第十一話 饒舌になるとボロを出す
「違う! 私達は、復讐したいなんて思っていない!」
「だから、気持ちなんてどうでも良いんですよ。真実なんて必要ない。動機があった、だからこうなった、それで十分なんです。ま、その事もあってレイヴン伯爵家の評判は最悪でしたけど」
『ユイル』は肩をすくめてみせる。
それから再びアナスタシアの方へ目を向けた。
「……そのまま地面に這いつくばっていれば良かったのに、ローランド監査官なんて送ってきて。この国は本当に昔から、碌でもない事ばかりするものです」
声に、恨みのような感情が混ざる。
低く発せられたそれに、ピクリとシズが反応した。
「碌でもない? お前がしている方がよほど碌でもない事だろう」
「ま、そうでしょうねぇ」
一度肯定して、でも、と『ユイル』は続ける。
「ねぇ、アナスタシア様? あなたの御家族は、彼女達にとても酷い事をしたんですよ? あなたは知らなかったでしょうけれど、ヒンメル座長達はきっと、よく顔を出せたなって思ったでしょうね?」
くすくす、くすくすと。
笑いながら彼は言う。
だんだんと『ユイル』の口調から離れてきた。
あれ、とアナスタシアは思った。何だか知っている話し方のような気がしたからだ。
(――――この人は)
もしかして。
そう考えたら動揺した気持ちが、少し落ち着いた。
そして『ユイル』の仕草を、口調を、冷静に見つめる。
するとそんなアナスタシアの様子が怯えているように見えたのだろう。『ユイル』がさも面白そうに口の端を上げる。
「何か仰ったらどうです? ああ、それとも、何も言えないくらいにショックを受けました? でしたら面白いですね、普段からあなたは何をされても涼しい顔でしたから。そういうところが本当に、面白くありませんでしたよ」
――――何をされても涼しい顔。そういうところが気に入らない。
アナスタシアはこの台詞に覚えがあった。
目の前の相手が誰なのか確信して、アナスタシアは相手を見据える。
「口調がだいぶ崩れて来ていますよ。これはガラート兄様の指示ですか? ――――ヴィットーレさん」
そして静かに聞き返した。呼んだ名前はレイヴン伯爵家長男の従者だ。
その瞬間、『ユイル』の表情が凍りついたのが分かった。
「何を……」
「変装が得意だとは知りませんでしたが、饒舌になるとボロを出すところは変わっていませんね」
『ユイル』はポカンと口を開いた後、
「……フフ、ハハハ! ああ、なるほど! 意外とよく見てらっしゃる!」
と笑い出した。
この反応が正しいものであれば、アナスタシアの予想は合っているだろう。
「ま、私が誰かなんてどうでも良い事ですよ。顔でも引っ剥がさないと分かりませんからね?」
姿こそ『ユイル』のままだが、その中身の人間は演技を止めたようだ。
堂々と自分は『ユイル』ではないと言い放つ。
だが彼の言う通りだ。アナスタシアはこの男が兄の従者だと思っているが、それだけでは証明にはならない。
「そうですね。引っ剥がさない限り、あなたが誰であっても証拠にはならない」
「ええ、ええ、そうですとも」
「でも」
「でも?」
「あなたが誰であろうとも、真剣な人達を嘲笑うやり方は許せない」
それだけは絶対に譲ってはならない部分なのだ。
アナスタシアが言い放つと『ユイル』は馬鹿にしたように片方の眉を上げる。
「許せないからどうします? ちっぽけで弱いあなたに、罰を与える術があるとでも?」
「ああ、あるさ!」
答えたのはシズだった。
『ユイル』は平静を装ってはいたが、名を呼ばれた時に動揺していた。それをシズは見逃さない。
床を蹴り、距離を詰める。シズは相手の頭を掴んで、床に叩きつける。
「そのための騎士だ。――――顔、引っ剥がせばいいんだろ?」
「――ッハハ! おやおや、乱暴ですねぇ!」
顔を歪めた『ユイル』だったが、すぐに笑顔を貼り付ける。
すると彼の体からパキパキと奇妙な音が聞こえ始めた。
ハッとして見れば『ユイル』の体が氷へと変化しているではないか。
「――――囮魔法か!」
囮魔法というのは、自分の分身を作り出す魔法だ。
先ほど遭遇した小さな氷の馬と似たようなものだ。
パキパキと音を立て氷へと変化する『ユイル』の体。
全身が氷へ変化した直後、大きな音を立てて割れた。
「フフ」
透き通った顔から笑い声が聞こえる。
割れた氷はパラパラと空へ浮かび上がると、フローズンホースの方へまとわりつき始めた。
そして、その背の上で再び『ユイル』の形を作る。
とたんにフローズンホースが苦しみ始めた。良く見れば、もやのようなものが氷の馬から立ち上り『ユイル』に吸収されている。
魔力を吸われているのだ。
まずい。
アナスタシアは咄嗟にシズの名を呼んだ。
「シズさん、止めて下さい!」
「遅いですよ!」
『ユイル』が吼える。すると彼の周囲で氷の柱が幾本も現れる。それらは勢いよく伸び、天井を突き破った。
まるで氷の塔の様だ。中身のない空虚な氷の塔。
その中央で『ユイル』がフローズンホースを拘束する光の鎖を手綱のように引く。
すると氷の馬は苦し気な表情のまま、氷の塔を登り始めた。蹄が周囲の宙を蹴る度に、そこに足場のようなものも生まれる。
「本物のユイルはどこ!」
「適当なところで寝ていますよ。彼よりも、そこの眼鏡の人の方が大変ですよ。脚が使い物にならなくなりますから、急いで何とかした方が良いのでは?」
でも、と『ユイル』は卑屈に笑う。
「……さっさと壊れてしまった方が楽かもしれませんねぇ。そうすれば新しく始める事は意外と簡単だ。今のあなた達みたいに」
ミューレ達を一瞥すると『ユイル』はアナスタシアへ顔を向ける。
「止めたいならどうぞ追いかけてきてくださいな。だけど、アナスタシア様。あなたには大変お気の毒ですが――――過去の負債は、あなたが思っているよりずっと大きいですよ」
それだけ言うと『ユイル』は氷の馬の背に乗って、空へ空へと駆け上って行った。




