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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第四章 クロック劇場の演者
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第七話 恋のグレイブヤード


 一方その頃、劇場の外では首無し馬のコシュタ・バワーが、のんびり時間を過ごしていた。

 何もやる事が無くて暇――――というわけでもなく。


『……よし、このデートプランなら完璧! きっとユニさんも次回はオーケーを出して下さるはず! フフ、フフフ……!』


 などとユニとのデートプランを考えていた。

 もっとも誘ったところですげなく断られるだろうが、その辺りは気にしていないらしい。何とも前向きな馬である。


 さて、そんな事を考えながら笑っていると。

 劇場の中から勢い良く一人の劇団員――ユイルが飛び出して来た。

 優男風の余裕ぶった表情はどこかへ消えて、浮かべているのは悔し気な顔。


『おや、これは……』


 どうにも様子がおかしい。

 放っておいても良いだろうが、気にはなる。

 コシュタ・バワーは自身の姿を魔法ですうと透明化すると、彼を追いかけてみる事にした。


 人にぶつからないように慎重について行くと、辿りついたのは『恋のグレイブヤード』というカフェだ。

 店先には怪しくも可愛らしい黒猫をモチーフにした看板が掛けられている。

 何と言う偶然だろうか。ちょうどコシュタ・バワーがアナスタシア達にオススメした店である。


『ここへ向かうとは、なかなか良い趣味をしてらっしゃる』


 満足げにコシュタ・バワーは頷く動作をした。ユイルに少し親近感が沸いたらしい。


『とは言え、どうしましょうか』


 さすがに中に入るわけにはいかない。

 いくら透明になっているとは言え、質量はそのままそこにあるし、人間の食べ物を扱う場所に入るのは気が引けたのだ。

 コシュタ・バワーは少し考えた後で、カフェの窓の方を向いた。そして体を器用に使って、窓を開けようと試みる。

 上に押し上げるタイプだったのも幸いし、窓を僅かに開ける事に成功する。


『よし、これなら中の様子が分かりますね』


 コシュタ・バワーは呟くと窓にそっと近づいた。

 そしてユイルを探す。少ししてカウンター近くのテーブルに座るユイルを見つけた。


『……おや、どなたかとご一緒』


 ユイルの向かい側には紫の瞳に黒髪をした人物が座っている。占い師が着ているようなゆったりとした衣装を身に纏った誰か。整った顔には綺麗に化粧が施されており、今一つ性別は分からない。ただユイルが「トリノ」と呼んだ声は聞こえた。

