第十三話 だってシーホースが信じましたので
ウィリアムの言葉に、アナスタシアはテーブルにティーカップを置いて、頬に手を当てる。
「あいにくと腕力には自信がなく」
「おう、そこは期待してねーから安心していいぜ! むしろあったらびっくりだわ」
「魔法道具を作って補助すれば何とか……?」
「なるんかい」
真剣に考え込んだアナスタシアに、ウィリアムは半眼になる。
「まぁいいや。お嬢様は、今の海都の状況についてどこまで知っている?」
「まもなく祝祭で、一年前から祝祭の火が打ち上げられていないくらいでしょうか」
「お、意外と分かってるな」
「ヘルマン町長から聞きまして。マズイ奴ですよね?」
「そっちも理解して貰っていて何よりだ」
「出発前に聞きまして」
「なるほど」
ウィリアムは顔の前で手を組んで、納得した様子で頷く。
逆に話を聞いていたロザリーとガースは不可解そうな顔になった。
「お嬢様、マズイてどういう事ですか?」
「祝祭の火を打ち上げないと、スタンピードが起こるそうなんですよ」
「スタンピード……?」
ロザリーとガースは揃って首を傾げた。
そう言えばシズが「知らない人も多い」と言っていたな、と思い出す。
なのでアナスタシアは、ホロウとシズから聞いた話そのままを、二人に説明した。
すると二人がサーッと青褪める。
「マジですか、それ……」
「知らなかった……」
「まぁうちの国、騎士団が優秀だからなぁ。兆候があればすぐ片付けに行くし、発生しても迅速に対処しているから、そんなに気にならねぇんだよな、実際に」
ロザリーとガースの様子を見て、ウィリアムは苦笑する。
それからアナスタシアの方に顔を向けた。
「なぁお嬢様、あんたは次期領主になるんだろう?」
「確定はしておりませんが、目指しています」
「ああ。――――海都の町長ヘルマンは、ベネディクトの野郎の側近だった」
「ベネディクトって言えば前……じゃなかった、前々領主か」
ガースの呟きにウィリアムは「そうだ」と応え、話を続ける。
「そうだ。祝祭の火を取りやめたのは町長のヘルマン、そしてその指示はベネディクトの野郎が出した。費用がもったいないってな。俺達はそれを撤回させたい。一年も放置されたらギリギリだ。応急処置にも限度がある。だからこそ、お嬢様の力を借りたい」
ウィリアムから向けられる眼差しは至って真剣なものだ。気が付けばトリクシーも、離れた位置からこちらを見守る様子のウィリアムの部下達のそれも同様である。
自分に求められているものが何なのか。
それを理解したアナスタシアは「なるほど」と数回頷いた。
「つまり、ローランドさんに繋げば良いのですね?」
「……ほんっと話が早いな、お嬢様は」
アナスタシアの言葉に、ホッとしたようにウィリアムは表情を緩める。
「頼めるかい?」
「ええ、構いませんよ。スタンピードが起これば、海都の人達が危険ですし。それにヘルマン町長から話を聞いた時には、ローランドさんも祝祭の火を打ち上げるようにと言っておりましたから。たぶん、この事については事前にお話頂ければ、こうする必要もなかったのではと思いますよ」
「ま、それはな。だが俺達は確約が欲しかったんだ。ヘルマンの所には、ベネディクトの遣いも来ていただろう?」
ウィリアムの話にフランツの事を思い出して、アナスタシアは「なるほど」と言った。
そんなアナスタシアに、ガースは何とも言えない顔で、
「お嬢様、この男の言う事を、信用して大丈夫ですか?」
と聞いた。確かに敵意はなさそうだし、ガースに至っては知り合いでもある。しかしそれでも自分達を攫った者達である。あっさり信用して良いものか、という気持ちはあるようだ。
しかしアナスタシアは、
「大丈夫ですよ。だってシーホースが信じましたからね!」
と力強くそう言った。ガースはぎょっとして目を剥く。
「信用するのそこですか?」
「だって、シーホースの別名は、真珠の星のお遣いです。船乗りの星のお遣いと協力関係にあるのなら、それは海の安全に関係している事。それに馬は嘘を吐かないし、正直者ですからね」
そう言ってアナスタシアはにこりと笑った。
はっきり言い切ったアナスタシアを見てガースは、ロザリーに「いいのか?」という意味合いの目を向けたが、
「お嬢様の言う馬に関しては、たぶん大丈夫よ」
と返ってきた。とりあえず納得する事にしたようで、ガースは肩をすくめてみせた。
そんなやり取りを聞いていたウィリアムは面白そうに笑うと、腕を組む。
「さて、問題はどうやって呼び出すかだよなぁ」
「ちなみに予定としては?」
「ああ一応な、呼び出す場所の確保はしてあるんだよ。海都にあるカジノ、あそこに十四時だ」
「海の宝石かっ!? あそこのオーナー、良くオーケーを出したな……」
ガースが目を丸くしてそう言うと、ウィリアムは「ちょっとコネがな」と笑ってみせた。
「本当はもっと早くにしたかったんだが、色々と準備が終わるのが、そのくらいになっちまいそうでな」
「なるほど。それにしても、海都にはカジノがあるんですね」
「おう。興味があるかい、お嬢様」
「ギャンブルにはとんと食指が動きませんが、施設は見てみたいなぁと」
