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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第四章 クロック劇場の演者
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第八話 青い炎も良いもので


 公演の受付時間がそろそろ始まるという頃になって、ユイルは戻って来た。

 劇団員が集まっている舞台に向かって、彼は真面目な顔で頭を下げ、


「――――すまなかった。ついカッとなってしまった」


 と謝った。それから公演の手伝いをさせてくれ、とも。

 彼はそれからヴァッサーに顔を向け、


「次の舞台は僕が主役を取るから」


 と言った。茶化すような雰囲気ではなく、しっかりとした眼差しで。

 それから彼は表情を和らげ、いつも通りの雰囲気になると、


「というか、まだ準備が出来ていなかったのかい? まったく、君は行動まで地味で遅いね! 今回だけ手伝ってやるから、早くしないか」


 と憎まれ口を叩いてヴァッサーを引っ張るように連れて行った。

 ヴァッサーは「あ、ああ……」と戸惑う様子で引き摺られていく。

 それを見てヒンメルは小さく笑った。


「あら、あいつも少しは大人になったのね」

「そっスねぇ~」


 劇団員達もほっとした様子で笑っている。

 しかし。


「ユイル、今日は目じりに化粧なんて、入れていたっけ……」


 ミューレだけは、首を傾げてそう呟いていた。

 その声が聞こえたアナスタシアは、ユイルの姿を思い出す。

 しかし騒動の方が印象的で、相手の顔の細かい部分までは覚えていなかった。

 何とか思い出そうと唸っていると、


「座長! 座長ー! 大変!」


 と、袖の方から劇団員が飛び出して来た。手には大きな黒い鉄製の箱を持っている。


「どうしたの?」

「火竜用のスモーク道具が壊れた!」

「今!?」


 ヒンメルは目を剥いた。

 道具という言葉に興味を惹かれ、思考を中断したアナスタシアはミューレに聞く。


「火竜用のスモークと言いますと?」

「火竜ってね、名前の通り火を吹くんだけど、舞台でその演出は出来ないでしょう? だから、色付きのスモークを焚いて代用するんだけど……」

「それが壊れたと」

「そうみたいね。これ昔から使っていたからなぁ……」


 劇団員は箱を床に置いた、フタを空ける。

 するとポーン、と中からネジが飛び出して来た。シズが反射的にそれをキャッチする。

 

「ちょっと失礼」


 そう言ってアナスタシアは箱の中を覗き込んだ。

 幾つか部品が外れている。その辺りは修理可能だが、致命的なのはスモークを発生させる核である中央のガラスのような玉だ。アナスタシアの拳くらいの大きさのものが四つ組み込まれているが、その全てが割れてしまっている。

 そのガラス玉はスモークボールという、煙幕を発生させる道具だ。騎士団でも良く使われている割とポピュラーな代物である。

 この道具はスモークボールを一度冷却し、そこに任意のタイミングで熱を加える事でガラスを割って、スモークを発生させる仕組みのようだ。見たところ範囲や方向も細かく指定できる形になっている。

