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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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第十五話 本当はずっと


 賑やかな夕食を終えたアナスタシアは、再び甲板へと上って来た。

 理由は二つ。夜の海はどんなものか見たかったのと、シーホースとまた会えないかなと思ったからである。


 甲板へ続くドアを開けると、目の前に真っ黒な海と、満天の星が見えた。

 陸地とはまた違った不思議な感覚だ。

 アナスタシアが空を見上げていると、ヒュウ、と風が吹いた。

 晩秋の夜の冷たい風だ。少し寒いなと思いながらアナスタシアは腕をさすり、辺りを見回す。

 すると、ふと。船の縁に寄りかかったガースを見つけた。

 ガースは手に琥珀色の液体の入ったグラスを持っている。確か夕食中に大人達が飲んでいた酒だ。

 酒をちびちびと飲みながら、ガースは星空を見上げているようだった。


「ガースさん、風邪を引きますよ」


 アナスタシアがそう声をかけながら近づくと、気付いたガースが顔を向ける。

 それなりに酔っているようで、顔は少し赤かった。


「そりゃこちらの台詞ですよ。お嬢様こそ、どうしたんですか?」

「いえ、シーホースがいないかなと」

「また馬ですか」


 ガースはやや呆れたように肩をすくませる。

 対するアナスタシアは当然だと言わんばかりに頷いた。


「はい、馬です! ……あ、そうだ。ところでガースさん」

「何ですか?」

「帆に馬の模様を描いた船って、どこの物でしたっけ?」

「ああ、そりゃ国の船でしょう。ま、馬というか、天馬ですけどね。うちの国、翡翠の星(ジェイド・ステラ)が降り立って出来た国らしいですから」


 アナスタシアの質問に、そうガースは答えた。

 翡翠の星(ジェイド・ステラ)とは、左手に巻物を、右手にペンを持った(めがみ)のことだ。知識の(めがみ)とも呼ばれている。

 この国クライスフリューゲルは、天馬に乗った翡翠の星(ジェイド・ステラ)が降り立った事で生まれたとされている。

 アナスタシアも国の歴史について教わった時に、その事を聞いて目を輝かせたものだ。

 翡翠の星(ジェイド・ステラ)と天馬については、またじっくり調べてみたいなぁとアナスタシアは思っている。


「急にどうしたんです?」

「いえ、ちょっと気になって。馬ですし」

「はあ……お嬢様、本当に馬がお好きなんですねぇ」

「ええ。馬は私の家族みたいなものですから」

「……家族」


 アナスタシアがそう言うと、ガースがオウム返しのようにぽつりと呟いた。


「……お嬢様は、ご自分の家族の事って、どう思ってます?」

「家族?」

「ええ。レイモンド様とか」


 そう問われたアナスタシアは「うーん」と腕を組んだ。

 それから少し考えて、


「そうですね、好きですよ」


 と答えた。

 するとガースは意外そうに片方の眉を上げた。


「ずっと放って置かれたのに? エレインワース様達がした嫌がらせから、守ってもくれなかったのに?」

「そうですねぇ。でも私が父を好きでいる事と、父が私をどう思っていたかは別の問題ですゆえ」


 父が母を好きだった事は分かる。けれど自分がどうであったかは、実際のところアナスタシアには分からない。

 父は確かに自分に優しかったけれど、それは母と一緒だったからでもある。ガースの言う通り、愛情があったならずっと放ってはおかないだろう。

 けれどそれでも、アナスタシアは父が好きだった。

 だからそう答えると、ガースはハッと笑った。


「おっとなぁ」

「やったー!」

「嫌味ですよ」

「だと思いました」


 アナスタシアがけろりとした顔で言うと、ガースは今度は「けっ」と悪態を吐いた。

 酒が入っているせいで、いつも以上に態度が悪い。ロザリーやローランド達がこの場にいれば、咎めていた事だろう。

 そんなガースは半眼になりながら、


「かわいくねぇ」

「そこは仕様ですので。まあ、でも……さみしくはありましたね」

「……そうですか」


 アナスタシアの言葉に、ガースは少しだけ間を空けてそう言うと、再び空を見上げた。

 夜空には星が輝いている。

 ガースは人差し指を空に向けると、その中のひと際強く輝く白い星を指した。


「あの白い星、何だか知っていますか?」

「確か真珠の星(パール・ステラ)、でしたっけ?」

「ええ。真珠の星(パール・ステラ)です。……と、言われています。あの星に願えばいつか叶うと、あの人が――――イレーナさんが教えてくれた。ま、叶った試しはないですけどね」


