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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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第十二話 “蜂の巣”ガーランド


 襲撃者の馬に乗せられて、海都の街中を駆け抜けて海に飛び込んだまでは、アナスタシアも覚えている。

 海どころか水の中を泳いだ事のないアナスタシアは、そこで少し気を失っていたようで、気が付いた時には船の甲板の上だった。

 頭のてっぺんから靴の先までずぶ濡れで、よろよろと上半身を起こすと思った以上に体が重かった。


(水に濡れると、こんなに重いのか……)


 なんて感動していたものの、その姿では晩秋の午後の陽気では少々冷える。

 くしゅん、とくしゃみをすると、同じタイミングで近くから、げほげほとむせる声が聞こえて来た。

 顔を向けるとそこには、アナスタシアと同じくずぶ濡れのロザリーとガースがいた。


「ああ、もう、何なんだ……」

「うう……この服だって安くないのに……」


 二人とも疲れた声をしているが、見たところ怪我などを負っている様子はない。

 その事にアナスタシアがほっとしていると、頭上に影が差した。


「おーい大丈夫かー?」


 明るい声に見上げるとそこには、ずぶ濡れの襲撃者二人の姿があった。

 彼らはそれぞれ顔の仮面を取る。すると現れた顔は、港で見かけた派手な装いの男ウィリアムと、ポニーテールの少女トリクシーだった。

 やっぱりなぁとアナスタシアが思っていると、


「ちょっとウィル! 幾らなんでも乱暴すぎるわ! そもそも海に突っ込むってどういう事なの、一歩間違えたらおぼれていたところよ!」

「いや待てトリクシー。あれは俺じゃなくてシーホースの連中のせいだぜ。陸地用の魔法が限界だったんだろ」


 二人のやり取りに、なるほど、と理解する。

 声から予想はついていたが、やはり襲撃者は彼らとシーホースだったようだ。

 シーホースの下半身が魚でないのが疑問だが、まぁそれは置いておいて。

 彼らは何故このような事をしたのだろうかとアナスタシアは考える。


(身代金目的にしては、リスクが高そうですし。それに執務室に行ったのを狙ってというのは、どうにも――)


 知られ過ぎている。

 あの場所に行くと分かっていなければ、ああもタイミング良く襲撃は出来ないだろう。

 これは一体どういう事か。

 アナスタシアがそう思っていると、ふと。

 賑やかなやり取りをしている二人のずっと後ろに、船の帆が見えた。

 でかでかと立派に描かれたドクロのマーク。いわゆる海賊旗という奴だろう。


(…………あれ?)


 ふと一瞬、ドクロのマークが別の模様に見えて、アナスタシアは目を瞬いた。

 風にあおられ、太陽の光に照らされて見えたそれがほんの僅かに透けて、模様が馬へ変化したように見えたのだ。


(帆に馬を描いているのは、確か……)


