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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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閑話 ある意味で海賊の発想


 海都の祝祭から一夜明け。

 綺麗な秋晴れが広がる空の下では、たくさんの人と屋台、そして軽快な音楽で満ちていた。


 海都では、昨日に引き続いて祝祭が行われている。

 本来であれば祝祭は一日だけの行事だった。

 しかし当日がスタンピードでごたごたしてしまったため、翌日も行う事になったそうだと、アナスタシアは昨晩、ヘルマンから聞いた。 

 曰く、


「ジャックさんを通じて、皆さんには大体の計画は話していましたので。それならばいっそ、次の日も祝祭をやろうじゃないかという話になったのですよ」


 との事らしい。なるほど、さすが商人だ、逞しい。

 そんな事を思いながらも、アナスタシアが行きたそうにソワソワしていたところ、ローランドから「良いのではないか?」との許可が下りた。

 食いつく勢いでアナスタシアが「本当ですか!」と言うと、若干、引いていたが。


 さて、そうしてめでたく許可を貰ったアナスタシアは、シズと共に海都の商業通りを歩いていた。 

 海都の中では、祝祭の屋台もここが一番、賑やかになるらしい。 

 あちこちで星の形をしたランプや、色紙とガラスで作られた飾りがキラキラと風に揺れている。


 あのランプや飾りは(かみさま)をイメージしたものだ。

 色とりどりのそれらは美しく、アナスタシアは綺麗だなぁときょろきょろしているのを、シズが微笑ましそうに見ていた。


「あれ?」


 そうしていると、ふとどこからか、美味しそうな匂いが漂ってきた。

 何かが焼けるような甘く香ばしい匂いだ。

 元を探して視線を彷徨わせると、その先に屋台を見つける。そこでは網の上でイカが焼かれていた。 

 それを見てアナスタシアが目を輝かせる。


「シズさん、あれがウワサのイカ焼きでは!」

「うんイカ焼きだねー。って、ウワサなの?」

「馬達が言っていました!」


 こくりと頷くアナスタシア。

 相変わらず馬達の会話は不思議だなぁとシズは思った。

 しかしシズも慣れたもので、そういうものだろうとするっと納得して、屋台を指さす。


「よーし! アナスタシアちゃん、食べてみる?」

「はい! 食べたいです!」


 アナスタシアが元気に頷くと、シズが「オーケー」と笑って屋台の店主に声をかけた。

 店主のふくよかな女性は二人を見て「いらっしゃい!」と明るく言う。


「お姉さん、イカ焼き一つくださいな! あ、串じゃなくて、切ってあるの、ある?」

「ああ、あるよ~。って、おや、お嬢様に騎士様じゃないかい。二人で祝祭の見学かい?」

「はい、見学です! 賑やかで楽しいですね!」

「あっはっは! そいつは嬉しいねぇ、楽しんでおくれよ!」


 店主はにこにこ笑うと、木の皿に切り分けられたイカ焼きを乗せ、フォークを二つつけて渡してくれた。

 シズはそれを受け取って代金を払う。


「食べ終わったら、その辺りにある箱に入れておいてね」


 そう言って店主が指さした方向には、大きめの箱が置かれている。

 どうやらあそこで、屋台で使った食器などを回収しているらしい。

 箱の近くにはエプロンをつけたアルバイトらしき姿もあり、食器でいっぱいになった箱と空の箱を交換している所だった。


 なかなか大変な仕事である。

 そう思ってふと足元を見れば、商業通りはこれだけ屋台が出店しているにも関わらず、ゴミ一つ落ちていない。

 店側のこういう努力と、それを守る人間で保たれているのだろう。

 すごいなぁとアナスタシアが感心していると、


「ウィリアム、婚姻届よ!」


 なんて、どこからか聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 あれはトリクシーの声だ。

 あれ、とシズと顔を見合わせてそちらを見ると、そこにはトリクシーとウィリアム、それからジャックが立っていた。


「あれま。何か変わった組み合わせだねぇ」

「ですねぇ。シズさん、今、婚姻届って聞こえませんでした?」

「聞こえた聞こえた。ウィリアムが結婚でもするのかね?」


 そんな事を話しながら、アナスタシアとシズは三人に近づく。

 二人に一番最初に気づいたのはジャックだった。

 糸目の商人はにこりと笑うと、


「アナスタシア様、シズさん、こんにちは。おや、美味しそうなイカ焼きですねぇ」

「こんにちは、ジャックさん。トリクシーさんにウィリアムさんも。三人とも、何をなさっているのですか?」

「こんにちはー。何か婚姻届って聞こえてきたけど」


 アナスタシアとシズが不思議そうな顔で聞く。

 するとトリクシーが、


「アナスタシア、シズさん、こんにちは! これよ!」


