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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第四章 クロック劇場の演者
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第一話 時間稼ぎと言う名の暗黙のあれこれ


 その日アナスタシアは、庭でシズとホロウの訓練を眺めていた。

 ホロウが魔法で出した青い氷を、シズが剣で砕きながら回避している。

 キラキラ、キラキラと。まるで光る雪のように、空から氷の粒が降り注いでいた。


「こういう氷の粒を作り出す馬がいるって言ってたっけ」


 ぼんやりとそれを見上げながら、アナスタシアは呟く。

 雪原に住む馬。正確には馬ではなく魔性の類だったはずだ。

 名前は確か――――。


「…………」


 そんな事を考えながらも、アナスタシアの頭の中には、先日のローランドの言葉がぐるぐると回っていた。

 過去は過去。遡る事は出来ない。大事なのは今で、これからだ。

 それはアナスタシアも分かるものの――でも、本当にそれで良いのか、自分の中ではまだ、しっくりと来ていなかった。


 考えながら少しぼうっとしていると「お嬢様」と呼びかけられた。

 おや、と思って声の方へ顔を向けると、ロザリーとガースの二人がこちらへ歩いてくるところだった。

 二人ともレイヴン伯爵家の使用人の服を着ている。使用人頭のマシュー曰く、ガースの分は海都に行っている間に用意したそうだ。


「はい、どうしました?」

「ええ、ちょっと。その……お嬢様って、観劇に興味はありませんか?」

「観劇ですか?」

「ええ、そうです。今日なんですけど、ちょうどチケットが手に入りましたね」


 ガースはそう言いながら、そのチケットを見せてくれた。

 枚数は三枚。チケットには『ミステル一座』という名前が印刷されていた。


「興味はとてもありますけれど、どういう風の吹き回しで?」

「お嬢様、私を何だと思っているんです」

「商人ですね」

「そうですけども! ああ、まぁいいや。……えー、あー、それがですね、何と言うか、時間稼ぎが出来そうなものを探して来てくれって……」


 ガースがそう答えかけた時、とたんにロザリーの肘鉄がみぞおちに入った。

 ぐえ、とカエルが潰れたような声を出し、ガースは蹲る。

 見事に入ったなぁとアナスタシアが思っている前で、ガースはロザリーを見上げ「てめぇ……」と睨む。

 しかしロザリーはどこ吹く風だ。


「ええと、ロザリーさん、どうしました?」

「いえ、何でもないんですよ、お嬢様! ちょっとガースに変なものがついていまして!」

「てめぇは変なものを払い落すのに、毎回肘鉄喰らわせるのか」

「そうよ」

「そうよじゃねぇよ」


 丁寧な口調をぺいっと捨てて、ガースは恨みがましい目でロザリーを見る。

 それから立ち上がると「ハァ」とため息を吐いた。


「……悪かったよ、口が滑ったんだよ」

「商談じゃ滑らせないでしょ」

「商談で滑らせるようなら、そいつは商人じゃねぇよ」


 何だかまた口喧嘩に発展しそうな様子である。

 これはまずいのではと、アナスタシアは口をはさむ。


「えーと、あのー、観劇の話でしたっけ」

「あ、ああ、そうですそうです。……それ、たまたま手に入ったんですけどね。あいにくと予定が詰まっていまして。せっかくだから無駄にしたくないんで、良かったらお嬢様にと思いまして」


 ガースはそう言うと、アナスタシアにチケットを手渡した。

 すると話を聞いていたシズとホロウも、訓練をいったん中断し、近づいてきた。

 そしてひょいとチケットを覗き込む。


「あ、ミステル一座じゃないか。最近すごく人気でチケット取り辛いんじゃない? よく取れたなぁ」

「そうなんですか?」

「そうそう。同期にファンがいるんだけど『取れない……』って項垂れてたよ」

「ほうほう」


 アナスタシアはあまりそういう方面に詳しくないが、どうやら有名なところらしい。

 シズの言葉に気をよくしたらしいガースは「ちなみに演目は『王の騎士と聖なる馬』ですよ」と教えてくれた。

 馬、と聞いてアナスタシアは目を輝かせる。


「馬ですか!」

「アーサー・レイヴン卿が、相棒である白馬フランシュペーアに出会った時の話だねぇ」

「わあ!」


 内容に、俄然と興味が湧いてきた。

 テンションがぐんぐん上昇するアナスタシアに、ホロウが「良かったですな」と声をかける。それからガースに向かって、


「ふむ、ガースよ、こういう時だけはやるではないか」

「だけ、は余計ですけどね。っていうか、本当普段からどんな目で見られているんだ私は」


 何とも言えない評価にガースは半眼になる。 

 まぁそれはさておき。

 この『王の騎士と聖なる馬』という演目は、レイヴン伯爵領では古くから演じられているものだ。

 初代領主であるアーサー・レイヴンが、レイヴン伯爵領の最大の危険種『火竜』を討伐した時の実話を題材とした劇である。


「アーサー卿がフランシュペーアと協力し、王より賜った宝槍『星辰』で火竜にとどめをさしたシーンは素晴らしかったですなぁ」


 ホロウはしみじみとそう言った。


「ホロウさんも見た事があるのですか?」

「妖精騎士になってから、もちろん遠目で、ですがな」


 どうやらホロウも見た事のある劇らしい。

 しかし当時のホロウは観劇を楽しむという余裕はなかったし、そもそも首無しなんて状態ではさすがに劇場に入れなかった。

 野外で公演されたものを遠くから見るくらいだったそうだ。


「本当に頂いても良いのですか? ガースさん、どなたか誘うご予定があったのでは」

「私にそんな相手なんていませんよ。いたとしても、この間の件でとっとと別れを切り出されていたでしょうし」

「ああ、それは……ジャックさんに相談すれば誰か紹介して頂けるやも」

「恐ろしい提案をしないでくださいよ!」


 アナスタシアの言葉に、ひい、とガースは青褪める。


「ローランド様からも許可が出ています。シズさんとホロウさんの三人で行ったらどうだって仰っていましたよ」

「わ、吾輩もか!? いや、しかし……」

「あと仕事をしっぱなしだから、たまには休みなさい、とも」

「というか、劇の話をしたらお嬢様と同じくらいテンションが上がってたでしょう」

「うっ」


 動揺するホロウだったが、


「そ、そうまで言うならば仕方あるまい! このホロウ、お供しましょう!」


 などと嬉しそうに言った。

 フフ、とアナスタシアは笑って、ガースを見上げる。


「ありがとうございます、ガースさん。ありがたく頂戴致します」

「いえいえ。ま、後で感想教えてください」


 苦笑するガースに、アナスタシア元気に「はい!」と頷く。

 そしてシズとホロウに顔を向け、


「それじゃあ、シズさん、ホロウさん! 準備をして行きましょう!」


 と少しソワソワしながら言ったのだった。


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