第七話 恋のグレイブヤード
一方その頃、劇場の外では首無し馬のコシュタ・バワーが、のんびり時間を過ごしていた。
何もやる事が無くて暇――――というわけでもなく。
『……よし、このデートプランなら完璧! きっとユニさんも次回はオーケーを出して下さるはず! フフ、フフフ……!』
などとユニとのデートプランを考えていた。
もっとも誘ったところですげなく断られるだろうが、その辺りは気にしていないらしい。何とも前向きな馬である。
さて、そんな事を考えながら笑っていると。
劇場の中から勢い良く一人の劇団員――ユイルが飛び出して来た。
優男風の余裕ぶった表情はどこかへ消えて、浮かべているのは悔し気な顔。
『おや、これは……』
どうにも様子がおかしい。
放っておいても良いだろうが、気にはなる。
コシュタ・バワーは自身の姿を魔法ですうと透明化すると、彼を追いかけてみる事にした。
人にぶつからないように慎重について行くと、辿りついたのは『恋のグレイブヤード』というカフェだ。
店先には怪しくも可愛らしい黒猫をモチーフにした看板が掛けられている。
何と言う偶然だろうか。ちょうどコシュタ・バワーがアナスタシア達にオススメした店である。
『ここへ向かうとは、なかなか良い趣味をしてらっしゃる』
満足げにコシュタ・バワーは頷く動作をした。ユイルに少し親近感が沸いたらしい。
『とは言え、どうしましょうか』
さすがに中に入るわけにはいかない。
いくら透明になっているとは言え、質量はそのままそこにあるし、人間の食べ物を扱う場所に入るのは気が引けたのだ。
コシュタ・バワーは少し考えた後で、カフェの窓の方を向いた。そして体を器用に使って、窓を開けようと試みる。
上に押し上げるタイプだったのも幸いし、窓を僅かに開ける事に成功する。
『よし、これなら中の様子が分かりますね』
コシュタ・バワーは呟くと窓にそっと近づいた。
そしてユイルを探す。少ししてカウンター近くのテーブルに座るユイルを見つけた。
『……おや、どなたかとご一緒』
ユイルの向かい側には紫の瞳に黒髪をした人物が座っている。占い師が着ているようなゆったりとした衣装を身に纏った誰か。整った顔には綺麗に化粧が施されており、今一つ性別は分からない。ただユイルが「トリノ」と呼んだ声は聞こえた。
恐らくそちらの方が先に店ていたたのだろう。まだ何もないユイルとは正反対に、トリノの前には香茶が淹れられたティーカップが置かれていた。
「おや、今日は公演ではなかったのですか? もうすぐでしょう? 良いのですか、こんな所に来ていて」
「いいさ。……どうせ今日、僕の出番はないんだから」
そんなやり取りが聞こえてくる。
どうやら今日の公演の件でもめ事があったようだ、という事をコシュタ・バワーは理解した。
「ヴァッサーの方がアーサー・レイヴンに相応しいと言われたよ」
「そんな事はないと思いますがねぇ」
「……少なくとも領都での公演に、僕は相応しくないらしい」
ユイルは相手にぽつぽつと話す。
公演の主役に選ばれなかった事。
その理由が自身が行う演技やアドリブにあった事。
思わず飛び出してきてしまった事。
その話をトリノは相槌を打ちながら静かに聞いていた。そうしている間に、ユイルが注文したらしい香茶が運ばれてくる。
「五年目の公演だと聞いた。だから、どうしても――――主役を演じたかったなぁ」
息を吐きながら、悔しそうにユイルは言う。
おや、とコシュタ・バワーは意外に思った。最初に見た時の彼は軟派な様子だったが、本質は少し違うようだ。
「そうですねぇ。……ああ、そうだ。ならもし、不測の事態があったとすれば、ユイルさんが主役になれるのではありませんか?」
「不測の事態?」
「ええ、そうです。例えば、そう――――アーサー役の人間が、たまたま、出演できなくなった、とか」
トリノはにこりと笑ってそんな事を言い出した。
