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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第四章 クロック劇場の演者
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第三話 恋とはなかなか厄介なもので


「本ッ当にごめんなさいねぇ。うちのが迷惑をかけちゃって!」


 クロック劇場にある、出演者達用の控室。

 そこに通されたアナスタシア達は、ミステル一座の座長から両手を合わせて謝罪を受けていた。

 彼の名前はヒンメル。女性口調だが容姿は見事に男性である。

 この人は性別が分かりやすいな、なんて思いながらアナスタシアは首を横に振る。


「いえ、こちらこそ驚かせてしまって、申し訳ありませんでした」


 そう言うと、ホロウも心なしかシュンとして「め、面目ない……」と謝った。

 ちらりと視線を動かせば、ソファーの上で件の劇団員二人が気絶したままで寝かされているのが見える。ヴァッサーとユイル、この二人に気絶するまで驚かれたのがホロウにはショックだったようだ。

 シズが苦笑しながら「そんなに落ち込むなって」とフォローしていた。


「そうそう。そもそも首無し騎士様の話は噂で聞いていたもの。こいつらだって知っていたのよ? なのに罵り合いに夢中になっていたせいで驚いて、勝手に倒れたこの二人が悪いのよ、まったく」


 そう言ってヒンメルは腕を組み、ヴァッサーとユイルを少し睨む。


「こちらのお二人は、普段も仲が悪いのですか?」

「ええ。演技の方向性も真逆なんだけど、性格的な相性が特に悪くてね。それさえなければ二人とも文句なしに、主役を任せられるくらい良い役者なんだけど……。ああ、あとは恋の話があったわ」

「恋ですか」

「ええ、恋よ。こいつら、ミューレって子に惚れていてね。まぁ、そちらの方面でもライバル同士なのよ。一人の少女を巡って、二人の男が対立! ……っていうのは劇の中だけで良いのよねぇ」


 ヒンメルは頬に手を当てて、はあ、とため息を吐いた。

 気持ちは分からないでもない。性別こそ違うが、似た状況に覚えのあるアナスタシアからすれば、特にだ。


「色々ありますねぇ」

「そうなのよねぇ……」


 そんなやり取りをしていると、控室のドアが勢いよく開かれた。

 そして銀髪の少女が飛び込んでくる。


「座長! またあの二人が喧嘩したって聞いたけど!?」

「あらミューレ、お帰りなさい。歌の練習は終わった?」


 少女に向かってヒンメルはそう声をかける。

 どうやら彼女が件の『ミューレ』らしい。黒色の瞳に、ゆるく左肩から垂らした銀髪のルーズサイドテールが特徴の少女だ。

 ミューレは控室にいるアナスタシア達を見て、


「終わったよ。この人達は?」

「レイヴン伯爵家の皆様よ。この馬鹿共を介抱してくれたの」

「領主様の?」


 正体を聞いてミューレは驚いたように目を丸くした。


「いえ、倒れたのもこちらが理由ではありますので」

「そう。……ありがとう、迷惑かけちゃったね」


 ミューレはそう言って頭を下げた。

 ところでミューレと言えば、先ほどの言い争いに出てきた名前のはずだ。

 となると、この人はとアナスタシアはヒンメルを見る。


「一人の少女と、二人の男と」

「そういう事。ミューレを巡って対立してるの」

 

 アナスタシアの言葉にヒンメルは頷いた。

 するとミューレが嫌そうな顔になる。


「私はとっくに断ってるよ。公演前に大騒ぎするような人達なんて嫌。……それに私だって、好きな人くらいいるし」

「あら! そうなの?」

「う、うん」


 そう言いながらミューレはヒンメルの方を見上げる。心なしか頬が赤い気もした。

 あ、これはもしや、とアナスタシアが思っていると、


「あらぁ誰? ンもー、うちの歌姫のハートを射止めるなんて、そいつは幸せものねぇ」


 当のヒンメルはミューレの背中をポンポンと叩いて、楽しそうに笑っている。

 ミューレが見るからにがっかりした顔になった。

 そうしていると他の劇団員も控室に入って来る。


「ざーちょーう! お話の最中に申し訳ないんスけど、舞台の最終チェックお願いしまーす!」

「分かったわ! ミューレ、少し頼んでも良いかしら?」

「うん、いいよ」

「お願いね! アナスタシア様達も、ゆっくりして行って下さいね」


 ヒンメルはそう言って控室を出て行った。

 ミューレは彼の後ろ姿を見送りながら、ドアが閉まった時に「難しいなぁ」と小さく息を吐いた。

 表情は少し複雑そうだ。だが、それも一瞬で。

 直ぐに切り替えた様子でソファーに寝かされたままのヴァッサー達に顔を向けた。


「とにかく、こいつら起こさないと」

「あ、それなら良いものがあるよ。気付け薬。これを口の中に一滴垂らせば、すぐに目が覚めるって、うちの騎士隊じゃ評判の品物です」


 ミューレの言葉に、シズが懐から小瓶を取り出した。中には黒色のとろりとした液体が入っている。


「本当? じゃあ、お願いしていい?」

「オーケー!」


 シズは笑顔で請け負うと、まずはヴァッサーに、続けてユイルにと、それぞれの口の中に液体を垂らす。

 直後、二人はカッと目を見開いて飛び起きた。


「にっっっっっが!!!!! ナニコレ!?」

「水! 水をくれ!!!」


 見事な効果である。

 アナスタシアは「おおー!」と感嘆の声を上げ、手を合わせる。


「効果抜群ですねぇ。主成分は何で出来ているんですか?」

「ニガ蜂の蜜だよ」

「苦い蜜しか集めないアレか、なるほどのう」

「へぇー……今度うちでも常備しよう」


 なんて、呑気に話す三人。

 その目の前でヴァッサーとユイルだけは喉を押えて「水!」と涙目で叫んでいた。


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