第十四話 『理由』と『証明』
アクアベールに覆われると、フローズンホースは静かになった。
「様子見のつもりでしたが、これはなかなか」
『ユイル』はシズに抑え込まれたまま、感心したように呟いた。
それから顔をアナスタシアの方へ向ける。
「アナスタシア様。――――あなたが私にとって、危険な人物のリストに入る事を認識しました」
有難くもない事を言われ、アナスタシアは半眼になる。
「それはこちらの台詞ではないでしょうかね、ヴィットーレさん?」
「フフ。私の中身が誰とまでは、分からないでしょう? 証明するものが何もない。人を裁くには必ず『理由』と『証明するもの』が必要です」
くすくすと『ユイル』は笑う。その表情からは「自分はまだ裁かれない」という自信が感じられた。
今、彼の見た目は『ユイル』なのだ。だからこそ、いくらアナスタシアがヴィットーレだと思っても、証拠もなく捕まえる事は出来ない。
少なくとも今の状況では無理だ。
そんなアナスタシアの前で『ユイル』は、
「ですが今回は私の負け……という事にしましょう」
と言って指をパチンと鳴らした。
すると彼とフローズンホースを繋ぐ光の糸が見えるようになり、ハサミで切られたように途切れて消えた。
そのとたんに、フローズンホースの体がしゅるしゅると縮み始み、仔馬サイズになる。
同時に『ユイル』の体も変化し始めた。彼の姿は空に溶けるかのように透明に、氷になっていく。
先ほどとは違って、存在そのものが消えていくような、そんな様子だ。
それを見てミューレが目を吊り上げる。
「逃げる気!?」
「逃げますよ、そりゃあね。斬られようが本体でなければ無意味ですし」
残念でしたねと笑う『ユイル』。
しかし――――。
「そうでもないさ」
シズが『ユイル』の額を剣で貫いた。
『ユイル』の顔が痛みを堪えるかのように歪む。
シズはそれを静かに見下ろして、
「囮魔法のダメージは、本体に蓄積する。たとえ傷は負わなくてもね」
と言った。なるほど、とアナスタシアは思った。
シズが劇場で頭を叩きつけた時、そして今しがた『ユイル』を斬った時に、顔を歪めていたのはそういう理由なのだろう。
『ユイル』は「……ハハ」と笑い出した。
「ああ、ああ、楽しい! 張り合いがないと思っていたんですよ、本当にね! ようやく楽しくなってきた!」
堪らないと言った様子でユイルは顔を歪める。
アナスタシアはその言葉に嫌悪感を感じた。
「他者を貶め、苦しめるのが楽しいと思える感情は、どうかと思います」
「そこはね、ホラ、趣味嗜好はそれぞれですからね」
「趣味が悪いと言いました」
「よく言われますよ」
徐々に体全体を氷に変えながら『ユイル』は悪びれた風でもなく言う。
シズに貫かれた事により、あちこちがヒビ割れ、砕けている。
その事が若干不満だったのか「綺麗に去ろうと思ったのに」と呟いていた。
「あなたの目的は何ですか、ヴィットーレさん」
「二度目ですね。ま、私がヴィットーレかどうかはともかく……」
言葉だけだとしても認めるつもりはないようだ。
そう前置きして『ユイル』はニヤリと笑う。
「そうですね。私に勝ったご褒美です。過去の清算、とだけ答えておきましょうか」
「過去?」
「フフ……」
完全に氷の姿に変わると、亀裂は大きくなり、
「それでは、また」
その声を最後に『ユイル』は消えた。
同じタイミングで、氷の塔全体へも音を立てて亀裂が入り始める。
パラパラと頭上から氷の欠片も降り注ぎ出した。
ひく、とシズが顔を引き攣らせる。
「あー……これはもしかして」
「魔法が解けたというアレ……」
魔法を掛けた術者がいなくなった氷の塔がどうなるか。
それはもちろん、崩れるの一択である。
本日十八時にもう一話投稿します。