何と言う不穏な話をするのか。これにはコシュタ・バワーもぎょっとする。
だがそれ以上に驚いたのはユイル本人だったようだ。
彼は目を吊り上げると、テーブルを叩いて立ち上がる。
「見損なわないでくれ! そんな卑怯な真似なんて出来るか!」
「おやおや」
怒りを隠さないユイルを見ながら、トリノはクスクス笑って「ただの冗談ですよ」と言った。
「……冗談でもやめてくれ」
「ええ、すみません」
軽めの謝罪を受けながら、ユイルは席に座り直す。
「……ヴァッサーはいけ好かない奴だが、真面目で努力家だ。悔しいが、あいつみたいに僕は演じられない。だから、僕らしさで演じるしかなかった。それがアーサー・レイヴンに相応しくなかった、というだけなんだ。……本当は分かっているんだよ、それは」
はあ、とユイルはため息を吐いた。
少しスッキリした表情をしている。溜まっていたものを吐き出したせいもあるだろう。
それからユイルはトリノに向かって「怒鳴ってすまなかった」と謝った。
「……頭が冷えた。舞台に出られなくても、やれる事はある。癇癪を起して逃げ出したと、彼女に思われたら困る」
「実際に癇癪を起して逃げ出したのでは?」
「うっ」
「フフ」
どうやら落ち着いたようだ。
心配でついて来たが、この分だと大丈夫そうだなとコシュタ・バワーが思っていると、
「あれ、窓開いてる」
店員に窓を閉められてしまった。
中の様子は見えるものの、会話は聞こえない。
でも、今の様子だったら問題ないだろう。
そう判断したコシュタ・バワーは、
『……私も戻りますか』
と呟き、店から離れた。
◇
コシュタ・バワーが帰った後。
店内ではユイルとトリノの会話が続いている。
「……僕はまだまだ小さいな」
「そんな事はありませんけどねぇ。――――あ、ほら、冷めてしまいますよ」
「ああ、そうだな。劇場へ戻らないと」
トリノはユイルのティーカップを受け皿ごと指で押した。
その時一瞬、その指先が光ったように見えてユイルは首を傾げる。
だが直ぐにカフェの灯りだろうと思って、ティーカップ持ち上げ、そのまま一気に飲み干す。
豪快な飲みっぷりにトリノはくすくす笑いながら、
「ところでユイルさん、知っていますか? ミステル一座は昔、ネモ劇団という名前だったと」
なんて言い出した。
ユイルはきょとんとした顔で首を傾げる。
「ネモ?」
「フフ……かつて、領主一族を批判する劇を演じて、処罰を与えられた劇団ですよ」
「……え?」
聞き返そした直後、ユイルは自分の視界がぐらり、と揺れた事を感じた。思わず額に手を当てる。
そんなユイルの様子など気にもせず、トリノは話を続ける。
「あの時は、まぁ気概のある連中だと思いましたよ。やり方は考えなしでしたけどねぇ。それが今では、過去の英雄を褒め称えるようなお話を公演している」
「何、を……」
瞼が重い。崩れ落ちそうになる体を動かし、ユイルは必死に目を開けてトリノを見る。
毒のような紫色の瞳が三日月のように歪んでいる。
「私はねぇ、あなたの方がアーサー・レイヴンに相応しいと思いますよ。軟派で軽薄で、くだらない恋心を優先しそうなタイプ。実に昨今のレイヴン伯爵家の人間らしい。品行方正な英雄殿とは正反対のね」
そしてユイルを見下しながら、トリノは相変わらずクスクス笑い、
「せっかく評判が地に落ちていたのに、過去の栄光持ち出して、回復されては困るんですよねぇ。ま、あなたは巻き込まれ損って奴ですが。すみませんね、ユイルさん」
「――――眠、気が……」
ユイルはがくりとテーブルに突っ伏した。
「ああ、もし。起きてくださいよ。困りましたねぇ。ええ――――本当に」
わざとらしく声をかけ肩を揺さぶるトリノ。だがユイルは目を覚ます様子はない。規則正しく寝息を立てている。
それからトリノは先ほどコシュタ・バワーが覗いていた窓の外――――クロック劇場のある方角へ顔を向け、
「さて、お嬢様はどうなさいますかねぇ」
フフ、と低く笑ったのだった。




