第十四話 ウォーター・ポップ
予定が決まったあとは、決行の時を待つだけである。
とは言え、ただのんびりしているだけでは暇だ。なので何か仕事がないかと聞いたところ、ガースはウィリアムと甲板で作業を、ロザリーはトリクシーと一緒に夕食の準備をする事になった。
アナスタシアも自分に仕事が振られるのを期待していたところ、
「お嬢様は疲れているだろうし、ゆっくりしてて! 美味しいもの用意してくるから!」
と、すげなく戦力外通告を受けた。
確かに力仕事は厳しいし、料理もまともにした事がないので、即戦力になれる自信はない。
しかし、それでもだ。
何かやりたかったアナスタシアは、しょんぼりしながら甲板の隅っこの方で、膝をかかえて座っていた。
「夕焼けの赤さが、目に沁みる……」
黄昏ながらポツリと呟いていると、それを見て何となくかわいそうに思った船員が、通りがかりに飴をくれるようになった。
貰った飴は色とりどりでとても綺麗。そして甘くて美味しいものだった。
そんな飴を口の中でコロコロさせていれば、気が付くと落ち込んだ気持ちも少し晴れて来る。
そうなれば周りの景色を楽しむ余裕も出てくるもので、アナスタシアは辺りをきょろきょろと見回す。
その目が、作業をしているウィリアムとガースに止まった。
二人は何かを海に放り投げているようだ。
何だろうかと思ったアナスタシアは立ち上がり、邪魔にならない程度に彼らに近づく。
「ウィリアムさん、ガースさん。何をしているんですか?」
「おう、お嬢様。ちょいと海にこれを放り投げてるところさ」
アナスタシアが声をかけると、ウィリアムは笑って手を止めた。
そして持っていた物を見せてくれる。
それは大人が両手で抱えられるくらいの、大きな丸いガラス玉のようなものだった。玉の中には何か砂のようなものが入っている。
「これは『水花火』つってな。水の中に放り込むと弾ける花火なんだ。ま、元は子供用の玩具なんだがな」
「ずいぶん大きいんですね」
「ああ。こいつはその強化版」
ウィリアムは「よいしょ」とそれを動かすと、海へ放り投げる。
水花火はそのまま落下して水しぶきを上げた。
アナスタシアが覗き込むと、ガラス玉はどんどん沈んでいき、やがて見えなくる。
「こいつを海中深くまで沈めると、水圧に耐え切れなくなって外側のガラスが割れる。で、中の砂が水に濡れる事で、ポンッと弾けるわけだ」
「ほほう」
「本来はもっと水面近くで割れて綺麗なんですけどね。特に祝祭で良く売れるんで、色んな商会が趣向を凝らして作ったり仕入れたりしているんですよ」
ウィリアムの説明を補足するようにガースが言う。
アナスタシアは興味深そうに、海を見つめながら、
「ほうほう。ちなみに割れた後のガラスは?」
と聞いた。割れたガラスをそのままにすると、海の生き物にとって危険なのではないかと思ったからだ。
しかしその心配は杞憂のようで、
「多少の時間は掛かるが、水に溶ける素材で出来てるから海にも優しい」
とウィリアムが教えてくれた。アナスタシアは「おおー!」と拍手をする。
それを見てガースは小さく笑った。
「アナスタシアお嬢様って、花火よりガラスに意識が行くんですねぇ……。そりゃ会長も面白がるわけだ」
「万が一危ないものを食べて、シーホースや海の生き物が怪我をしたら大変ですし」
「ほんと馬好きなんですね」
「はい!」
ガースの言葉にアナスタシアは元気にそう答える。
「もしかして、さっきウィリアムさんが言っていた応急処置というのは?」
「これだ。いやーガース坊主が頑張ってくれるから、ありがてぇわ」
「坊主って言うな!」
「ガースさん、お疲れ様です」
「あ、う……べ、別に。海都は私の故郷ですから」
アナスタシアが労うと、ガースは視線を彷徨わせたあと、早口でそう答えた。照れているのか、単に夕焼けに染まっているのか、その顔は少し赤くなっている。
そんなガースはウィリアムに「照れるな照れるな」とからかわれ、慌てた様子で「違う!」と言い返していた。
「ガースさんは海都の生まれなのですね。そう言えば、お二人はお知り合いなんでしたっけ?」
「ええ、そうです。腐れ縁って奴ですけれど」
「腐れ縁?」
「俺の恩人がこいつの育ての親だったって関係さ。ガースが今よりガキの頃、よく遊んでやったんだぜ?」
ウィリアムが親指をガースに向ける。
するとガースは肩をすくめた。
「何が遊んでやった、だ。仲間を連れて酒飲みに来てただけじゃねぇか」
「いいじゃねぇか、イレーナさんも喜んでだたろ。それにお前だって俺のつまみ大量に食ってたくせに」
「美味かったんだよ、イカの干物」
「確かにあれは美味い。そういや、あの頃はヘルマンもよく……」
「ウィル」
ガースは言葉を遮るように短く名を呼ぶと、抱えていた水花火を海に投げ込んだ。
アナスタシアは沈んでいくそれを見ながら、
「イレーナさんと仰るんですね」
「ああ。イレーナ・メイベル。元海賊で、海都の孤児院長だった女性だ」
「元海賊で孤児院長ですか?」
アナスタシアが目を丸くした。それはまた不思議な経歴の持ち主だ。
するとガースは「ま、驚きますよね」と小さく笑う。
「聞かれる前に答えておきますが、私も孤児ですよ」
「お嬢様、こいつ今じゃこんなだけどよ、すーげぇ泣き虫だったんだぜ」
「ぶっ飛ばすぞウィリアム」
からかう調子のウィリアムに、ガースはヒクヒクとこめかみを痙攣させる。
そんな二人を見ながらアナスタシアは、
「海都にいらっしゃるなら、落ち着いたら一度ご挨拶に伺っても?」
と何気なく言った。すると二人は少しだけバツが悪い顔になった。
「ああ~……いや、そいつは無理だな」
「あ、いえ。すみません、思い付きを、つい。お忙しいですよね」
「いえ、そうじゃないんです、お嬢様」
ガースはちらりと、小さな泡を立てて海の底へと沈んでいくガラス玉に目を落とす。
「もうずいぶん前に、亡くなっていましてね」
「……それは、知らないとは言え、大変失礼を」
アナスタシアは驚いて、それから申し訳なくなって謝る。
だがガースもウィリアムも、笑って首を振った。
「言ってないものは分からないでしょう。別に、お嬢様が気にする事じゃありませんよ」
「つーか、逆に悪かったな。命日が近かったから思い出して、つい話題に出しちまってよ」
そう言って、ガースとウィリアムは夕焼けの空を見上げる。
つられてアナスタシアも顔を上げた。
だんだんと夜の色が混ざりだした空には、ちらほらと星が輝き始めていた。




