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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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閑話 それは熱で咲く花


 海都から戻ってきて数日経った頃。

 薄灰の空からはらり、と雪の粒が舞ってきた。冬の初めではあるが通年よりも早い。

 手のひらに触れたとたん、熱で溶けたその雪を見て、アナスタシアもまた空を見上げた。


 冬に入った領都クロックボーゲンは、寒さに負けず、今日も賑やかだ。

 暖かいコートに身を包んだ人々が、通りを元気に歩いている。その町並みをアナスタシアは時計塔から見上げていた。


 領都クロックボーゲンの象徴でもある時計塔。

 以前にローランドに連れて来てもらったここが、アナスタシアはお気に入りだった。

 ここなら遮るものなく、領都のどこまでも見渡せる。


「見てアナスタシアちゃん。あそこあそこ、ホロウがいるよ」


 隣で、護衛騎士のシズが、大通りの方を指さして明るく言う。

 見れば首無し馬コシュタ・バワーに乗った首無し騎士のホロウが、領都の人々に囲まれているのが見えた。


「あ、見えました! 相変わらず、大人気ですねぇ。いいなぁ……」


 一時期は『領都の首無し騎士』と呼ばれて怯えられていた彼だが、打ち解けてから直ぐに人気者になった。本当に、その社交的な部分が羨ましいとアナスタシアは思っている。

 アナスタシアが羨望の眼差しを向けていると、シズは笑って、


「ホロウ本人もだけど、おばちゃん達によれば、コシュタ・バワーの紳士っぷりがまた良いって話しだよ」

「え? でも、皆さんにはコシュタ・バワーさんの言葉は分からないのでは?」

「行動で伝わる心もあるんだって」

「深い……!」


 シズによると、首無し馬であるコシュタ・バワーは言葉こそ伝わらないものの、困っている人の手助けをよくしているらしい。

 その際の繊細な動きや気遣う素振りが、実に紳士的だと好評らしい。これは見習わなければならない。

 アナスタシアがぐっと拳を握ると、シズは少し首を傾げた。


「すごく気合が入ってるけど、どうしたの?」

「私もコシュタ・バワーさんのようになろうと決意しました。手始めに首を」

「取らないでね!? 駄目だよ!?」

「冗談です」


 焦るシズにアナスタシアは笑ってそう答える。

 さすがにアナスタシアだって人間だ。首を取ったら生きていられない。ホロウやコシュタ・バワーのあれ(、、)銅の星(コパ・ステラ)だからこそ出来たものだ。

 でも。


(ホロウさんとコシュタ・バワーさんは、首が無くても、顔が見えなくても、感情や心を伝えられているんですよね)


 それは二人が伝えようと努力したからであり、その行動が誠実だったからだ。

 なら自分はどうだろうかと、アナスタシアはふと思い出す。


――――何をされても涼しい顔。そういうところが気に入らない。


 アナスタシアは昔、そう言われたことがある。

 言ったのはレイヴン伯爵家の長男で、書類上では兄になる少年だった。

 ならどういう顔をすれば良かったのか、何が正解だったのか。アナスタシアは今も分からない。


「アナスタシアちゃん?」


 そう考えていたら、少し黙ってしまっていたようだ。

 気遣う様子のシズの声にハッとして、


「いえ、何でも。それでは、シズさん。そろそろ孤児院へ行きましょうか!」


 と、誤魔化すようにそう答えると、アナスタシアは階段を下り始めた。

 カチリ、と時計塔の針が動いた音が、普段より大きく聞こえた。





 領都の端にあるヴァルテール孤児院は、アナスタシアの来訪を快く受け入れてくれた。

 同い年くらいの子供達はアナスタシアとシズを見つけたとたんに、笑顔で駆け寄って来てくれる。

 特に「ナーシャお嬢さん」と、彼女達に愛称で呼ばれる事が、アナスタシアは嬉しかった。


 ヴァルテール孤児院に住んでいるのは、今は五人。院長のカサンドラ、双子のトールとマリン、少し引っ込み思案のクラレットに、勝気なジェーンだ。

 シズが孤児院で暮らしていた頃は、もう少し人数がいたらしい。彼女達は皆、シズの家族だ。


「やあ、お嬢さん。それにシズ、良く来たね」


 子供達の声で、アナスタシア達が到着した事が伝わったのだろう。建物の中から五十代くらいの美人が出てきた。彼女がカサンドラだ。

 カサンドラは丸眼鏡を軽く押し上げてニッと笑う。


「こんにちはカサンドラさん。急な訪問になってしまってすみません」

「いやいや、急なもんかい。二日前に連絡をくれただろう? シズなんて、当日の早朝に連絡をよこす事だってあるんだよ」

「待って待って、それ本当に急な時でしょ。いつもはちゃんと連絡してるんだよ、アナスタシアちゃん!」


 信じてと言わんばかりにこちらを見るシズに、アナスタシアは小さく笑う。

 恐らくは、彼の言う通りだろう。シズ・ヴァルテールは軽そうに見えて案外真面目な男だ。

 約束は守るし、訓練は怠らない。それに失敗やミスは人一倍気にするタイプである。


(そう言えば……)