 恐らくそちらの方が先に店ていたたのだろう。まだ何もないユイルとは正反対に、トリノの前には香茶が淹れられたティーカップが置かれていた。


「おや、今日は公演ではなかったのですか? もうすぐでしょう? 良いのですか、こんな所に来ていて」

「いいさ。……どうせ今日、僕の出番はないんだから」


 そんなやり取りが聞こえてくる。

 どうやら今日の公演の件でもめ事があったようだ、という事をコシュタ・バワーは理解した。


「ヴァッサーの方がアーサー・レイヴンに相応しいと言われたよ」

「そんな事はないと思いますがねぇ」

「……少なくとも領都での公演に、僕は相応しくないらしい」


 ユイルは相手にぽつぽつと話す。

 公演の主役に選ばれなかった事。

 その理由が自身が行う演技やアドリブにあった事。

 思わず飛び出してきてしまった事。

 その話をトリノは相槌を打ちながら静かに聞いていた。そうしている間に、ユイルが注文したらしい香茶が運ばれてくる。


「五年目の公演だと聞いた。だから、どうしても――――主役を演じたかったなぁ」


 息を吐きながら、悔しそうにユイルは言う。

 おや、とコシュタ・バワーは意外に思った。最初に見た時の彼は軟派な様子だったが、本質は少し違うようだ。


「そうですねぇ。……ああ、そうだ。ならもし、不測の事態があったとすれば、ユイルさんが主役になれるのではありませんか?」

「不測の事態?」

「ええ、そうです。例えば、そう――――アーサー役の人間が、たまたま、出演できなくなった、とか」


 トリノはにこりと笑ってそんな事を言い出した。

 何と言う不穏な話をするのか。これにはコシュタ・バワーもぎょっとする。 

 だがそれ以上に驚いたのはユイル本人だったようだ。

 彼は目を吊り上げると、テーブルを叩いて立ち上がる。


「見損なわないでくれ! そんな卑怯な真似なんて出来るか!」

「おやおや」


 怒りを隠さないユイルを見ながら、トリノはクスクス笑って「ただの冗談ですよ」と言った。


「……冗談でもやめてくれ」

「ええ、すみません」


 軽めの謝罪を受けながら、ユイルは席に座り直す。


「……ヴァッサーはいけ好かない奴だが、真面目で努力家だ。悔しいが、あいつみたいに僕は演じられない。だから、僕らしさで演じるしかなかった。それがアーサー・レイヴンに相応しくなかった、というだけなんだ。……本当は分かっているんだよ、それは」


 はあ、とユイルはため息を吐いた。

 少しスッキリした表情をしている。溜まっていたものを吐き出したせいもあるだろう。

 それからユイルはトリノに向かって「怒鳴ってすまなかった」と謝った。


「……頭が冷えた。舞台に出られなくても、やれる事はある。癇癪を起して逃げ出したと、彼女に思われたら困る」

「実際に癇癪を起して逃げ出したのでは?」

「うっ」

「フフ」


 どうやら落ち着いたようだ。

 心配でついて来たが、この分だと大丈夫そうだなとコシュタ・バワーが思っていると、


「あれ、窓開いてる」


 店員に窓を閉められてしまった。

 中の様子は見えるものの、会話は聞こえない。

 でも、今の様子だったら問題ないだろう。

 そう判断したコシュタ・バワーは、


『……私も戻りますか』


 と呟き、店から離れた。

 




 コシュタ・バワーが帰った後。

 店内ではユイルとトリノの会話が続いている。


「……僕はまだまだ小さいな」

「そんな事はありませんけどねぇ。――――あ、ほら、冷めてしまいますよ」

「ああ、そうだな。劇場へ戻らないと」


 トリノはユイルのティーカップを受け皿ごと指で押した。

 その時一瞬、その指先が光ったように見えてユイルは首を傾げる。

 だが直ぐにカフェの灯りだろうと思って、ティーカップ持ち上げ、そのまま一気に飲み干す。

 豪快な飲みっぷりにトリノはくすくす笑いながら、


「ところでユイルさん、知っていますか? ミステル一座は昔、ネモ劇団という名前だったと」


 なんて言い出した。

 ユイルはきょとんとした顔で首を傾げる。


「ネモ?」

「フフ……かつて、領主一族を批判する劇を演じて、処罰を与えられた劇団ですよ」

「……え?」


 聞き返そした直後、ユイルは自分の視界がぐらり、と揺れた事を感じた。思わず額に手を当てる。

 そんなユイルの様子など気にもせず、トリノは話を続ける。


「あの時は、まぁ気概のある連中だと思いましたよ。やり方は考えなしでしたけどねぇ。それが今では、過去の英雄を褒め称えるようなお話を公演している」

「何、を……」


 瞼が重い。崩れ落ちそうになる体を動かし、ユイルは必死に目を開けてトリノを見る。

 毒のような紫色の瞳が三日月のように歪んでいる。 


「私はねぇ、あなたの方がアーサー・レイヴンに相応しいと思いますよ。軟派で軽薄で、くだらない恋心を優先しそうなタイプ。実に昨今のレイヴン伯爵家の人間らしい。品行方正な英雄殿とは正反対のね」


 そしてユイルを見下しながら、トリノは相変わらずクスクス笑い、


「せっかく評判が地に落ちていたのに、過去の栄光持ち出して、回復されては困るんですよねぇ。ま、あなたは巻き込まれ損って奴ですが。すみませんね、ユイルさん」

「――――眠、気が……」


 ユイルはがくりとテーブルに突っ伏した。


「ああ、もし。起きてくださいよ。困りましたねぇ。ええ――――本当に」

 

 わざとらしく声をかけ肩を揺さぶるトリノ。だがユイルは目を覚ます様子はない。規則正しく寝息を立てている。

 それからトリノは先ほどコシュタ・バワーが覗いていた窓の外――――クロック劇場のある方角へ顔を向け、


「さて、お嬢様(、、、)はどうなさいますかねぇ」


 フフ、と低く笑ったのだった。

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