「私を雇うようなギャンブルをしたくせに……」
ガースからそう突っ込まれたが、アナスタシアは「はて」と笑って誤魔化す。ロザリーが小さく噴き出していた。
「場所の指定をするなら、手紙とかカードを届けるのがセオリーなんじゃないかしら?」
「そうよね! やっぱりお手紙は大事だわ、ウィル!」
「だなぁ……しかし、どんな形で手紙を届けるよ? さっきは不意と勢いで何とかなったが、あの騎士の兄さん達を相手にするなら、下手に見つかったらやべぇぞ」
ロザリーとトリクシーの提案に、ウィリアムは難しい顔をする。
騎士の兄さん達というのはシズとライヤーの事だろう。二人を褒められてアナスタシアは嬉しそうに笑う。
「それなら私かロザリーを解放したって体で行くのは?」
「さすがに港の辺りは警戒されてるだろ」
「ならお前、何で三人攫ったんだよ」
「んー? お嬢様を攫えなかった時の予備」
「予備って」
真顔で言われて、ガースは半眼になった。どうやら予備だったらしい。嬉しくない扱いにロザリーも微妙そうな顔になった。
話を聞いていたアナスタシアは少し考えてから右手を軽く挙げる。
「あ、そうだ。もう一つ、簡単な方法はありますよ」
「ほうほう、どんな?」
「はい。シーホースにお会いできますか?」
「シーホース? ああ、待ってろ」
ウィリアムは頷くと席を立つと船窓に近づき、引いて開けた。
そして懐から、小指ほどの小さな銀の笛を取り出して吹く。不思議な事に、笛から音は聞こえなかった。
しかしウィリアムが吹いたとたんに、鼓膜がピリピリと震えるやや不快な感覚を感じて、アナスタシアは思わず両手で耳を押さえた。
「あれね、動物呼びの笛なの。吹き方で聞こえる動物が変わるのよ」
「ビリビリしてちょっと気持ち悪い……」
「お嬢様、馬なの……?」
トリクシーは真顔でツッコミを入れる。
ロザリーとガースは「もしかしたらそうかもしれない」と思ったのが、言葉にはしなかった。
そんな話をしていると、一頭のシーホースが海面から顔を出し、近寄ってきた。
「ほい、呼んだぞ。それで、どうするんだ?」
「はーい。あのーシーホースさん。ちょっとお願いがあるんですが」
『何かあるのー?』
アナスタシアが呼びかけると、ブレスレットを介して、シーホースの声が聞こえてくる。思っていたよりもずっと可愛らしい声だった。
「私と一緒にいた方に、ご伝言をお願いしたいのです。カジノ海の宝石に、明日の十四時に来て下さいと」
『いいよーまかせてー!』
アナスタシアが「お願いします」と頭を下げると、シーホースはちゃぽんと沈む。
やり切った顔でアナスタシアはウィリアム達を振り返った。
「というわけで整いました」
「え? いや、え……? 今の何……?」
ガースは困惑したように周りを見た。
ロザリーは馬の声が分かるブレスレットの件は聞いていたので「ああ、話をしたんだな」くらいで驚いていないが、知らないガースには訳が分からないようだった。
「シーホースって、意外とゆったりした方々なんですねぇ」
「そうなんですか? 話の通じる良い馬っぽくて良かったですねぇ」
「はい!」
微笑ましそうにロザリーが言うと、アナスタシアは楽しそうに頷いた。
それをポカンとした様子で見ていたのはウィリアム達だ。不思議な事に彼らは驚いてはいるものの、ガースのように困惑した風ではなかった。
「……もしかしてお嬢様も、シーホースとお話ができるの?」
「も、という事は?」
「あ、ああ。俺達はシーホースの祝福貰ってるから、ニュアンスは伝わるんだが……ガチで話してる奴は初めて見たわ」
「ニュアンス仲間! でも話せるのは魔法道具のおかげですゆえ」
そう言うとアナスタシアはブレスレットをはめた方の腕を上げてみせた。
日差しを受けてキラリと光るそれにウィリアムは、
「はあー……そう言えば、発明好きってウワサ聞いたなぁ」
と呟きながら、人差し指で顔をかく。
「私からすれば祝福を頂いている事の方が興味深いです」
「俺達のはたまたまさ。スタンピードを何とかしろって感じで貰った奴だからさ」
「なるほど。ちなみに効果などは?」
「水難避け」
「海で生活するにはとても便利ですね!」
「でしょでしょ~?」
驚きは直ぐに収まったようで、ウィリアムやトリクシーは笑ってそう話す。
ガースはそれを見て、反応に困ったように、
「何で話が普通に繋がっているんだ……? おかしいのは私の方なのか……?」
と頭を抱えた。ロザリーはそんなガースをフォローするように、
「まぁ感覚はあんたの方が普通だと思うわよ」
「何かお前に慰められるのは屈辱なんだが」
「失礼ね!?」
心外だと言わんばかりにロザリーは目を吊り上げた。
相変わらずの二人だが、それでもほどほどに関係が収まって何よりだとアナスタシアは微笑む。
それから開いた船窓から、夕焼けの色に染まり始めた空を見上げる。
(ローランドさん達、驚くかな)
驚く事は驚くだろうが、彼らは役所に現れたシーホースの姿を覚えているだろうから、敵意さえなければ直ぐにどうにかしようとは思わないだろう。
上手く伝わりますようにと願いながら、アナスタシアはブレスレットを撫でた。