 そう言ってガースは肩をすくめた。

 イレーナとは、先ほど彼らが教えてくれた、ガースの育ての親の名前だ。

 元海賊で、孤児院長。ガースとウィリアムの話を聞く限り、慕われていたのだなという事は分かった。


「……()を生んだ家族は、ずっと昔に、危険種に食われて死にました。情けなく泣いていた俺を、イレーナさんが拾って育ててくれた」


 空を見上げたまま、ガースは話を続ける。

 その空を、流れ星がつうと伝って消えていく。


「恩返しがしたかった。だから必死で働いたけど、世間じゃ孤児は厄介者で信用がない。そうしているうちにイレーナさんも死んで、残ったガキ共食わせなきゃって何でもやった。ウィルも手伝ってくれたが、頼りきるわけにもいかない。だから真っ当じゃない事もやった。そうしなきゃ孤児だけじゃ、まともに食っていけなかった」


 ガースは手に持ったグラスの酒を飲む。

 琥珀色の液体が、夜空の星に照らされてキラキラと揺れた。


「……そんな時にジャック会長とカレンさんに出会った。あの人達は孤児だろうが何だろうが、努力をすれば、結果を出せば、平等に……平等に認めてくれたんだ」


 話しながら、グラスを握るガースの手に力が籠る。


「俺は」


 言いかけて、ガースはいったん言葉を区切った。

 顔を見れば何かを堪えるように唇をかんでいる。

 苦しさと、情けなさと、悲しさと――そんな感情がぐちゃぐちゃに混ざった表情だ。

 ガースは一度、大きく息を吸った。感情を抑えるように、飲み込むように。

 けれど酔いが入ったそれ(、、)は、そうは簡単に収まってはくれない。


「俺は、本当はずっと、カスケード商会で働きたかった。結果を出して、ジャック会長に認められたかった。役に立ちたかった。もっと、もっと……商会の力に、なって。利益を出して、金を稼いで、育ててくれたイレーナさんが守りたかったものを守りたかった。ジャック会長に、恩を返したかった……!」


 ついに感情が堰を切ってガースの目から零れ出した。

 ガースは服の袖で強く目をこする。けれど一度緩んだそれは、なかなか止まらない。


「あんたのせいじゃない。ロザリーのせいじゃない。俺が、俺が焦って、俺の全部、ぶっ壊した……!」


 ああ、とガースは息とともに吐きだす。


「……退職届なんて、出したくなかったなぁ……!」


 空を見上げたままのガースの目の端から、ボロボロと涙が零れ落ちる。

 アナスタシアは少し迷ったあと、ガースの背中を手でポンポンと優しくさすった。


「ガースさん、今度は対等です。ジャック会長も仰っていた通り、手加減なんてしてくれません」

「………」

「商売は利益を留めるものではなく、世の中に回すものだと私は考えます。対等の立場であなたが回した利益は、巡りまわってカスケード商会にも届きます。――――届かせてください」


 アナスタシアが見上げながらそう言うと、ガースは目を大きく見開いた。

 それから顔をアナスタシアに向ける。


「……商人でもないくせに、商人みたいな事を言う」

「ええ、だって私、クソガキですから。それに失敗は成功の星とも言うでしょう」


 アナスタシアはにこりと笑い、その指先を空に輝く白い星に向ける。

 星に、願えば。

 ガースは言葉にぐっと言葉に詰まったあと、残った酒を一気に飲み干す。

 そうして船の縁から背を離し、


「寝ます!」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみなさい!」


 なんて、照れ隠しのように、まるで怒鳴るようにそう言うと走って行った。

 アナスタシアはそれを見送った後、もう一度、空を見上げてから、甲板を後にした。








――――そんなやり取りがあった甲板の、ちょうど反対側。

 そこに同じように船の縁に背を預けて、ロザリーが立っていた。

 甲板で酒を飲んでいたガースを見かけて、うっかり落ちないか心配して様子を見ていたのだ。

 何だかんだで出るタイミングは逃したが、ある意味で、良かったのかもしれない。

 ロザリーは空を見上げ、


「…………ほんっと、ひねくれてんだから」


 仕方ないわね、と小さく笑った。

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