った。その言葉にシズも頷き、ホロウも「掃除は得意ですぞ!」と拳を握って胸を叩く。
ヒンメル達はポカンとした顔になった。ややあって、彼らは噴き出すように笑い出す。
「あっははは! ええ、そうね! なら手伝って貰っちゃおうかしら?」
「はい! どんと来いですとも!」
「フフ、よーし! あんた達! お嬢様達が手伝ってくれるって言うんだ! 気合入れて準備するわよ!」
「了解、座長!」
掛け声と共に、劇団員達はバッと走り出した。良い顔をしている。
アナスタシアはその様子を見て微笑むと、一度ローランドを見上げた。
「ローランドさん。過去は過去でした。どんなに遡って何とかしたくても遡れない。それがどれほど酷い事だったとしても」
起こってしまった事は、時間を遡って止めたりは出来ない。
どんな過ちだとしても結果はそのまま結果として残る。
何とかしたくても、過去に手を伸ばしても何もできる事はない。出来るのは『知る』ことだけだ。
だから。
「未来は違います。過去を知って、見て。その中の過ちを、今も続く過ちを、これから先の時間で正そうと思います」
「―――――」
アナスタシアがそう言うと、ローランドは目を見開いた。
君は、と小さく口が動く。
それからローランドはフ、と笑った。
「そうだな。ああ、そうだとも。……仕事はひと段落したし、私も手伝おうか」
「はい! やりましょう、ローランドさん!」
アナスタシアはぐっと両手で拳を作ると、劇場に向かって走り出す。その後ろをシズとホロウ、それからコシュタ・バワーも続いた。
大変だったろうが、まだまだ元気はあるらしい。さすがの体力だなとローランドは思いながら、その背を見つめる。
「監査官。眩しいですね、あの子は。本当にどこまでも真っ直ぐだ」
「ああ、そうだな。その方面に関して少々頑固過ぎるきらいもあるが……」
そこまで言ってローランドは目を細める。
「……なぁ、ライヤー。私は昔、アナスタシアと同じ言葉を言われた事があるよ」
「どなたにです?」
ローランドは空を見上げる。
「我らの王だ」
そこにあるのは綺麗な冬の空。
広がる青空は、氷の欠片が消えてもなお、キラキラと輝いていた。
第四章 END
これにて第四章は完結となります。
五章につきましては書き上げてからまた投稿していきたいと思っております。
それとレイヴン伯爵家の使用人一同が何かこそこそやっている件については、後日、閑話という形で上げる予定です。
何度も書き直しをしていて、だいぶお待たせしてしまいましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
お読みいただき、ありがとうございました!




