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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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第二十話 星に願いを


「シーサーペントだ! 総員、気を引き締めろ!」


 ウィリアムの号令が飛ぶ。

 緊迫した空気の中、アナスタシアはシーサーペントを見上げた。

 深い青の鱗を身にまとった巨大な海蛇は、目を爛々とさせ船に向かって牙をむき出しにする。


「あれがシーサーペント。初めて見ました」

「時化の船出にシーサーペント! まさにだねぇ」


 そう言いながら、シズは抱えたアナスタシアとガースを庇うように少し下がる。


「あのレベルの奴が、スタンピードだとわんさか出てくるんだ」

「なるほど。ちなみに生態などは?」

「基本的にエラ呼吸だから、ああして頭を出しても、定期的に海中に戻らなきゃならない。毒はないから、噛みつきや体当たり、巻き付き辺りが主な攻撃手段かな」

「なるほど。ヘビと言っても毒はないんですね」

「そうそう。それだけがラッキーだね」


 シズが安心させるように笑って見せると、アナスタシアもつられて笑う。

 そこへ指示を飛ばしつづけるウィリアムの補足が入る。


「ついでに深海育ちだから、熱には弱ぇぞ! 大砲撃ちまくれ!」

「なるほど! ガースさん、頑張って撃って下さい!」

「この揺れで無茶を言いますね!? 大体、命中率さらに悪くなりますよ!」

「シズさんがちゃんと守ってやるから頑張れ!」


 そう言ってシズはいったん剣をしまうと、アナスタシアを抱えたまま、ぎょっとするガースの服の背を掴む。

 さすがにこの揺れでは、二人が海へ落ちると判断したらしい。

 安定しない、と文句を言いながらも、ガースはクロスボウを撃ち続ける。そんなガースにアナスタシアは、火精石の矢を作っては渡し続ける。

 それを見てトリクシーは「何だか工房みたいね!」と評した。

 ひいひい息をしながら戦うガースは「こんなキツイ納期の工房はごめんですよ!」なんて言っていたが。


 船の大砲が、銛が、爆発する矢が。

 鱗の守りを貫いて、シーサーペントの体力を確実に削っていく。

 血を流し、ぐらりと揺れる体。しかしそれでもまだ、シーサーペントは倒れない。

 力を振り絞るように、シーサーペントは大きく仰け反った。反動をつけ、その巨躯を船にぶつけるつもりだ。


「玉は撃ち尽くしても良い! 手が空いてる奴は、何でも投げろ!」

「任せて! 得意だわ!」


 なんて言いながら、トリクシーは中身の入った酒瓶を、シーサーペントの顔めがけて投げる。

 細いながらも、さすがロープを伝ってマストに登ると言われるだけあって、なかなか腕力があるようだ。

 ガシャン、と割れた瓶からこぼれた酒が、シーサーペントの口に流れ込んだ。

 ウィリアムが「俺の秘蔵の!」なんて言った言葉は皆から黙殺された。何でも投げろと言ったのはウィリアムである。

 しかし、これは好機だ。

 東の方の領地では、無数の頭を持つ蛇や竜の危険種を、酔わせて退治したという逸話があるらしい。

 あの程度で酔うか分からないが、シーサーペントは突然口に流し込まれた液体に、苦しみ始めた。


「アレ、もしかしてリシュリー酒造の?」

「ええ。しかも結構、度数高い奴ですよ……って、うわ!」


 ちらりと見えたラベルにシズがそう言うと、ガースが頷く。

 しかし全部を言い切る前に、船が大きく揺れ出した。

 シーサーペントが暴れているのだ。酒に喉を焼かれたのか、苦し気な悲鳴を上げて体を捩っている。

 船の破壊は猶予が出来たが、逆に沈没の可能性が出てきた。

 アナスタシアはシズに抱えられたまま、良いアイデアがないか頭を捻る。


「浮力になるもの、浮力になるもの……浮いているのは星とか月……」

「確かに星は浮かんでいますけれども!」


 星なんて作れるわけないだろう、とガースが思いながら顔を上げる。


「――――あ」


 その時、ガースの目が一点で止まった。

 シーサーペントの背後。

 赤黒い雲で覆われた空の、僅かな切れ目。

 そこに白く輝く星が見えた。 

 それは、船乗りの(めがみ)と慕われる、真珠の星(パール・ステラ)だった。

 

