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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第一章 馬小屋暮らしのご令嬢
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第五話 灯台下暗しとは言うけれど


 アナスタシアがひと通り発明品を出し終えると、ローランドから大変満足そうな顔で「ありがとう」とお礼を言われた。

 発明品を堪能しきったローランドは何だか楽しそうだ。

 ありがとう、なんて言われた事があまりなかったアナスタシアは、少しばかり照れくさそうにはにかむ。

 ちなみにシズは最初の内は遠巻きに見ているだけだったが、あまりにローランドが楽しそうなものだから、途中から混ざっていた。


「はぁー、しっかしまぁ、すごい量を作ったねぇ。アナスタシアちゃん、この発明品の材料って、どうやって手に入れたの?」

「手に入れたというか、魔力で大体のものは作れますよ」

「待って、それ聞いたことない」


 けろっと返したアナスタシアに、シズは真顔になる。

 魔力とは、不可思議な現象の原因とされる力のことだ。魔力の扱いが上手いものは、何もない所から炎や風を出したりする『魔法』と呼ばれるものを扱えたりもする。

 また魔力というものは誰もが持っているものではない。魔力の有無については血筋による場合が多く、アナスタシアもそうだった。アナスタシアの母方の家系は、どうやら魔力を持つ血筋らしい。ゆえにアナスタシアもそれを色濃く受け継いでいた。


 ちなみにアナスタシアは魔法自体はそれほど得意ではない。理由としては勉強不足だ。家庭教師が途中でクビになったため、基本的な知識しか教わっていなかったからなのである。

 なのでアナスタシアにはシズの反応が不思議だった。

 アナスタシアは目を瞬くとローランドを見上げる。ローランドもまた難しい顔でこちらを見ていた。


「……ローランドさん、出来ますよね?」

「出来る出来ないで問われたら、私は出来ない。可能性のひとつとしてはあるが、机上の空論状態で、未だ確立されてはいない。……君はどこでそれを知ったんだ?」


 困惑した様子でローランドが聞くと、アナスタシアは馬の方へ顔を向け、


「馬から」


 と答えた。ローランドとシズが揃って頭を抱えたのは言うまでもない。

 ローランドは難しい顔のままだが、シズはしばらく唸ってから、ふと何かに気がついて顔を上げる。


「……ん? あれ? でもさ、馬の言葉が分かる発明品って、馬から教わって作ったんだよね? アナスタシアちゃん、作る前に馬の言葉が分かったの?」

「ええ、そこはまぁ、ニュアンスで」

「そんな曖昧な状態で伝わる技にはとても思えないんだけど」

「フフ、ご安心を。伝えたい、知りたいと思う気持ちがあった上で目と目が合えば、人間と危険種以外なら心は通じます」

「人間と危険種が同列になっているのだが……」


 ローランドが深く息を吐いてツッコミをいれた。

 ちなみに危険種というのは、魔力という不思議な力によって狂暴化した動物の事だ。魔獣とも呼ばれる。危険性がより高いものが危険種だ。

 自我も失っているので、基本的に言葉を交わしてどうのこうのという事は出来ず、討伐せざるを得ない対象だ。稀に人間でもそう(、、)なる者も存在する。

 そして一度でもそうなってしまえば、もう元には戻らない。

 危険種――魔獣とはそんな存在だ。

 しかしまぁ、それはそれとして。

 それと人間を並べて例に挙げるアナスタシアに、ローランドとシズも少なからず危機感を感じた。


(この子……わりと闇が深い……)


