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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第一章 馬小屋暮らしのご令嬢
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第七話 予想と違ってどうしよう


 伯爵領内でのレイヴン伯爵家の評判は悪い。

 領地の問題を解決しようともせず、領民の事を顧みず税を増やして豪遊していれば当然の事だ。

 アナスタシア自身、自分が何もしてこなかった事を自覚している。だからこそ、自分も相当嫌われているのだろうなぁとアナスタシアは思っていた。

 憎悪の眼差しを受けることも、石を投げられることも覚悟してアナスタシアは馬車を降りる。


――――けれど意外なことに、ロンドウィックの町の人々は、アナスタシアら一行を暖かく迎え入れてくれた。


「ああ、皆様、ようこそおいで下さいました!」

「長旅でお疲れでしょう? どうぞゆっくりして下さいな!」

「アナスタシアお嬢さん、うちの串焼きは美味しいんですよ。あとで食べにきてくださいね!」


 笑顔を浮かべ、口々にそう声をかけてくれる町の人々。

 アナスタシアは思わず面食らってしまった。

 ローランドやシズ、ライヤーに好意を向けるのは分かる。彼らはレイヴン伯爵領を救った、いわばヒーローだ。

 しかしアナスタシアはそうではない。それなのに、ロンドウィックの人々はアナスタシアに対しても温かな眼差しを向けていた。

 嫌悪されているものだと思っていたアナスタシアが戸惑っていると、


「君の家の使用人達のおかげのようだ」


 と、ローランドが小声で教えてくれた。

 どうやら伯爵家をクビになった使用人達が、国へ働きかけると同時にアナスタシアに関しても弁護してくれていたようだ。

 だからアナスタシアに対しては『虐げられていた子供』という同情心が混ざっているらしい。


「うおお……」

「どうした、変な声を出して」

「いえ、その……あたふたします。どうしたら良いんでしょう、これ?」

「とりあえず人前で口に出さなければ良いのではないか?」


 そうアドバイスを貰ったアナスタシアは頷いて、口を真一文字に引き締めたものだから、当のローランドがこめかみを押さえた。

 それを後ろで眺めていたシズとライヤーは、何だか胸にきたらしく、ばっと手で口を覆う。


「アナスタシアちゃん、あんなに動揺して……!」

「どれほど暮らしが辛かったのか……!」


 ちなみにこの二人の反応こそが、レイヴン伯爵領の領民達が感じているそれである。

 アナスタシア本人からすれば、馬小屋暮らしを満喫していただけに、後ろめたい気持ちになっているが。

 これほど有難い感情を貰った以上は頑張らなければ。

 アナスタシアは決意を新たにし、ローランドを見上げる。


「ローランドさん。魔獣の討伐へは、直ぐに向かうんですか?」

「いや、多少準備がいるのでな。明日の早朝に出発しようと思っている」

「分かりました。頑張ります」


 むん、と気合を入れるアナスタシアにローランドは「ほどほどにな」と苦笑した。

 アナスタシアが頑張ろうとしているのは、魔獣を討伐する戦力――――にはならないかもしれないが、討伐に役立つ道具の用意だ。

 もちろんすでにローランドが、アナスタシアが作った道具を幾つか選別して持ってはきているが、それとは別のものも作るつもりなのである。

 さて、どんなものが良いだろうかと考えながら、アナスタシアはローランドについて行く。

 そうして少し歩いて辿りついた先は町長宅であった。


 ロンドウィックに滞在する間、ここでお世話になるらしい。

 ローランドはすでに扉の前で待っていた町長と挨拶を交わすと、その手にお金が入った包みを手渡した。滞在費という事らしい。

 ああいう風に渡すのか、勉強になるなぁとアナスタシアが思っていると、シズがこっそり、


「ローランド監査官ってさ、こういう所をちゃんとしているから、平民に結構人気があるんだよ」


 と教えてくれた。どうやらローランドのような事をしない人もいるらしい。

 アナスタシアは「ほうほう」と頷くと、


「つまりローランドさんは人にモテると」

「そうそう! モテモテだね」


 なんて笑い合っていると、声が聞こえたのか振り返ったローランドに凍て付くような眼差しを向けられた。

 足の先からピシリピシリと凍ってしまいそうな冷えた視線に、アナスタシアとシズは慌てて口を閉じる。それを見たライヤーは半眼になって「馬鹿野郎」と呟いたが、恐らくそこにはアナスタシアも含まれていると思われる。

 助けて、というアナスタシアとシズの無言の救援要請にライヤーは深くため息を吐いた後、


「……それで、監査官。これからどうしますか?」


 と、話題変えの助け舟を出した。

 ローランドはもう一度だけアナスタシアとシズを見たあと、


「……先ほども言った通り、討伐は明日の早朝からになる。今日の所は各自、身体を休めてくれ」

「承知しました!」


 指示を受けたライヤーはびしりと敬礼をする。

 やや遅れてシズと、何故かそうしなければいけない気持ちになったアナスタシアも真似をした。

 その様が可愛かったのか見ていたロンドウィックの町人達の表情が緩む。


「君はしなくてよろしい」

「いえですが、何となくこう、皆さんと一体感が欲しいかなと」

「君はたまに良く分からない事を言う。……いや待て、たまにでもないか」


 真面目な顔でローランドがそう言うものだから、シズとライヤーはどっと噴き出す。

 アナスタシアは「そうだったかなぁ」なんて思いながら腕を組んで、首を傾げた。

 

 さて、そんなアナスタシアだが。

 討伐に役立ちそうな道具を作って徹夜などしたものだから、ローランドから「身体を休めろと言ったのだが?」と怒られることになるのはその翌朝の事である。

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