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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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第十六話 法の上ではそういう事で


 翌日の十四時前、アナスタシア達は、待ち合わせ場所であるカジノにいた。

 レイヴン伯爵領内で唯一、海に面した街である海都レインリヒトにあるカジノ海の宝石(ブルー・ジュエル)だ。

 白と青、そして黒の三色で彩られた、まるで海の中にいるようなデザインと装飾が施されたそのカジノは、まさしく海の宝石と呼ぶに相応しい店だった。

 今でこそ人払いされて客はいないが、普段は大勢の人間で賑わっているらしい。


 そんな建物の中にいるのはアナスタシア、ロザリー、ガース、そしてウィリアムと彼の仲間達だ。

 音楽もなく静かなカジノ内で、短く雑談を交わしながら待っていると、ほどなくしてローランド達が到着した。

 時計を見ればちょうど針が十四時を指したばかり。時間ぴったりである。

 さすがだなぁとアナスタシアが思っていると、ローランド達は険しい顔をしてカジノの中へと入ってきた。

 そしてアナスタシア達の無事な様子を見て、ほっと表情を緩める。


「アナスタシア、大丈夫か?」

「はい、問題ありません。大変快適でございました」


 にこりと笑ってアナスタシアが答えると、ローランドが小さく笑う。


「まったく君は、馬小屋みたいな事を言う」

「安心しな、馬小屋みたいな生活させてねぇよ」


 カラカラ笑って言うウィリアム。冗談の類だと思ったのだろう。

 しかしその言葉にローランドとシズ、ライヤーの目が吊り上がる。


「何だと!」

「ふざけんな!」

「何て非道な!」

「ええ……何で俺怒られてんの……?」


 なかなかの剣幕である。ウィリアムは面食らったように仰け反った。

 彼からすれば至極当たり前の事を言ったに過ぎないが、如何せんローランド達はアナスタシアの『普通』に慣れ過ぎている。

 あらまぁとロザリーは思ったが、ローランド達が怖かったので何も言わなかった。


「ま、まぁとりあえず、アレを持ってきたかい?」

「ああ」


 気を取り直してウィリアムが言うと、ローランドは懐から星の意匠で青い石がついた鍵を取り出した。

 役場でヘルマンから見せて貰った祝祭の火の鍵だ。

 それを見て「よし」とウィリアムは頷く。ローランドはウィリアムを睨んだまま、


「この鍵を使って何をするつもりだ?」

「祝祭の火の鍵なんだ。もちろん、祝祭の火を灯すために決まってるだろう?」

「何だと?」


 そして返ってきた答えに、怪訝そうに片方の眉を上げた。

 今が良いタイミングだろうか。

 そう判断して、アナスタシアは「実は」とウィリアム達の事情を説明し始める。

 最初は驚いていたローランド達だったが、話の内容は納得できるものだったようで。

 眉間にシワを寄せたまま、ローランドはこめかみを押さえる。


「……なるほど、道理でシーホースが味方をするわけだ。しかし、手段が悪い」

「自覚してるよ。だけどこうでもしねーと、落ち着いて話もできねぇからな。面倒な連中に邪魔をされたくなかったんでね」


 そう言ってウィリアムは笑う。


「今、あいつの所にはベネディクトの使者が来てるんだろう?」

「ああ、そうだ」

「フランツ兄様ですね」

「そいつがベネディクトに伝える前にケリをつけたい」


 ウィリアムは真剣な眼差しでそう言うと、そのまま目をローランドの持つ鍵へ向ける。


「……海のスタンピードは限界だ。祝祭の火を打ち上げなけりゃ、本当にスタンピードは起こる(、、、)。そうなりゃ、今の海都の戦力だけじゃ対処しきれねぇ。大っぴらに動けなかったから、騎士団も呼べなかった。今から依頼して、騎士団が来るまで時間を稼げたとしても、時間を引き延ばした分だけベネディクトの邪魔が入る。それだけは避けたい」