 と、アナスタシアは数日前の事を思い出した。海都から戻ってきて少し経った日の事だ。


 その日、アナスタシアは屋敷で家庭教師の先生から勉強を教わっていた。魔法関係の内容だったので、思わずのめり込んでしまって、気が付けばお昼の時間はとっくに過ぎていた。

 使用人のロザリーが声が「そろそろお昼を……」と声をかけて時間に気付き、その時ばかりは普段落ち着いている家庭教師も「熱中しすぎてうっかりしていました」と慌てていたものだ。


 まぁそんなこんなで勉強を終わりにして、アナスタシアは昼食を取りに食堂へと向かった。

 部屋に用意されるのが普通だが、数日間食堂で食事をしていたら、そちらの方に慣れてしまったのだ。ちなみにローランドも同様で――あとここなら文字通り出来立てでより美味しいので――食堂で食べる事が多くなった。


 なのでその日も食堂である。

 その前にお手洗いに寄りたかったので、ロザリーに先に行って貰ってから食堂を目指して歩いている途中、アナスタシアは庭の近くの廊下を通った。

 すると外から声が聞こえてきたのだ。

 ホロウとシズの声だった。


「――――鍛えてくれ? 何故、吾輩にそんな事を?」

「もっと上手く動けるようになりたいから。……俺が護衛対象であるアナスタシアちゃんを、三度、危険に晒したから」


 自分の名前が出て、思わずアナスタは足を止める。

 え、と思って、思わずそちらを向くと、庭にやはり二人の姿があった。反射的にアナスタシアはしゃがんで窓の下に隠れる。


「それは魔法を前にすると動きが鈍る事か?」

「……やっぱり分かるか?」

「分かるというか、最初に吾輩が呪術を使った時に、少し違和感を感じてな。それから海都での話を聞いて確信した」


 海都と言うと、ウィリアム達に攫われた時の事だろうか。

 アナスタシアはあの時、シーホースが作った水の玉の中に囚われた。それ以外に魔法でなんて事は思い当たらなかったので、たぶんホロウはその時の事を言っているのだろう。


「シズは魔法が苦手か?」

「昔、あった事でね。……だから苦手意識はある。でも魔法が苦手だとか何があったとか、そんなもん護衛になった時点で何の理由にもならない」

「ならば誰かと代わるが良い。苦手なことを克服するよりも、得意な事を伸ばすと良い。その方が、ずっと其方のためにも、アナスタシア殿のためにもなる」

「分かってる。分かっているんだ、それは。だけど俺がやりたい。あの子を、支えてやりたい。あの子が与えてくれた優しさに、俺はまだ何も返せていない」


 そう話すシズの目は真っ直ぐに、ホロウの顔があるであろう場所を見上げている。

 ホロウは腕を組んだ。それから考えるように少し時間をかけて、


「エゴか」


 と問うた。その言葉にシズも「エゴだ」と答える。


「自分勝手な理由だってのは分かってる。それでも、俺がやりたいんだ」


「……よかろう。だが頼んだからには、逃げ出したりするな。投げ出したりするな。放り出したりするな。それだけは誓え」

「ああ。瑪瑙の星(アゲート・ステラ)に誓う」


 そう言ってシズは手で胸を叩く。

 瑪瑙の星(アゲート・ステラ)とは、騎士の(かみ)とも戦いの(かみ)とも呼ばれる、右手に槍、左手に盾を持ち馬に乗って空を駆ける男神の事だ。

 シズの答えにホロウは満足げに「相分かった」と答え、その大きな手でシズの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


 何だか、自分が見てはいけないものを見てしまった気がする。

 なのでアナスタシアは気付かれないように、そのままの状態で四つん這いになって、静かにその場を去った。


 あの日、自分がその場に居合わせてしまった事は、シズやホロウには話していない。もちろん他の誰にもだ。

 シズがそんな風に思ってくれていたなんて、アナスタシアは知らなかった。気付かなかった。

 優しさに返せていないなんてシズは言ったけれど、それは逆だとアナスタシアは思っている。


(返せていないのは私の方だ。シズさんにも、ローランドさん達にも)