 と、元気に答え、一枚の用紙を掲げた。

 見るとそこには『婚姻届』と記載されている。


「確かに婚姻届ですね?」


 しかし、これが一体何なのだろうか。

 アナスタシアとシズが揃って首を傾げると、


「だろ? そういう反応になるよなぁ」


 と、ウィリアムが頷いた。

 それからトリクシーに向かって怪訝そうに目を細める。


「で、お嬢さん達の言う通り、それがどうしたってんだ、トリクシー」

「ええ、聞いてちょうだい! 名前はすでに記入してあるわ!」

「あ、本当ですね。ええとご結婚されるのは、ウィリアムさんと……トリクシーさん?」

「はい!?」


 ウィリアムはぎょっと目を剥くと、トリクシーからひったくるように婚姻届を奪う。

 そして上から下まで、隅から隅までしっかりと目を通すと、ぶるぶると震えだす。

 決して恐怖によるものではない。

 す、と紙をずらして現れた顔は笑顔だが、こめかみに青筋が浮かんでいた。


「……これはどういう事かな、トリクシーサン?」

「見ての通り、あたしとウィルの婚姻届よ!」


 胸を張るトリクシーにウィリアムが目を吊り上げた。


「確かに見ての通りだが、俺が知りたいのは理由の方!」

「好きだからよ!」

「ありがとよ、簡潔すぎるわ! 何で俺とお前!? しかも何で今日なんだよ!」

「存在しなかったはずの二日目の祝祭でなんて、特別感があって良い感じでしょ?」

「そうか、そいつは良かったな!」


 ウィリアムは怒鳴ると、婚姻届をぐしゃぐしゃと丸め、近くのごみ箱に力いっぱい投げ込んだ。

 綺麗な放物線を描き飛んでいく婚姻届に、トリクシーは「あー! 何するの!」と頬を膨らませる。

 だがしかし、こんな事で彼女はめげなかった。


「でも安心して! まだまだあるわ!」

「うぉい! 待てこら、何で複数枚所持してんだよ!? そもそも誰がこいつにこんなもん渡した! 役所か!」

「あ、私です」


 ウィリアムがそう吼えると、何食わぬ顔でジャックが手を挙げた。

 ギギギ、と錆びたドアを開けるような様子でウィリアムが顔を向ける。

 ウィリアムと目が合って、ジャックは実に良い笑顔を浮かべた。


「何してんの!? 俺の意思は!? だから悪名高いなんて言われるんだぞ!」

「そんな事言ったらだめよ! ジャック会長にはとってもお世話になったの! ありがとう!」

「フフ。いえいえ、お役に立てて何よりです」

「それじゃ、ひとっ走り役所まで行ってくるわね!」


 嵐のようなやり取りを交わした後、トリクシーは走り出した。

 それを見て青ざめたのはウィリアムだ。


「待て待て待て待て!」

「待たないわ! ウィルの返答を待っていたら、一年も二年も先だもの!」

「二年でも早ぇわ! どういう事だ、おい! てめぇジャック! 何で加担してんだお前!」

「ハハハハ。いえ、トリクシーさんにどうしてもとお願いされたもので。いかに悪名高い(、、、、)私とは言えど、可愛いレディのお願いは叶えて差し上げたいのですよ」


 唾が飛ぶ勢いで言うウィリアムに、ジャックは涼しい顔でそう答える。

 悪名高い、を強調した辺り、それなりに根に持っているようだ。


 あらまぁとアナスタシアとシズは苦笑した。

 その声が聞こえてかウィリアムがこちらを向く。


「そこの美味そうなイカ焼き持ってるおとぼけコンビ! 笑ってないでトリクシー止めるの手伝ってくれ!」

「しかし私としてもお友達の。お友達(、、、)のトリクシーさんの願いは応援したく」

「お嬢様もお嬢様で強調してんじゃねぇ! どんだけ友達がいないんだ!」

「分かりました。トリクシーさんの味方をします」

「あっウソです、ごめんなさいお嬢様!」


 スッと静かな笑顔になったアナスタシアに、ウィリアムは手を合わせて謝る。

 そんなウィリアムに、さすがに少し同情したのか、シズは助け舟を出す。


「まー、さすがに年齢的に受理はされないでしょー。ほら、あの子もウィリアムと一緒に遊びたいだけだって」

「でも婚姻届の年齢の所に、二十歳って書いてありましたよ」

「えっホント? あの子二十歳だったの?」

「そんな訳あるかーッ! お嬢様と同じ十歳! 年齢詐称も甚だしいわッ!」


 ウィリアムが全力でツッコミを入れる。

 先ほどから怒鳴りすぎたせいか、ぜいぜいと肩で息をし始めた。


「ところでウィリアムさん。トリクシーさんがもう見えなくなっていますけれど、早く追いかけた方が良いのでは?」

「手伝って!」

「女の子を大人が追いかけまわすのは世間体的にちょっと。あとイカ焼き持ってるし」

「くっそ、味方がいねぇ! 待てこらトリクシー!!」


 ウィリアムはそう嘆くと、協力を取り付けるのを諦めて走り出した。

 その後姿を見ながらシズは、


「さてどうする、アナスタシアちゃん?」

「そうですね、恐らく受理はされないと思いますよ。ヘルマン町長が仕事を斡旋しているならば、トリクシーさんの事も役所の皆さんはご存じでしょうし。万が一通っても、きちんと事情を説明すれば撤回できるかと」

