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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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第十話 丁寧に包む気はないらしい


 カスケード商会との話を終えた頃には、時計は十四時半を回っていた。

 別れの挨拶を交わして商会を出ると、空は穏やかな午後の色に染まっている。

 シズからの連絡はまだだろうかと思っていると、ローランドが懐に入れた『共鳴石』がチカチカと金色の光を放ち始めた。

 待っていた合図だ。


「きゃくじん、かえる……か。どうやらあちらも話が済んだようだな」


 ローランドが共鳴石の光のリズムから言葉を読み取って言う。

 なるほど、そういう感じなのかとアナスタシアは興味深く思いながら、共鳴石を見上げた。


「単語を繋ぎ合わせて解読するものなんですね」

「ああ、そうだ。まぁ、その関係でたまに、上手く伝わらない事があるのだがな。これを使っていると、接続詞がいかに重要か良く分かる」


 ローランドはしみじみとそう教えてくれた。

 確かに、間に入る言葉が一つ変わるだけで、印象は大きく変化する。

 会話とは難しいものだなとアナスタシアは改めて思った。

 そんな話をしているとライヤーが顎に手をあてる。


「確か、役所が閉まるのは十六時でしたね。話をするにもまだ十分時間があります」

「そうだな。……君たちはどうする? 旅の疲れもあるだろうし、宿で待っていても構わないが」


 ローランドはアナスタシアを見て、心配するように言った。

 恐らくフランツと遭遇するかもしれないから気遣ってくれているのだろう。

 けれどアナスタシアは首を横に振る。


「いえ、大丈夫です。後に回すと、ヘルマン町長と会う機会がないかもしれませんし」

「そうか。では行こう」


 アナスタシアの言葉にローランドは頷くと、馬車に向かって歩き出す。

 その背中を追いかけるようにアナスタシアも続いた。


 ◇


 アナスタシアは父方の親族や、エレインワースの親族と言葉を交わした事はほとんどない。

 あったとしても彼らが屋敷を訪れた時に、父に呼ばれて挨拶をするくらいだ。

 快く思われていない自覚はあったので、挨拶を終えたあとはアナスタシアは一人部屋へ戻って、道具作りに勤しんでいた。

 その姿を使用人達から不憫に思われていたようだが、アナスタシアは母に似て図太い性格である。実際にまぁ仕方ないかぁくらいにしか思っていなかった。


 さて、そんなアナスタシアの親族だが、その中でも一番多く顔を合わせる機会があったのは祖父だ。

 祖父――前々レイヴン伯のベネディクト・レイヴン。

 厳つい顔をした白髪のおじいちゃんと言った感じの男性である。馬術や槍の腕が立つらしく、アナスタシアの父レイモンドが得意とする事とは真逆だったそうだ。


 アナスタシアの記憶にあるベネディクトはいつも難しい顔をしていた。

 嫌われているのだろうし、疎まれてもいるのだろうなぁとアナスタシアは思っている。

 時々、何か言いたそうに自分を見る視線には気づいていたが、きっとそんな感じの事だろう。

 そんな事情でアナスタシアは、祖父が屋敷を訪れても積極的に関わろうとはしなかった。祖父の方も同じであったので、彼の事は両親や使用人達から聞いた話しか知らない。


 好きか嫌いかを判断するほど関りのない相手だが、馬術が得意と聞いて、アナスタシアの中ではちょっと気になる存在になっていた。

 だって馬なのだ。馬と付き合いがあるくらいなのだ。

 馬は頭が良い。いくら主人ぶったって、嫌な相手と組んだりしない。

 なので馬が嫌わないくらいには、そこまで人は悪くないのではないかなとアナスタシアは勝手に思っている。


 さて、そんな祖父だが、もちろん貴族だ。

 さらにレイヴン伯爵領を治めていた事がある人間だ、当然ながら側近がいる。 

 その一人が、今、アナスタシアの目の前にいた。


「この度は、誠に申し訳ございませんでした」


 四十代後半くらいの男が、約束を破る形になってしまった事を丁寧に頭を下げた。

 彼の名前はヘルマン・ダート。ベネディクトの元側近で、海都レインリヒトの町長を務めている男。

 そしてローランドが見つけた不正の証拠に残されていたサインの主である。


「ベネディクト様からどうしても、との事で……」


 そう話すヘルマンに、ローランドは小さく息を吐いて「その件はもう良い」と言った。

 アナスタシア達が到着した時にはすでに、心配されていたフランツの姿はなかった。だからなのか、ヘルマンの口から出る謝罪には二言目にはベネディクトやフランツの名前が出てくる。自分は悪くないのだと主張しているその様子に、ローランドは呆れている風だった。