「ナーシャお嬢さん? どうしたの? どこか具合が悪いの?」


 思わず考え込んでしまっていたら、クラレットが心配そうに顔を覗き込んでいた。

 ハッとしてアナスタシアは我に返る。


「あ、いえいえ。元気ですよ、とっても! ちょっと色々……こう、人生について考えておりました」

「人生」

「山があったり谷があったり川があったりです」

「魚が取れたり、山菜が取れたりするね」

「はい。実り豊かになりたいものです」


 アナスタシアの言葉に、クラレットはほわっとはにかむ。


「そう言えば、ナーシャお嬢さん。今日何か御用があるって聞いたよ?」

「そうでした!」


 クラレットの言葉に、アナスタシアはヴァルテール孤児院へ来た目的を思い出した。

 アナスタシアはシズを見上げると「お願いします!」と合図をする。シズは「任せといて!」とウィンクすると、持っていた鞄を開いた。


「何なに?」


 子供達がこぞって覗き込み、その上からカサンドラも見下ろして首をかしげる。

 鞄の中。そこから出てきたのはガラスのような素材で出来た金色の花――――アナスタシアが『ヴェルメ』と名付けた魔法道具だ。





 ヴェルメと言うのは春の季節に咲く黄色の花だ。

 鈴のような形をしており、太陽の光を浴びて熱を蓄積し、それが一定に達したところで咲く性質を持った花である。

 その花をモチーフに、アナスタシアが作った魔法道具がこの『ヴェルメ』である。


 孤児院の中へ入り、そう説明をしたら子供達からワッと歓声が上がった。

 つけてみて、とせがむ子供達に望まれるままに、使い方を説明する。

 と言っても準備するものは少ない。花瓶等の入れ物に水を入れ、そこにヴェルメを入れて作動させるだけだ。


 ソワソワした様子のジェーンが「これ! これ使ってない奴!」と、棚の中から花瓶を引っ張り出してきてくれた。

 そこの水を入れ、ヴェルメをいれる。それから花弁の裏にある丸いボタンを押すと、ガラスの花は発光し、ふわりと熱を放ち始めた。


「うわあ! あったかい! それに綺麗ね!」


 マリンが手を叩いて喜ぶ。それに続いて他の子供達もキャッキャッと楽しそうな声を上げだした。

 その反応を見てアナスタシアは良かった、と胸を撫で下ろす。喜んでもらえるかどうか少し心配だったのだ。

 自分が作っものが、誰かの役に立つ。誰かに喜んでもらえる。それはアナスタシアにとって、とても幸せな事だった。

 つられてにこにこ笑っていると、カサンドラだけは少しだけ心配そうな顔で、


「アナスタシアお嬢さん、本当に良いのかい? こんなに高そうなもの頂いてしまって……」


 と聞いてきた。高そうなものと聞いてアナスタシアは首をかしげる。少しして「あ、そうか」と理解した。

 魔法道具というものはピンからキリまであるが、基本的にはそれなりの価格になる。


 けれどこの『ヴェルメ』に関しては、素材はアナスタシアの魔力で出来た螢晶石だ。つまりアナスタシアにとっては材料費は実質タダのようなものである。

 しかしカサンドラ達はそれを知らないし、素材の作り方は馬から「内緒で」と言われているものである。なので知らない人から見ればこれは『高いもの』になるわけだ。

 アナスタシアは慌てて、


「価格に関しては計算できないものですのでご安心を。それにこれは私からのお礼の意味もありますし」


 と説明する。嘘は言っていない。

 そもそもこれは、アナスタシアがやりたくてやった事なのだ。

 アナスタシアがそう言うと、カサンドラは「ありがとうございます」と笑ってくれた。ひと安心である。


「……本音を言うと。冬に暖を取れる手段が出来るのは、本当にありがたいよ」

「うんうん。薪を買うのも高いもんねぇ」

「街の外へ取りに行っても良いんだけど、冬場は獣が餌を探して狂暴になるから駄目だって、院長先生に言われてるし」


 カサンドラの言葉に、トールとマリンがそう言って、他の二人も頷いた。

 何だか街の外へ良く行っているような口調である。同じ事をシズも思ったようで、ぎょっとした顔になった。


「いやいや、お前達だけで行こうとするなら、俺も止めるからね? そう言う時は兄ちゃんに連絡しなさい。休みの日について行くから」

「えっいいの? ほんと? やったー! ありがとう、シズ兄ちゃん!」

「兄ちゃんと一緒にお出かけだー!」

「こらこらあんた達、後にしないか。お嬢さん、本当にありがとう。大事に使わせてもらいますね」


 シズの言葉に子供たちは両手を挙げて喜んだ。何とも仲の良い家族である。

 見ていると、微笑ましくて、少し羨ましい。

 あたたかくて優しいヴァルテール孤児院の家族。彼らのやりとりがアナスタシアはとても好きだった。

 もちろん見ていると少しだけ、胸の中に寂しさが生まれるのだけれど。


「はい! 不具合があったらご連絡いただければ見に来ますね」


 そんな気持ちにフタをして、アナスタシアはにこりと笑う。

 とにもかくにも喜んで貰えた。受け取って貰えた。アナスタシアにはそれだけで十分だった。


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