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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第四章 クロック劇場の演者
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第十三話 やれるものは、やるべきだ


 アナスタシアはシズとミューレと共に氷の階段を駆け上がる。

 劇場を越えて、高く、高く。青く輝くそれを一段ずつ登っていく。


「二人とも滑りやすいから気をつけてね」

「大丈夫です、シーホースさんの背と似た感じですゆえ!」

「比較対象がよく分からないね!?」


 シズのツッコミが飛ぶ。そうだろうか、これ以上ない例えだと思うのだが。

 賛同を求めてミューレを見れば、彼女も不可解そうな顔をしていた。

 おかしい、こんなはずでは。

 ガーン、

 とアナスタシアが軽くショックを受けていると、ざわざわとした人の声が耳に届いた。

 ずっと下の方だ。ちらりと視線を向ければ、領都の人々が「何だ何だ」と集まっている姿が見える。

 それはそうだ。突然クロック劇場の天井を突き破って氷の塔が建てば、気にならないという方が難しい。


「みんな、見ているね」

「ですねぇ。これ、さすがに目立ちますから」

「この分だと時計塔より上に行くかもしれないね。二人とも、高い所は大丈夫?」

「はい、平気です!」

「も、もちろん!」


 アナスタシアは力強く、ミューレは僅かに声が震えたが、そう答える。

 まぁアナスタシアもあまり高いとどうなるかは、体験した事がないので分からないが、とりあえず下を見なければ大丈夫だろう。

 ミューレはともかく、アナスタシアは基本的に図太いのだ。よほどの事がなければ慌てたりはしない。


(むしろ、慌てて足を滑らせる方が危なそうですね)


 何といっても、今アナスタシア達は、手すりのない氷の塔を駆け上がっているのだ。

 階段の横幅自体はしっかり余裕があるが、足場のない場所へ滑り落ちたらひとたまりもない。

 滑らないように、落ちないように、下を見ないように。

 その三点に注意しながら、アナスタシア達は氷の塔を登る。

 そうして、しばらくして。

 三人はようやく頂上に辿り着いた。


 頂上は幅こそ塔の大きさと同じだが、天井部分は半円型になっている。

 透けたそこから、冬の日差しが差し込んでいた。

 キラキラ、キラキラと。

 場違いなほどに美しいそこでは、フローズンホースが唸っている。


『苦しい、苦しい、止まらない、苦しい……! 止めて、止めて……!』


 痛々しい声がアナスタシアとシズの耳に届く。

 苦しむ氷の馬の背には『ユイル』が変わらず跨っていた。


「おや、意外と早かったですね。フフ、しかしまぁ、首無し騎士殿が来ないのは意外ですねぇ。せっかく、敢えて氷を使ってあげたのに」


 冷めた目で『ユイル』は言う。

 だが直ぐに「まぁいいか」と手を広げた。

 