 おかしいなと思って目をこすれば、その時にはやはり模様はドクロであった。

 まだ頭がぼうっとしているのだろか――そんな風に思っていると、アナスタシアの目の前でひょいとウィリアムが片方の膝をつく。

 それからニッと笑うと右手を差し出した。


「初めまして、アナスタシアお嬢様。俺はウィリアム・ガーランド。“蜂の巣”ガーランドっつった方が、通りが良いかね?」


 どうやら紳士的に話をするよ、というポーズらしい。

 アナスタシアはその手を取って立ち上がる。ずぶ濡れの髪から伝った水滴がぽたぽたと甲板に落ちた。


「はあ、これはご丁寧に。しかし存じ上げず申し訳ないです。もしよろしければ、理由をお伺いしても?」

「大砲で船を蜂の巣にしたり、されかけたりって感じだな」


 それは誉め言葉なのだろうかとアナスタシアは思った。

 しかし二つ名を名乗るほどである。良い意味であれ悪い意味であれ、恐らくは有名な男なのだろう。

 そんなウィリアムにトリクシーが、


「知名度が足りていないわよ、ウィル」

「マジかー。そんならもうちょっと頑張らにゃなー」


 などと言ってカラカラと笑っていた。

 どうにも襲撃者にしては害意を感じられないし、何だか妙にフレンドリーでもある。

 さて、どうしたものかとアナスタシアが首を傾げていると、同じように立ち上がったガースが「元・海賊ですよ」と教えてくれた。


「元・海賊?」

「そーそー。ハハ、元気そうで何よりだ、ガース坊主」

「坊主言うな」


 ウィリアムの言葉にガースが嫌そうに顔をしかめた。

 そう言えばガースは港で、ウィリアムの事を知っている様子だったとアナスタシアは思い出す。

 二人のやり取りにロザリーは訝しんだ様子で、


「ガース。あんた海賊と知り合いなの?」


 と聞いた。するとガースは「……まぁ、ちょっとな」と歯切れ悪く答える。

 あまり触れられたくない話題らしい。

 アナスタシアは少し考えたあとで、話題を反らすようにマストを見上げ、


「元にしては立派な海賊旗ですね」

「ハハ。まー、急ごしらえだけどな。こういうのは形が大事なんだよ、形が」


 ウィリアムは笑ってそう言った。


「確かに形は大事ですね!」

「おう、分かってくれるか、お嬢様!」

「ええ。名は体を表すで行きたいです!」


 うんうんと頷くアナスタシアに、ウィリアムは気を良くして「飴ちゃん食う?」なんてコートをごそごそし始める。

 飴は興味があるが、それよりもアナスタシアは聞きたい事があった。


「ところでウィリアムさん。一応確認なのですが、先ほど役所に飛び込んできたのはあなた方とシーホースだったんですよね?」

「おう、そうだぜ。いやー、悪かったなぁ。シーホースの連中、人間が水中呼吸できないって事忘れててさぁ」 

「なるほど。でもシーホース、下半分は魚なのでは。陸地、行けるんですか?」

「ああ。連中の魔法で、ごく短時間だけだけどな」


 どうやら魔法によって魚の部分を馬の足に変えていたらしい。

 短時間でも陸地に適応する事が出来れば、それはとても便利だ。

 そして何よりアナスタシアは、


「つまりウィリアムさんはシーホースともお友達だと!」

「食いつくのそこ?」

「大事な事です」


 と力強く答え、ガースとロザリーが「お嬢様……」と頭を抱えた。

 アナスタシアにとって馬は()の存在という認識が強い。

 もちろん全てが善だという事はないだろうけれど、それでも良いイメージを持っている。

 だからこそ、馬と一緒に行動しているウィリアムやトリクシーにも、そんなに悪い感情は抱けなかった。


「まー、友達っつーか、協力関係だな」

「それは良い事です」

「お嬢様、変わってんなぁ」


 ぶれないアナスタシアにウィリアムが苦笑する。

 アナスタシアは褒められたと解釈して指で頬をかいた。


「いやあ、それほどでも。……では、そんなシーホースさんと協力関係のウィリアムさん達が、私達に一体何の御用でしょう?」


 アナスタシアがそう聞くと、ウィリアムは不敵に笑って腕を組み、


「話が早くて何よりだ。ま、そこはお互い着替えてからだな。風邪でも引かれちまったら悪いからよ」


 と言って、船内へ続くドアを指さした。



 三十分後。

 着替えを終えたアナスタシア達は、トリクシーに案内されて、ウィリアムの船の食堂にやって来ていた。

 元海賊たちの船と言うからには、噂に聞く酒場のような賑やかな雰囲気なのかなとアナスタシアは思っていたが、想像していたよりずっと清潔で綺麗な場所だった。壁には絵画まで飾られている。描かれているのは海都レインリヒトだろうか――そんな事を考えながら、アナスタシア達は席についた。

 テーブルを挟んで向かい側にはすでにウィリアムが座っており、アナスタシア達が席につくとトリクシーが彼の横に並んだ。

 それからトリクシーはアナスタシア達の姿を見て、満足げに腕を組む。


「良かったわ、あたしの見立てがぴったりで! 盛大に感謝するといいわよ!」


 そして元気にそう言った。

 彼女の言う通り、アナスタシア達の着替えはトリクシーが用意してくれたものだ。

 アナスタシアはチェック柄のワンピース姿、ロザリーとガースはワイシャツとズボンというラフな装いである。

 あまりこういう格好に縁のないアナスタシアには新鮮で、借りた時から少々テンションが上がっていた。

 なのでアナスタシアが「ありがとうございます、トリクシーさん!」とお礼を言うと、トリクシーは「えへへ」と照れたように笑う。


「聞いた、ウィリアム! これなの、これなのよ! あたしが求めているものは! 分かる!?」

「はいはい、助かりましたよトリクシーサマ」

「何か違うわ! 馬鹿にされている気がするのだけど!」


 からかう調子で言われたものだから、トリクシーは憤慨して頬を膨らませた。

 そんなやり取りを聞いていると、ウィリアムの部下の一人がひょいと香茶を出してくれた。ふわりと立ち上る湯気からは、柑橘類の香りがする。


「ごめんね、賑やかで。はい、これどうぞ」


 どうやら一応はもてなされているらしい。

 初めての香りにアナスタシアはお礼を言うと、興味深々に手を伸ばした。

 ロザリーとガースが「あ」と一瞬止めかけたが、もう遅い。

 アナスタシアはこくりと一口。すると口の中に温かな甘酸っぱさが広がった。


「これは飲んだことのないお味。美味しいです!」

「おう、そいつは良かった! こいつはホットレモネードだ。酸っぱかったら、そこの砂糖使っていいぜ」


 喜ぶアナスタシアを見て気分を良くしたウィリアムが、テーブルの上に置かれた角砂糖の瓶を指して言った。

 固まっていたロザリーとガースはコソコソと、


「おい、大丈夫なのか、おたくのお嬢様……」

「他人事みたいに言ってるけど、あんたもそうよ。事実を話すとマーガレットさんから大目玉だわ……」

「マジか……」


 なんて話していた。二人とも「この子、毒見もせずに大丈夫かしら……」という顔である。アナスタシアの行動が早かったせいで止める暇がなかったようだ。

 ロザリーとガースはしばらく困った顔をしていたが、過ぎてしまったものは仕方がない。アナスタシアも美味しそうに飲んでいるので、後で話をしようと決めて、自分達も手を伸ばした。


「あ、美味しい。酸味があまりきつくないのね」

「これ、西の方のレモンか」


 そしてそれぞれの感想を呟く二人。

 ウィリアムは小さく笑うと、自分も一口飲んでから、


「さぁて、それじゃあ俺がお前さん達……っつーか、まー目的はアナスタシアお嬢様だけだったんだけど、攫った理由についてなんだがよ。ちょいと力を貸して貰いたいんだよ」


 と話を始めた。

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