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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第四章 クロック劇場の演者
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第六話 領都で公演するという事


 声に驚いて良く見れば、舞台の上でユイルは顔をしかめ、ヴァッサーは驚いたそれをしている。

 ヒンメルだけは冷静な様子で、凪いだような目を二人に向けていた。


「落ち着きなさい、ユイル。これは今日の調子や稽古の様子を見て、総合的に判断した結果よ」

「馬鹿な……僕はちゃんと稽古しているし、調子だって良い! それに僕の方が主役として映えるだろう!? 観客だって、僕の時の方が受けが良い! 今日の日の公演に相応しいだろう!」


 自身の胸を叩いてユイルは必死に訴える。

 詰め寄るユイルに「まずい」とミューレは呟いた。

 そして立ち上がると、舞台の方へ走って行き、間に割って入る。


「ちょっと、やめなよ!」

「どいてくれミューレ! 僕は座長と話をしているんだ!」


 ミューレが止めても、ユイルは引く様子はない。

 言い募る声をヒンメルは静かに受け止めて、


「そうね。ユイル、確かにあんたは才能があるわ。人を喜ばせる華ならば、ミューレにだって負けていない」

「なら! ならどうして僕が主役ではないんだい!」

「ここが領都クロックボーゲンだからよ」


 ヒンメルはそう言い切った。

 この台詞は先ほどのシズの言葉と同じだ。

 その時も今も、理由は良く分からない。けれど。


――――続くヒンメルの言葉が、理由(それ)を教えてくれた。


「あんたのアドリブは、確かに受けが良いわ。ファンサービスだって喜ばれている。それは素晴らしい事よ。けれどアーサー・レイヴンの物語を、レイヴン伯爵領の領主のお膝元でやるという事について、あんたは理解している?」

「理解も何も……公演する場所に差なんてないだろう。観客は皆平等だ」

「ヴァッサー、あんたはどう?」


 ヒンメルはスッとヴァッサーの方へ視線を向ける。

 彼はまだ困惑した様子だった。けれど座長の言葉に頷き、眼鏡に手を当てて少し考えた後、客席に座るアナスタシア達の方をちらりと見た。


「……領主の関係者が見に来る可能性がある、という事では?」

「ええ、そうよ」


 ヴァッサーの答えに、ヒンメルは頷いた。

 ユイルは訝しんだ顔になる。


「そんな事は僕だって分かっている!」

「分かっているなら『公演する場所に差なんてない』なんて言葉は出ないの。確かに、舞台を楽しんでくれるお客さんに、身分は関係ないわ。でもね、そこには身分差がないわけじゃ(、、、、、、、、、、)ない(、、)のよ」


 ああ、とアナスタシアは理解した。

 同時にその言葉で、先日交わしたローランドとのやり取りが浮かんでくる。


『領民の不安を煽り、扇動したとしてネモ劇団、求刑へ』


 五年前の新聞記事だ。

 そこにはレイヴン伯爵家のやり方を批判し、舞台の上でそれを訴え、そして貴族達の不興を買って処罰された劇団の事が書かれていた。

 彼らのやり方が正しかったのかどうか。それを判断する材料はアナスタシアには少ない。

 けれど貴族に対して行動しようというのは、そういう危険性も持っている。

 だからヒンメルは、今日の公演でその部分を重視したのだ。


「アーサー・レイヴンは品行方正、そして騎士の鑑とまで言われるほどの清廉な人物。それが公演中に観客を巻き込んで愛を囁いたり、フランシュペーアに求婚したりする姿を見たら、領主の関係者はどう思うかしら?」

「――――それは」

「ヴァッサーはずっと真面目に、アーサーという人間を演じようとしていた。アーサーについて書かれた本を片っ端から読んで、勉強をしているのも知っている。だからここでの公演に相応しいと判断した」

「…………」


 ヒンメルはそこで言葉を一度区切り、息を吸う。


「今日の公演のアーサー役は、ヴァッサーで行く。これは決定事項よ。頼んだわよ、ヴァッサー」

「……ッ、はい!」


 ヒンメルの言葉に、ヴァッサーは力強く頷く。彼の表情から自分は選ばれない、と思っていた様子が伺えた。

 ユイルは悔し気に顔を歪める。そして舞台を飛び降りると、そのままホールの外へと出て行ってしまった。


「……シズさんの言っていたのはこういう事だったんですね」

「うん。身分の違いというのはね、本来はだいぶ複雑なものだから」


 シズは孤児院出身の騎士だ。だからこそ、その辺りの事情をアナスタシアよりもずっと理解しているのだろう。

 知らない事ばかりだ。自分の家の事も、貴族と平民の関係も。

 もっと勉強しなければ。そうアナスタシアが思っていると、


「お前も色々考えておったのだなぁ」


 ホロウが少しおどけた調子で言った。

 空気を換えようとしてくれているのだろう。


「えぇ……それだと普段から俺が考えなしみたいじゃん」

「考えている人間が、扇を突きつけて駄犬と呼んでくれなどと言わんわ」

「えっホロウは呼ばれたくないの? 扇を突きつけられたりさぁ」

「……いや、まぁ、多少興味があるが」


 あるんかい。

 何てシズがツッコミを入れて笑った。

 しかしまぁ、それは置いておいて。

 アナスタシアはユイルが出て行った方へ目を向けた。走り去るユイルが浮かべていた顔が少し気になったからだ。

 ああいう顔には見覚えがある。エレインワースや彼女の子供達が、時折浮かべていた顔だから。


「…………何も起きないと良いのですが」


 一抹の不安を覚えつつ、アナスタシアはそう呟いた。

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