(かみさま)にお願いすれば、いつかきっと叶うよ』


 かつてこの海都の孤児院で、ガースの恩人のイレーナはそう言って、夜空に向かって手を合わせていた。

 願い事は「叶うまで内緒」と教えては貰えなかったが、ガースも真似をして、手を合わせた覚えがある。

 あの頃、イレーナに促されて願ったものは何だっただろうか。


「…………(かみさま)


 ほぼ無意識に口が動き、掠れた声が漏れた。

 ガースは誰かに助けを求めたことなど、イレーナが亡くなってから一度もなかった。

 だって家族を自分が助けなければならなかったからだ。

 苦しかった。辛かった。けれど一度だって弱音を吐いたりしなかった。そんなものを一度でも言葉にすれば付け込まれるからだ。

 そんな自分にウィリアムも、ジャックもカレンも、手を差し伸べてくれた。

 何とか利益を出そうと、恩を返そうと焦って――気が付いたら全部に雁字搦めになって、馬鹿をやっていた。

 けれど。


『底があるだけマシでしょう』


 アナスタシアはそう言って、ガースにチャンスを提示してくれた。

 諦めるな(、、、、)と言ったのだ。

 ガースにとってアナスタシアはクソガキだという認識は変わらない。

 流れる血の半分は貴族で、変り者で、お花畑でクソガキで――イレーナのようにお人好し。

 だから。

 だから自分はこのクソガキを、(、、、、、、、)ここで死なせてはなら(、、、、、、、、、、)ない(、、)のだ。


「シズさん、しっかり押さえてて下さい!」


 ガースは怒鳴るようにそう言うと、シーサーペントに狙いをつける。

 矢はアナスタシアから受け取ったそれだ。

 矢の先の揺れ幅が減る。シズが歯を食いしばって、必死に堪えてくれている。

 アナスタシアもシズに協力するようにガースの服を掴む。

 ガースは瞬きする事も忘れ、食い入るようにシーサーペントを睨み、そして――――クロスボウを撃つ!


 放たれた矢は真っすぐにシーサーペントに飛び、その目に刺さる。

 そのとたんに爆発した。

 これにはシーサーペントもたまらないようで、断末魔のような叫び声を上げた後。その巨躯をゆらりと揺らし、海に向かって倒れ込んだ。

 倒れた衝撃で、海面が大きく揺れる。

 しかし船も乗組員達も何とか耐えきり、海水でずぶ濡れになりながらも、誰一人として落ちた者はいなかった。


 そこへ、流れ星のような光が、海都の方角から放たれた。

 祝祭の火だ。

 空にキラキラと光の軌跡を描きながら飛ぶ祝祭の火は、ちょうど船の真上近くで花開く。

 色とりどりの光の雨が、空一面に咲き誇ると、赤黒い雲が徐々に散り始めた。

 ああ、これが祝祭の火――花火なのか。その鮮やかさと迫力に、アナスタシアは目を奪われる。


「……やった」


 そんな中で、誰かがぽつりと呟いた。

 それからやや遅れて、あちこちで歓声が上がり始める。

 両手を振り上げ喜ぶもの、隣のものと肩を組んで笑いあう者。

 アナスタシアを降ろし、ガースから手を離したシズが、二人に向かって両の手のひらを向けてくる。

 ニッと笑うシズの意図を察知したアナスタシアは、同じように向けた手のひらで、ぱんっと軽快に打ち当てる。

 次いで向けられたガースは、照れくさそうな顔を必死で隠しながら、同じように鳴らして、そして。


「お疲れ様です!」

「お疲れ様ー!」

「……お疲れ様です」


 なんて言いながら、アナスタシアとも同じように、手を打ち当てて。

 肩の力が抜けたように、ふっと笑ったのだった。

本日十九時に、もう一話投稿予定です。

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