第六話 腐っても伯爵家の娘
豊穣の秋。
木々が赤く色づき、畑が実りで彩られる頃。
アナスタシアはローランドに連れられて、レイヴン伯爵領の町の一つロンドウィックに向かって、馬車に揺られていた。
窓からひょいと顔を覗かせれば、馬車の前後にそれぞれ馬に乗ったシズとライヤーの姿も見える。彼らはアナスタシアたちの護衛として一緒に移動していた。
さて、そうして向かうロンドウィックだが、その町は通称『雲の町』と呼ばれている。
渾名の由来は町の特産物だ。
ロンドウィックは古くからロンド綿花と呼ばれる植物を栽培している。それを紡いで作られたロンド布がこの町の特産品なのだ。
秋になるとロンド綿花が弾け、町周辺の綿花畑一面が実綿で彩られる。
それがまるで雲のように見えることから『雲の町』と呼ばれるようになったのだ。
――――しかし。
本来であれば、夢見心地のふわふわとした景色を見せてくれるであろう町は、今は見る影もなかった。
畑のロンド綿花は枯れ果てて、茶色一色に染まっている。
綿花畑の中には暗い表情で立っている人間の姿もちらほらと見えた。
肩を落とす彼らの近くには商人らしき装いの二人組の男女も立っており、何かを話しているような素振りをしていた。
もしかしたら今年の綿花や布を買い付けに来た者だろうか。
そんな事を考えながら、アナスタシアは苦い気持ちで外の風景を見ていた。
「……ローランドさん、これはうちの伯爵家の仕業ですか?」
「いいや、違う。全く関係がないとは言わないが……ロンドウィックに流れる水が、悪くなってしまったらしい」
「水ですか?」
「ああ。川の水に毒の成分が混ざっているらしい。それが土地に染みだして、綿花だけではなく多くの作物を枯らしてしまっているそうだ。……早いうちに手を打てば何とかなっただろうが」
レイヴン伯爵は何もしてこなかった。
言わずとも伝わった言葉にアナスタシアは「はい」と頷く。
「報告書や嘆願書は届いていたと聞く。……見ていたかどうかは分からないがな」
恐らく見ていなかっただろな、とアナスタシアは思った。
そもそも伯爵家の使用人からのSOSの手紙すら読んでいないのだ。
内容を知っていれば領主として動くであろう諸々に何の反応もなかっただけに、ロンドウィックの件も同様だろう。
「原因については、もう?」
アナスタシアがそう聞くと、ローランドは頷いてロンドウィックの山を指差した。
「あの山の中に、毒を振りまく魔獣が住み着いているらしい」
「毒の魔獣というと……バジリスクとかコカトリスとか」
「ふむ。確かに毒は毒だか、その危険種は石化毒の方が強いな。今回の場合は腐敗毒の系統だ」
ローランドの言葉に、アナスタシアは「なるほど」と頷いた。
「腐敗毒なら担当しているのは不死系の危険種が多かったですよね」
「担当……まぁ意味としては合っているが……」
ローランドが微妙そうな顔になったので、言葉の表現は難しいなぁとアナスタシアは思った。
ちなみに不死系とはゾンビやスケルトン等の、一度死に、危険種として蘇ったものを言う。
ただその大体は自然に生まれるものではなく、人為的なものなのだが。
「まぁ昼夜問わず動き回っているらしいので、不死系のセンは薄いと考えている」
「それは良かったです」
心底ほっとしてアナスタシアが笑うと、ローランドは少し考えたあと、
「……君はもしや、不死系が苦手では?」
なんて言うものだから、アナスタシアはギクーンと体を強張らせた。
「ままままさか! そんなわけありませんけれど!?」
「なるほど、よく分かった」
「分かっていませんよね、ローランドさん!?」
慌てるアナスタシアにローランドはくつくつと笑って「子供らしいところもあるのだな」などと言っていた。
アナスタシアはしばし唸っていたが、やがて気を取り直し、
「……と、とにかく! つまりこれから、その魔獣を倒しに行くわけですね。分かりました! 何か良さそうなものを作ります、おまかせあれ!」