「ええ、そこは、大丈夫だと思いますよ。ただし、ウィリアムさんでは役所に到着するまでには追いつけないでしょうけれど。トリクシーさん、かなり身軽で足が速いですから」


 二人の話を聞いていたジャックが、くすくす笑ってそう補足した。

 どうやらジャックも分かっていて手伝ったらしい。理由こそ分からないが、ただ面白がってやったというわけではないようだ。

 そんな事をアナスタシアが考えていると、ふとジャックは思いついたようにシズに顔を向けた。


「あ、そうそう。もしシズさんが海都で式を挙げる事があれば、その時はぜひ、我々カスケード商会にご相談下さい。格安でお手伝い致しますよ」

「わーい、ちょっと怖いお誘い来ちゃったー……。ってか、俺、相手いないし」


 シズがそう答えるとジャックは「おや」と意外そうに目を丸くする。


「失礼ですが、お歳は?」

「二十二です」

「なるほど、なるほど」


 シズの答えを聞いたジャックは、手帳を取り出すと、そこへサラサラと何かを書き込む。


「待って。何でメモしたの」

「いえ、良い方がいたらご紹介しようかと」

「それはありがたいような、怖いような……」


 ジャックの申し出にシズは何とも微妙な顔になる。

 善意であったとしても、何か裏があるのではと勘繰りたくなる気持ちも、分からないでもない。

 それからジャックは今度はアナスタシアの方を向いた。


「アナスタシア様には、婚約者候補の方はいらっしゃらないのですか?」

「いませんねぇ。不良物件だと思いますゆえ」

「待ってアナスタシアちゃん、そんな事ないからね!?」

「ええ、そんな事はありませんよ」


 アナスタシアが答えると、ジャックは再び手帳にペンを走らせる。


「何故メモをされましたか」

「いえ、良い方がいたら、ローランド様にお伝えしようかと」

「商人の目をなさっている……」


 アナスタシアが軽く仰け反ってみせると、ジャックはくすくす笑う。


「まぁ私としても、不利益かつ全く合わない相手を紹介する気は毛頭にございませんので。では次にお好きなタイプをお伺いしても?」

「何かアンケートに答えている気分になるんだけども」

「ええ、うちに利益が発生する可能性のあるアンケートです」

「ブレないね……」


 シズはちらりとアナスタシアを見た。

 こういうブレない部分は少し似ていると思ったのだろう。

 アナスタシアは「ブレないのは大事ですね!」としっかり頷いた。


「それではまずシズさん、お好みのタイプは?」

「気が合って、一緒にいると落ち着く子かなぁ」

「ほうほう。アナスタシア様は?」

「身体が丈夫で、家族を大事にする人ですねぇ」


 二人がそう答えると、ジャックは見るからにがっかりした顔になる。

 そして、


「意外性がない」


 なんて言い放った。


「普段どういう目で見てるのかなっ!?」

「ハハハハ。いえ、ありがとうございます。参考にさせていただきますね」


 シズが目を剥くと、ジャックはパッと表情を戻す。

 それから誤魔化すように、わざとらしく笑うと二人に礼を言った。


 そんな話をしていると、遠くから自分達を呼ぶ声が聞こえる。