(ローランドさんの心象が、どんどん悪くなっているなぁ)


 と、そんな事を思いながら、アナスタシアはヘルマンの言葉を聞く。


「ところで、ヘルマン。港のシーホースはどういう事だ? 一週間ほど前からあのような状況であるそうだが」

「ええ、そうなのです。一週間ほど前からシーホースが現れ、ああやって並び、船が出るのを阻んでおりまして……」


 ヘルマンが言うには、シーホースは一週間前の昼、ああやって突如姿を現したそうだ。

 そして港から船が出航しようとする度に、進路を阻んだり、威嚇してきたり。無理に通ろうとすると軽い攻撃すら加えてくるらしい。

 港にいたウィリアムという男が教えてくれた話とほぼ同じだ。

 

「ちなみに、シーホースが現れた理由についてはご存じですか?」

「理由でございますか?」

「ええ。真珠の星(パール・ステラ)の遣いであれば、海にまつわる事だとは思うのですが」

「祝祭の季節にと言うのも気になるが……昨年と何か違う事はないのか?」

「そうですね……」


 アナスタシアの言葉とローランドの言葉に、ヘルマンは思案するように視線を彷徨わせる。

 それから「あ」と思いついたように声を上げた。


「祝祭の火を打ち上げていない事くらいでしょうか?」

「何?」


 思わずと言った様子でローランドが聞き返した。アナスタシアも少し驚いて目を瞬く。

 しかしヘルマンはけろりとした様子で、


「ですから、一年前の秋の祝祭から、祝祭の火を打ち上げていない事くらいで……」

「馬鹿な、其方は一体何をやっている!? あれがどのようなものであるか、知らぬわけではなかろう!」

「そう仰られましても……」


 声を強めたローランド。しかしヘルマンはハハハ、と笑うばかりだ。

 ローランドの怒りなどどうという事はない、とでも言わんばかりに。

 そんなヘルマンを見上げてアナスタシアは「ふむ」と呟くと、


「昨年から祝祭の火を上げていないそうですが、費用の捻出が苦しいのですか?」


 と、思った事を言葉にした。

 その言葉にローランドがぎょっとアナスタシアの方へ顔を向ける。


「君は相変わらずストレートだな」

「遠まわしにしても聞くことは一緒でしょうし。原因をはっきりさせた方が、改善策も立てやすいです。物作りと一緒です」

「確かにそうだが、そういう事ではなく」


 自信をもって答えるアナスタシアに、ローランドがどうしたものかと頭を抱える。


(ここは褒めて伸ばすべきなのか、それとも軌道修正すべきなのか……)


 そんな事を考えてローランドがううむと唸っていると、呆気に取られていたヘルマンがハッと我に返った。

 それからアナスタシアの後ろに立つロザリーとガースに目をやって、


「ああ、なるほど。カスケード商会の方にそう吹き込まれたのですね? ……いえ、失礼。()でしたな、()


 などと、嫌な笑みを浮かべてそう言った。

 挑発するような言葉にロザリーの顔が少し強張ったが、ガースは慣れているのか普段通りだ。場数の差だろう。

 それを聞いてアナスタシアは「ふむ」と軽く頷く。


「吹き込まれた、ですか。なるほど。確かに一方の話だけを聞いているだけでは、真実は見えてきませんね。ヘルマン町長の話も聞くべきでした」

「ええ、ええ。アナスタシア様は、さすがベネディクト様のお孫様であらせられて聡明ですなぁ」

「それで費用の捻出は大変なのですか?」

「…………」


 ヘルマンが笑顔のままで固まった。

 新しく前置きをつけたものの、聞きたい事に変わりはないらしい。

 ストレートなアナスタシアの質問に、思わずと言った様子でシズとライヤーが顔を背け、吹き出すのを堪えて肩を震わせる。

 ローランドは少し悩んだ様子だったが、


「まぁいいか」


 などと呟いた。これもこれで良くはないのではないかなぁとライヤーは思った。

 だがまぁ今はそれよりシーホースの件である。

 早急に対処しなければならな案件なので、話は早い方が良い、という事だ。


「それで、ヘルマン。祝祭の火を取りやめたのは本当なのか?」

「……ええ。確かに昨年から、海都では祝祭の火を上げておりません」

「理由は何だ? あれを怠ればスタンピードが発生すると、領主の側近であった其方なら知っていたはずだろう?」

「さて、起こるか分からない不確かな事のために、収支の合わないものを執り行うなど無駄ではありませんか」


 ローランドの言葉にヘルマンは悪びれた風でもなくそう答えた。

 そしてさも意外そうに、


「それに知っていたも何も、その指示を出されたのはベネディクト様ですよ?」


 と言った。


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