と胸を叩いてそう言うと、ローランドは目を瞬く。
「まだ何も言っていないのだがな。君は本当に話が早いというか……すっぱりしている」
「馬と一緒に暮らしていましたので」
「そうだったな」
ローランドは苦笑すると、膝の上で手を組んだ。
「先日、君に見せて貰った道具の数々。役に立つのか立たないのかは判断に困るものもあったが、概ねあれは有用だ。あれらを考えたのが君ならば、魔獣に関しても――この毒に関しても、何か手を打てるのではないかと考えた」
「もったいないお言葉ですが……そこまで信用していただける仲でしたっけ」
「有用であれば信用に足るよ」
どうやらローランドは使えるものは何でも使うという考え方らしい。
言い方を変えれば、誰であっても実力があれば重用するということだ。もちろんそこに性格や品行は絡んでくるだろうが。
ローランドに『有用』と言って貰えた事が、アナスタシアはことのほか嬉しかった。
思えば暇つぶしや気を紛らわせるためにもやっていた発明だ。それが誰かの役に立てるのは、そこにいて良いと認められたみたいで、アナスタシアははにかんだ。
「とは言え、君に頼みたいのは毒の件になる。魔獣をどうにかしてからだ」
「なるほど。だからシズさんやライヤーさん達も一緒なんですね」
「あの二人は私の知る騎士達の中では抜きんでているからな」
そう褒めるローランドの声には二人に対する信頼が伺える。
柔らかい表情をするローランドを見て、アナスタシアは少しシズたちを羨ましく思った。
アナスタシアの世界はずっと狭かった。母親を早くに失くしたアナスタシアにとって関わりがあったのは、あまり家に帰ってこない父に、お世辞にも仲が良いとは言えない家族と優しいけれど身分のせいで距離のある使用人たち、そして馬だ。もちろん社交なんてものもしたことはなく、同年代の友達もいない。
馬小屋で過ごしていた時は思いもしなかったが、アナスタシアの世界の外から来たローランド達を見ていると、胸がちくちく痛む時がある。
(これは何だろうなぁ)
ふっと考えて、そう言えば、このちくちくは、母親が亡くなった時にも感じたなぁと思い出した。
そうしてアナスタシアはようやく自分の胸の痛みが『寂しい』から来ているのだと理解する。
ローランドの二人に対する信頼や、シズとライヤーの気楽なやりとり。そういうのが羨ましいなぁ、良いなぁと、アナスタシアは感じたのだ。
「アナスタシア? どうした、具合が悪いのか? それとも馬車に酔ったか?」
そんな事をぼんやりと考えていると、ローランドから声をかけられた。
ハッとして、アナスタシアは笑って首を横に振る。
「あ、いえいえ、そんな事は。こう、毒の対応ならば、どんなものが良いかなぁって」
アナスタシアがそう誤魔化すと、ローランドは僅かに首を傾げたが「そうか」と頷いた。
追及されなかった事に少しほっとしながら、アナスタシアは窓の外へ目を向ける。
眼前に広がるのは枯れてしまった綿花畑。
羨ましいとか、寂しいとか、そういう気持ちは後にして、とにかくここを何とかしよう。だって自分はこの領地をきちんと治めなければならなかった、レイヴン伯爵家の娘なのだ。
領主にはなれないし向いてもいなくても、領地を守る力にはなりたい。
(どんなものが良いだろう)
先ほどとは違い、ちゃんと意味を持ちながらアナスタシアは考える。
そんなアナスタシアにローランドは優しい眼差しを向けていた。
「アナスタシア」
「はい」
「期待している」
短くそう言われ、アナスタシアは驚いて振り返った。
ローランドが気を遣って言っただけの言葉なのかもしれない。
だがアナスタシアはその言葉がとても嬉しく感じられた。
「やれるだけやってみます」
「根拠のない完璧さを言わないあたりも、信用している」
ローランドが小さく笑うと、アナスタシアもつられて笑い返す。
そんな話をしている間に、馬車はガタゴトと、ロンドウィックに到着した。