 そちらを見ればトリクシーが、向かった方角から戻ってくるところだった。


「えっもう? 速すぎない?」 

「ええ。ですので足が速いんですよ、彼女」


 確かにそうは言っていたが、それにしても速すぎるのではなかろうか。

 そんな事を思う二人を他所に、トリクシーは二人の目の前までやって来ると、婚姻届を掲げた。


「アナスタシア! シズさん! 見て! 見て! サインを貰ったわ!!」

「えっ受理されちゃったの!?」


 驚いて用紙を見ると、そこには赤いペンででかでかと『不受理』の文字と、小さめの文字で「十年後にお待ちしております」と書かれている。

 どうやら受理はされなかったようで、その事に二人は少しほっとする。


「不受理でしたかー」

「ええ、不受理だったわ! また来年もチャレンジするの!」

「こりないねぇ」

「ええ! ウィルに良い人が出来るまで挑戦よ!」


 トリクシーの言葉にアナスタシアとシズは目を丸くした。

 二人の不思議そうな顔にトリクシーは少し照れた様子で、


「ほら、ウィルったらせっかく見た目は良いのに、仲間の面倒を見る方を優先しちゃって、なかなか恋人と長続きしないんだもの。だからこうして、あたしが圧をかけてるの! そうしたらちょっとは焦るでしょ?」


 もどかしい、と言わんばかりのトリクシーの言葉に、アナスタシアは思わずジャックを見た。すると糸目の商人はにこりと微笑む。どうやらジャックも、この辺りも分かった上で協力したようだ。

 再びトリクシーの方へ目を戻して、アナスタシアが尋ねる。


「トリクシーさんがお相手にはならないのですか?」

「そうね。十年経ってオッケーだったら、それはそれで嬉しいわ! でも、それは本当に、ウィルに相手が誰もいなかったらのお話よ!」


 トリクシーは婚姻届を見て、ほわりと微笑む。


「あたし、ウィルにお世話になったの。すごくすごく、お世話になったの。だからね、ウィルには誰よりも幸せになって貰いたいのよ」

「ウィリアムのこと、大好きなんだね」

「ええ、大好きよ! あたしだけじゃなくて、船の皆もね!」


 そう言ってトリクシーは「うふふ」と笑った。

 そんな話をしていると、遠くから今度はウィリアムの怒声が響いてくる。


「おいこらトリクシーッ! てめぇ、今日という今日は説教だ!」

「あらいけない! それじゃあ、アナスタシア、あとでね! ご飯食べようね!」

「はい、お食事しましょう!」


 約束を交わすとトリクシーは港の方を目掛けて走って行く。少し遅れてウィリアムが追いかけて行った。

 そんな賑やかな二人を見ながら、シズは小さく笑う。


「うーん。ある意味で海賊の発想?」

「あ、お前の結婚はいただいた。返して欲しければ恋人を連れてこい、みたいな感じですかね?」

「あはは、それっぽいねぇ」

「ハハハ。ま、あの子達、元海賊ですからねぇ」


 小さくなっていく二人の背中を見守りながら、アナスタシア達は微笑ましそうに目を細めた。 

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