第十話 ユイルの顔をした『ユイル』
「あそこだ!」
声が聞こえた方向をシズが指さす。ちょうどアナスタシア達がいた控室だ。
ドアは開いたままだ。ドア自体は凍り付いているが、ドアノブはそうではない。
恐らく誰かがドアノブを掴んで開いた時に劇場全体が凍ったのだろう。
運が良い、と思いながらアナスタシアとシズは控室に飛び込む。
「ミューレさん、無事ですか!?」
「アナスタシア、シズ!」
そこで見たのは、下半身が氷漬けになって倒れたヴァッサーと、彼を庇うように立つ立つミューレ。
そしてフローズンホースを従えたユイルの姿だった。
『ユイル』に従えられた氷の馬は、体が半透明に光る鎖で押さえつけられている。
魔法による拘束だろう、藻掻いているが抜け出せない。
その事もあって、だいぶ疲弊している様子がうかがえた。
『――――苦しい、苦しい! 放せ、放せ!』
魔法道具のブレスレットを通して悲痛な声が耳に届く。
その痛ましさにアナスタシアとシズの顔は険しくなる。
そんな二人に向かって、ユイルはゆっくりとした動作で振り返る。
「おやおや、これはこれは、お嬢様に騎士君。お早いお付きじゃないか」
くすくすと笑うその表情は、アナスタシアが見たユイルのそれとは懸け離れてた。
「アナスタシア、そいつ、ユイルじゃない!」
ミューレが叫ぶ。なるほど、と思った。
「だそうですが、どちら様ですか?」
「フフ。まぁ、初めましてじゃない、とだけ、ね」
両手を広げ、とぼけた調子で『ユイル』は言う。
アナスタシアはすうと目を細くした。
「何故、こんな真似を? 何が目的なんです?」
「まぁ、そんな大したもんじゃないさ。いやぁ実はね、僕はレイヴン伯爵家が嫌いでねぇ」
ミューレに『ユイルじゃない』と言われても、彼はその演技を止めない。
あくまで姿通り『ユイル』の口調で話を続けている。
「首無し騎士の魔法でクロック劇場が氷漬け! アナスタシアお嬢様がその場に居合わせた事から見ても、彼女が指示を出したことは明白だ!」
するととたんに、芝居がかった調子でそう言い放った。
一体何を、とアナスタシアは思った。まるで話の脈絡がない。
どう考えても不自然な事を、目の前の男は言っていた。
「そのような根も葉もない事を言っても、誰も信じたりはしないでしょう」
「本当にそう思うかい?」
「どういう意味ですか?」
「フフ……領都に住んでいた騎士君はご存じでは?」
『ユイル』の言葉にアナスタシアはシズを見る。
彼は『ユイル』から視線を離さずに口を開いた。
「ミステル一座は元々、ネモ劇団だったって事かい?」
え、とアナスタシアは思った。
しかし――思い出してみれば共通点はある。ミューレの言葉からも、その可能性は確かにあった。
恐らく話している間にシズは気付いたのだろう。最初は特に警戒した様子ではなかった。
シズの返答に『ユイル』は正解だと言わんばかりに笑みを深める。
「フフ……彼らは正義感が強くてね。ベネディクト様の頃から、段々とおかしくなりはじめたレイヴン伯爵領の未来を憂い、レイヴン伯爵家を表立って批判し、そういう劇を演じ続けた。その事で劇団員は捕らえられ、処罰を受けた。半年の懲役刑と罰金だ。その間にネモ劇団の評判は落ちるところまで落とされたよ。貴族の手によってね、いやぁ、ほんっと怖いよねぇ」
「―――――」
最後の部分は初めて聞いた。
どうして、どこまで、そんな事が出来るのだ。
アナスタシアは目を見開く。
「ミステル一座はそれを恨んでいた。ちょうどそこへ、お誂え向きに現れたのがレイヴン伯爵家のお嬢様!」
『ユイル』は長い指先でアナスタシアを指さす。
「――――という筋書きさ。あれから五年、復讐劇にはちょうど良いだろう?」
「ふざけないで!」
その物言いに、ミューレが怒鳴った。
「私達は恨んでなんかいないわ!」
「あ~、それは僕にとってはどうでも良いの。そして大勢にとっても、どうでも良い事なんだよ、ミューレ」
腕を組んで『ユイル』は続ける。
纏わりつくようなどろりとした眼差しをミューレに向ける。
「……人は『目に見える悪者』が大好きだ。だって悪者ならどれだけ攻撃したって、自分は間違っていない、何をしたって大丈夫だって思い込めるからね。――――かつてのネモ劇団がそうしたように!」