 ほぼ同じタイミングで二人はそう思った。

 だが当のアナスタシアは、


「だって言葉は通じているのに、話が通じない人は多いですからね。不思議な原理です」


 なんて理由を述べている。会話とは実に難しいものである。

 ローランドはしばらく眉間にしわを寄せてアナスタシアを見ていたが、


「……ちなみに、その方法を見せて貰っても?」


 なんて言い出した。顔を見れば何となくワクワクした雰囲気を感じる。

 シズは顔を引き攣らせた。


「監査官、まさか……」

「見たい」


 見たいとか言われても。

 ローランドが真顔で答えるものだから、シズは顔を覆って天を仰いだ。

 だがそんな興味を口にしたローランドに、アナスタシアはぐっと力こぶを作って「おまかせあれ!」とやる気満々である。 

 何だか似た者同士だなぁなんてシズが思っていると、アナスタシアは何かを思い出したのか「あっ」と小さく声を上げる。


「どうしたの?」

「でも、そうか。知らないのなら……。……あの、馬達が言っていたんですが、広めるのは出来れば控えて頂きたく」

「なぜだ?」

「馬の皆曰く、自然の均衡が崩れるらしいです」

「あっさり受け答えしてた割には何か話がでかくなってるね!?」


 アナスタシアの話を聞いたローランドは顎に手を当てて数回頷く。


「……確かにこの方法は使い方を間違えば世の中を壊しかねないし、争いの種にもなる。分かった、そこは約束しよう」


 真面目な顔でそう言うローランド。アナスタシアも「助かります」と神妙な顔で頷いた。

 そんな二人のやりとりを聞いていたシズは青褪めた顔で、


「……俺、うっかり話しちまう可能性があるんで、外に出てますね」


 なんて言いながら、疲れた様子で部屋を出て行った。

 公に出来ない話ならば、最初から聞かない方が良い。そう判断した結果、出た行動である。

 ローランドも「その方が良いだろう」と言っていた。

 パタン、とドアが閉まりシズが出て行ったあと、ローランドは再びアナスタシアの方へ顔を戻した。

 心なしかワクワクしている。

 ローランドの楽しそうな雰囲気につられて、アナスタシアも少し楽しくなりながら、


「それでは」


 と、テーブルの上に手を翳した。

 するとアナスタシアの手の周りが光り、ふよふよとテーブルの上に集まり始める。

 少しずつ、少しずつ。

 だんだんと強い光となっていったそれは、やがて手のひら大の結晶に姿を変えた。


「これは……螢晶石か」


 ローランドが覗き込み、興味深そうにそう言った。

 螢晶石とは魔力が固まって出来る透明な鉱物の事だ。

 魔力というものは自然界にも存在しており、それが強く漂っている場所にこの螢晶石は出来やすい。

 魔力を有しているが硬度はさほどないので武器等への加工は難しく、主な用途としては照明器具の燃料や、装飾品に使われる事が多い代物だ。

 ローランドも扱った事はあるが、人の手で生み出す事が出来るなど、どの文献にも書かれていなかった。

 それを馬に聞いたとは言えさらっとやってのけたアナスタシアが凄いのか、それとも自分たちの研究が足りなかったのか。

 どちらにせよ、この十歳の少女はとんでもない事をやっているなと、ローランドは思った。


「で、これをこうやって」


 そう言うとアナスタシアは螢晶石を両手で掴み、まるで粘土のようにこね始め(、、、、、、、、、、)()

 ローランドも驚いたようで、目を丸くする。


「け、螢晶石をこねるだと……!?」

「自分の魔力で出来ているものなので、こんな感じですよ。他の魔力だったら出来ないそうですけれど」

「そ、そうか……」


 形容しがたい顔をしているローランドにアナスタシアは少し首を傾げた後で、またぐにぐにとこねる作業を再開する。


「こねながら必要なものの形状や効力を考えるんです。良く知らないものは出来ませんけどね」

「なるほど」

「そうやってしばらくこねていると――――あ、ほら」


 話していると、螢晶石が再び光を放ち始める。

 先ほどとは違う青色を帯びた光だ。その光の中で螢晶石はすうと、一本の銀のスプーンへと姿を変えた。

 アナスタシアはスプーンをひょいと持ち上げると、呆気にとられているローランドに差し出す。

 ローランドはそれを受け取り、しばし眺めた後で息を吐いた。


「これは……すごいな」

「ただ、完全に本物、というわけではないんです。代用品みたいに思っていただければ」

「なるほど。……ちなみにこのスプーンは?」

「毒見用のスプーンです。良ければどうぞ」


 にこりと笑ってアナスタシアが言うと、ローランドは少し困った顔になり、


「……君は、こうやって日々を生き延びていたのか?」


 と聞いて来た。アナスタシアは少しだけ目を見開くと「いえいえ」と首を横に振る。


「使用人の皆さんも、馬達も良くしてくれましたから。それは単に趣味ですよ」

「趣味か」

「そうです」


 笑うアナスタシアを見て、ローランドは何とも言えない気持ちになった。


(毒見の道具が当たり前に出てくるのは――おおよそ、普通ではないとは思うが)


 毒に注意を払うのは、暗殺の危険性のある貴族としては普通の事だ。

 それでも疎まれて生活していた子供が使う言葉としては普通ではない。

 そういう生活をしてきたのだろうと、ローランドはアナスタシアを不憫に思った。

 ちなみにアナスタシアはと言うと、確かにそういう生活をしてきたが本人からすれば母親の知恵を真似ただけで、それほど大変なこととは考えていなかったのだが。


「アナスタシア」

「何でしょう?」

「その内、今日の礼に何か美味しいものでも食べに行かないか?」

「良いのですか?」

「ああ」


 恐らく同情心も混ざっているであろうローランドの有難い申し出に、アナスタシアは目を輝かせる。

 美味しいもの。美味しいものってどんな美味しいものがあるのだろう。

 とても美味しいニンジンとかあるのだろうか。

 アナスタシアはワクワクしながら、ローランドに「ありがとうございます!」と大きな声でお礼を言った。

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