 しげしげと壊れ具合を見ていたアナスタシアは「ふむ」と頷くと、


「……これくらいなら直しましょうか?」


 と聞いた。ミューレ達は「え?」揃って目を瞬かせる。


「シズさん、ちょっと斜めに箱を支えていてもらえますか?」

「うん、いいよー」


 シズに頼んで、アナスタシアはスカートから長方形の薄い箱を取り出した。

 そして中から必要な道具を取り出し、手慣れた様子で直していく。


「火精石といい、アナスタシア殿のスカートからは毎度意外なものが出ていますなぁ」

「これを持ち歩きたいと言ったら、ロザリーさんがスカートのポケットを補強してくれたんです。いいでしょう!」


 えへん、とアナスタシアは自慢げにそう言った。ホロウは「胸を張る所はそこではない気が」と苦笑していたが。

 まぁ、貴族のお嬢様が言う台詞ではないだろうが、そこはアナスタシアである。

 そんなやり取りをしながら、アナスタシアは修理を進める。外れた部品を戻し、壊れた個所を適当な代用品で補い。

 そうしてあっと言う間に完了した。


「はい、できました」

「あ、ありがとう! 器用ね……!?」

「こういうの好きなんです。この道具、とても大事に使われていますね。中のスモークボールを交換すれば問題なく使えると思いますが……替えはありますか?」

「今日の夜に入る予定だったから、迫力を出すには少し数が足りないかも」

「仕方ないわ、今回はスモークは控えめに、その分照明の具合で凌ぎましょう」


 ヒンメルは直ぐに次の指示を出し始める。

 彼の話を聞きながら、アナスタシアは少し考えてホロウを見上げた。 


「そう言えばホロウさんの氷の魔法って、青色がついていますよね」

「ええ、ついておりますな。綺麗でしょう?」

「はい、とっても! もしかして冷気も青色だったりします?」

「もちろんですとも! 冷気も綺麗な青……ああ、なるほど!」


 ポン、とホロウが手を打った。

 話を聞いていたシズもアナスタシアの意図が分かったのだろう。なるほど、と笑っていた。


「良いでしょうか?」

「ええ、構いませんぞ!」

「アナスタシア、何の話?」

「はい。ミューレさん、それからヒンメルさん。青色で大丈夫なら、スモークの代用ができるかもしれません」


 アナスタシアがそう言うと、ミューレとヒンメルは目をカッと見開いた。


「え!? 本当に!?」

「はい。ホロウさん、お願いできますか?」

「承知!」


 ホロウは力強く請け負うと、手を軽く動かした。

 すると空中にキラキラした青い光をもった冷気が広がる。


「綺麗……!」


 わあ、とミューレが目を輝かせた。

 アナスタシアはフフ、と微笑むと、


「確か炎も高温だと青くなるのでは?」


 と言った。

 ぐっとヒンメルが拳を握る。


「いける……いけるわ! 悪いんだけど、手伝ってもらって良いかしら!? 報酬は出すわ!」

「フフ、構いませんぞ!」


 ホロウは胸を叩いて快諾した。声も弾んでいる。

 ガースからチケットを貰った時もそうだったが、やはりホロウはこういった劇の関係が好きなようだ。

 楽しそうな様子のホロウに、アナスタシアとシズは顔を見合わせて「良かったね」と笑う。


「じゃあちょっと一回合わせましょう!」

「座長、それならミューレの衣装を少し変えた方が良いんじゃないかな。何か羽織るとか」

「そうね、その方が良いわ。ミューレ、何か合わせておいで」

「分かった! アナスタシア、ありがとう!」


 とたんに慌ただしくなった舞台上。

 ミューレはアナスタシアに手を振ると、ぱたぱたと走ってホールを出て行った。

 今の衣装も素敵だが、羽織ってさらに素敵になるのかもしれない。

 そんな事を思っていると、ふとこの場にいないヴァッサーを思い出した。


「……あ、それならヴァッサーさんにもお伝えした方が良いのでは?」


 彼がどんな衣装を着るかは知らないが、寒さに耐えられる衣装自体は必要な気がする。

 アナスタシアの言葉にシズは「そうだね」と頷いて、周りの様子を見る。

 皆、それぞれに忙しそうだ。


「ヒンメル座長、良かったら俺達で伝えて来ようか? さっきの控室でしょ?」

「いいの!? 悪いわね、お願いするわ!」


 お願いされた。つまりはお仕事である。

 アナスタシアはやる気満々に、ぐっと両手の拳を握る。


「それでは行きましょう、シズさん!」

「はーい!」


 アナスタシアはウキウキとシズと一緒に歩き出す。

 向かっているのはミューレが出て行ったドアだ。

 両開きのドアを開け、廊下へ出る。そして歩き出そうとした、その時。

 ふわ、と先ほどとは違う別の冷気が、アナスタシアの頬を撫でた。


「え?」


 今のは、と思ったとたん。


――――建物が、一気に氷漬けとなった。


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