 ウィリアムがぐっと右手の拳を握る。

 アナスタシアは「というわけで」と彼の言葉を引き継いで、


「祝祭の火を上げたいんです、ローランドさん」


 と言った。そんなアナスタシアに対してローランドは、


「アナスタシア。君はそれを信じたのか?」

「ええ。シーホースが味方ですからね」


 ローランドの問いかけに自信満々に答えた。

 アナスタシアにとって馬は何よりの理由である。

 その言葉を聞いて、観念したようにローランドは笑った。


「フ、君のそういうスッパリした所は信頼している。私もスタンピードは避けたい。今から祝祭の砲台を確保しよう」

「はい!」

「――――ってわけにはいかないんですよねぇ!」


 その時突然、第三者の声が響いた。

 同時に、

 ヒュンッ、

 とワイヤーのような物が投げられる。それは真っ直ぐにローランドの手に向かい、祝祭の火の鍵を奪った。

 空中を飛ぶ鍵が向かった先へ、一同がバッと顔を向けると、そこにはフランツとアレンジーナの姿があった。

 フランツはアナスタシア達を一瞥すると、


「ハッハッハ! ヘルマン町長からどうも妙だと聞いて見張っていたら、そういう話か。さすが略奪者のローランド! 海賊の嘘を真に受けるとは、とんだ間抜けだな!」


 などと勝ち誇ったかのように高笑いをした。

 天はこちらに味方した、とでも言いそうな様子である。

 ニヤニヤ笑うフランツに、アナスタシアはひとまず、


「フランツ兄様、鍵をご返却頂きたい」


 なんて言ってみたが「断る!」と一刀両断された。

 そしてフランツは目を吊り上げて、


「お祖父様から、お前達がおかしな真似をしないか見張れと指示が出ているのだ! フンッ、ようやく尻尾を出したな!」

「はて、おかしな真似とは?」

「妄言を真に受けて、お祖父様の決定を覆そうとしている事だ!」


 ビシッと人差し指を向けて言うフランツ。

 その言葉を聞いてアナスタシアは腕を組む。


「…………ふむ? つまりフランツ兄様は、スタンピードが起きても構わないと」

「そんな物、今まで起きなかっただろう。起きもしないのに、わざわざ費用をかけるなど無駄だ!」

「なるほど」


 どうやらそれがフランツの――というよりベネディクトの意見でもあるようだ。

 ウィリアムや彼の仲間達の目が細まる。剣呑な空気を察知してか、アレンジーナはフランツを守るように、スッと一歩前に出た。

 フランツの言葉を聞いたアナスタシアは数回頷いて、


「ならば、フランツ兄様は敵ですね、ローランドさん」


 などと言い放った。

 あまりにあっさり判断するものだから、別の言葉を想定していたらしいフランツは虚を突かれたようで「え?」と目を瞬く。

 ローランドはニッと口の端を上げた。


「そうだな、アナスタシア。――――シズ、ライヤー。二人を捕らえ、鍵を取り戻せ」

「はっ!」

「あ、俺も手伝うわ」


 ローランドの指示にシズとライヤーが剣を抜く。二人に続いてウィリアムや彼の仲間達も腰のサーベルを抜いた。

 ぎょっとしたのはフランツだ。


「な、な!? 貴様ら、何の真似だ!?」

「フランツ兄様。今、国からレイヴン伯爵領を預かっているのはローランドさんです」

「それが何だ! 略奪者風情が……」

「ですので」


 フランツの言葉を遮り、アナスタシアはピンと人差し指を立てる。


「そのローランドさんから、国が領主に与え、領主が町長に管理を任せた祝祭の鍵を奪った兄様とアレンジーナさんは、立派な略奪者です」

「え?」

「加えて言うと、海都を守るための行動を邪魔したのです。つまり有り体に言うと、公務執行妨害?」

「…………」


 フランツはたっぷりと時間をかけて考えると、助けを求めるように隣の従者に顔を向ける。


「……アレンジーナ?」

「アッハハ。はい、まぁ、法の上ではそうですね?」


 呑気に笑うアレンジーナ。

 とたんにフランツの顔が蒼白になる。


「お前っもっと早くそれをっ!?」

「坊ちゃん。自分を信じて行動したんでしょう? なら胸を張ってぇ……」


 アレンジーナは全く動揺せずに、そう言いながらフランツの肩に手を置き。


「逃げますよ、坊ちゃん!」


 ぐい、と強引にフランツを振り返らせると、その腕を取って逃げ出した。

 その背中に向かって「待て!」と怒鳴り、シズとライヤー、ウィリアムが追いかける。

 僅かに遅れてアナスタシア達もカジノを飛び出した。


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