「やる事も、結果も変わりませんし。――――さあ、フローズンホース、やりなさい」


 『ユイル』が握る光の鎖が強く輝きを放ち始める。

 フローズンホースは喉を反らせた。

 すると周囲から光が集まり始め、目の前に小さな氷の馬達がずらりと現れた。

 無理やり魔法を使わせているのだ。

 氷の馬達は直ぐにアナスタシア達目掛けて襲い掛かって来る。


「二人とも下がってて」


 シズは短くそう言うと剣を抜き、氷の馬達を薙ぎ払う。

 その硬度は劇場内で遭遇したものと同じか、それよりも脆いくらいだ。

 しかし数はその比ではない。

 倒した後からどんどん湧いてくるのだ。

 一体一体は弱くても、こう数が多いと近づき辛い。しかもアナスタシア達を庇いつつである。

 じりじりとした動きでシズは前へと進む。


 その中でアナスタシアは冷静に、氷の馬達の様子を観察する。

 一体倒せばまた一体生まれる。

 戦いの流れを見ていたら、ある事に気が付いた。


「…………絶対数は変わっていない?」


 そう。無限に湧いているかのように見えて、最初に出した数以上は現れていないように感じられた。

 恐らく今のフローズンホースが出せる限度が、この数なのだ。

 それが分かれば話は早い。

 アナスタシアはスカートのポケットから、白いボールを複数取り出した。その幾つかをミューレに差し出す。


「ミューレさん、これ投げるの手伝ってもらえますか?」

「いいよ。……これは何?」

「『トリモチ』です。馬の皆に聞いた、東の領地の食べ物を参考にしました。護身用なんですけどね。こういう風に使うんです!」


 言うが早いか、アナスタシアは『トリモチ』を、生まれたばかりの氷の馬に投げつけた。

 『トリモチ』のボールは真っ直ぐに飛び、コツン、とぶつかる。

 次の瞬間、ボールは、

 パンッ、

 と軽い音を立てて弾けて、マントくらいの大きさに膨れ上がった。

 それだけけでなく、馬達の体ににべっとりとまとわりつく。


「は?」


 間抜けな声を出して『ユイル』は目を剥く。

 『トリモチ』が当たった馬達は、まとわりついたそれから逃げようと、必死で暴れている。しかし動けば動くほど酷くなる。

 それもそのはず。まとわりつかせたその物質は、粘着性が強い素材で出来ている。

 まともにくらえば、碌に体を動かす事ができなくなるほどに。

 ミューレもそれを見て『トリモチ』をどんどん投げる。一体、二体と、氷の馬達の数はどんどん減って行った。

 それを見てシズがニッと笑う。


「また使い勝手が良さそうなもの考えたね!」

「フフ、ちなみにちょっとした仕掛けもありますよ。ここでは役に立ちませんけどね! 続いて――――シズさん、行きます!」

「了解っ!」


 アナスタシアは、今度は『風の扇』を手に持ち振り上げて、加減しながら振り下ろす。

 途端に『風の扇』から突風が発生する。


「――――ッ!」


 その突風に『ユイル』の体が浮かび上がった。

 手は鎖を握っている。しかし、隙が出来た。

 シズはそれを見逃さない。

 背後から吹く風を利用し、一気に距離を詰める。

 そして「ふっ」と鋭く息を吐き、その剣を鎖を掴んだ『ユイル』の腕側の肩から斜めに振り下ろした。


 氷が割れる音が響く。

 その断面は氷。やはり生身ではない。

 しかしどういうわけか『ユイル』は苦痛に顔を歪めていた。


 だが『ユイル』もやられっぱなしではない。

 シズが与えた傷口(、、)から、氷を槍の様に発生させたのだ。

 幾本もの氷の槍がシズに向かって伸びる。


「遅い」


 けれどシズの方が上手だった。

 『ユイル』の体に刺さったままの剣を利用し、力任せに振り回し、彼の体を氷の床に叩きつける!

 ヒビが入る音が響いた。

 その瞬間フローズンホースは、糸が切れた人形のように蹲った。


「――――魔力の繋がりが」


 切れかかっているのかもしれない。

 アナスタシアは咄嗟に螢晶石を作り出し、捏ねて『空色の液体』に変化させた。

 これはアクアベールの媒介に使う薬品――――『空の雫』だ。


 アクアベールは、ロンドウィック村でローランドが使って見せた水の膜を張る魔法だ。

 主に毒物に使用されるが、呪いに対処するにも一定の効果があるものだ。


 魔法による使役とは、簡単に言えば相手を魔力で縛り付けるものだ。

 フローズンホースの体に巻き付いている光の鎖がそうである。

 それを遮断するにはどうするか、それを考えて浮かんだのがアクアベールである。


 アクアベールは呪いにも一定の効果を持つ。

 呪いだって魔力を使って出来るものだ。ならば似たようなことは可能ではないか?

 アナスタシアはそう考えたのだ。


 しかしアナスタシアはアクアベールの魔法について習っていない。そもそも魔法だってまだ全然だ。

 アクアベールの魔法を見たのだって、ローランドのあの時の一度である。うろ覚えだ。

 でも。

 やれるものは、やるべきだ。


 両手に『空の雫』を乗せて、必死で記憶を辿り、アナスタシアは呪文を唱える。

 あちこち言葉は間違っているし、魔力の分配だってチグハグだ。

 けれど――――意味だけは通じるように繋げた。曖昧な部分に文章と言葉を必死で当てはめる。


 すると空色の液体が霧状――やや凸凹しているが――になりながら浮かび上がり始めた。

 それはフローズンホースに覆いかぶさる。

 『ユイル』の表情が驚愕のものに変わる。彼は自身の手を見て、そして、


「――――ハ、やられた」


 と卑屈に笑った。

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