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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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第九話 あなたは筋を通す人だから


 カレン・カスケードと名乗った女性に案内され、アナスタシア達はカスケード商会の中へと入った。

 建物の内装は白と青、そして屋根と同じエメラルドグリーンと、落ち着いた色合いをしている。

 そんな商会の中は、アナスタシアが想像していよりもずっと静かだった。


(と言うより、人が少ない……?)


 歩きながら周囲を見れば、あまり人の姿が見られない。

 祝祭の関係で忙しいのかなと考えて、アナスタシアは「あ」と気が付いた。

 これは人がいないのではなく、人がいないようにして(、、、、、、、、、、)くれている(、、、、、)のだと。

 今回の訪問はロザリーとガースが同行している。その事を知っているジャックが、他の商人と鉢合わせをしないように采配してくれたのだろう。


 そんな事を考えている間に、アナスタシア達は応接間に到着した。

 中へ入り席につくと、カレンが香茶を出してくれる。ふわりと花の香りがするお茶だ。

 一口飲んでみると優い甘さが口の中に広がった。


「お待たせして申し訳ありません、もう少しで到着しますので」

「いえ、お時間を早めて頂いたのはこちらですので。……ところでカレンさんは、ジャックさんの奥様でらっしゃいますか?」

「ええ、そうです。先日は夫が大変失礼致しました。あの人、少々捻くれた性分なもので」

「いえいえ、私も真正面からお話頂けて楽しかったです。機会がありましたら、また色々とご教授願えたら嬉しいです」


 アナスタシアがそう言うと、カレンは意外そうに目を丸くした後、破顔する。


「なるほど、夫が言っていた言葉の意味が分かりました」

「?」


 カレンの言葉にアナスタシア首を傾げる。

 何となく伝わったローランドとライヤーは同じく小さく笑った。

 そうしてカレンは楽しそうに笑ったあと、ガースとロザリーの方へ顔を向ける。


「さて。やらかしたねぇ、ガース。それにロザリー?」


 うっと言葉に詰まる二人。

 実はカスケード商会へ入ってから、ロザリーとガースはとても緊張した面持ちだった。

 けれどカレンの朗らかな態度と、からかい気味に言われた言葉に、少し落ち着いた様子だ。

 建物の中の様子と良い、上手いな、とアナスタシアは思った。

 そんな事を思っているとドアが開き、ジャックが中へと入ってきた。


「お待たせして申し訳ありません、ローランド様、アナスタシア様」

「いえ、私達の方が早められないかとお願いしてしまったものですから、お気にになさらず」

「お心遣い痛み入ります」


 恭しく頭を下げ、席に着くジャック。


「さすが、お忙しいのですね」

「ええ、祝祭の前なので。それに実はシーホースの出現で、色々と相談されておりまして」


 ジャックは申し訳なさそうにそう言った。

 相談と聞いて、アナスタシアは「おや」と目を瞬く。


「伺っていた評判とは少し違うのですね」

「お嬢さん、それはちょっとストレートすぎやしないかな!」


 慌ててライヤーがそう言うと、カレンは軽快に笑う。


「あっはっは。まあ、強引なやり方ってのは、その通りですよ。うちのやり方はえげつない。しかし、あくまでグレーゾーンですからね。法は守っております」

「ま、法を守れなかった二人が、そこにいますけどね」


 続きの言葉でジャックに指摘され、びくり、とガースとロザリーの肩が跳ねた。

 そんな二人を見た後で、ジャックはアナスタシアとローランドに向けて再び頭を下げた。

 

「改めて、この度はロンドウィックの件でご迷惑をおかけ致しました」

「いえ。ロンドウィックからは、謝罪と弁償を頂けたと報告を受けております」

「こちらこそ誠意ある対応に感謝する」


 アナスタシアとローランドがそう言うと、ジャックは顔を上げて「ありがとうございます」と言った。

 実際にロンドウィックの騒動の後、カスケード商会の対応は早かった。

 アナスタシアが領都の孤児院で会うより前に、すでにジャックは謝罪に行っていたようだ。


 謝罪後ジャックは直ぐに被害状況を調査した。

 被害総額を計算するのに多少の時間は掛かったが、それが出来てしまえば直ぐにお金を支払ったと言う。

 ローランドも「いかに早く対応するかで心象も変わる」と言っていたが、その通りだったようで。

 ロンドウィックの人々からのカスケード商会への印象は、ずいぶん良くなっているようだった。


 それを聞いてアナスタシアは、やり手とはこういう事かと納得する。

 そこに込められた心情や意図はどうであれ、ジャック・カスケードは商人としてこの上なく優秀だ、というのが良く分かった。


「さて、では次はこちらだな」


 ロンドウィックの話がひと段落すると、ローランドはロザリーとガースに目を遣った。

 二人はスッと立ち上がると、


「この度は、誠に申し訳ございませんでした!」


 と、揃って頭を下げる。

 ジャックは静かにそれを見上げ、


「……馬鹿が。お前達は本当に、一体何を学んでいた」


 と、冷えた声でそう言った。先ほどまでの朗らかさから打って変わって、その顔から表情が消えている。カレンは表情こそ変えないものの、静かな目で二人を見ていた。

 ひゅっと息を呑む音が聞こえて、アナスタシアはロザリーとガースを見る。

 見上げた二人は目を見開いて、青い顔になっていた。


「失態は後回しにせず直ぐに対処をしろと常々言っているだろう。特にガース。私はお前に、そう教えたはずだがな?」

「…………返す言葉もありません」


 掠れるようなガースの言葉に、ジャックは小さく息を吐く。

 言葉が途切れたタイミングを見計らい、アナスタシアは二人の退職届が入った封筒をテーブルの上に置いた。

 ジャックは「ありがとうございます」とそれを受け取ると、中身を確認する。

 それから、そこに印を押し、再び封筒の中へと戻した。


「……これで退職の手続きは完了です。アナスタシア様、ローランド様。お手数をおかけしました」

「いえ。……あ、ちょうど良いのでお話してしまいますが、ジャックさん。実はうちでロザリーさんとガースさんを雇う事になりました」


 アナスタシアがそう言うと、ジャックは驚いたようで、その糸目を大きく開いた。


「ロザリーの話は伺っていましたが、ガースもですか? それはまた奇特な事を」

「ええ。それで、ロザリーさんと同じように、給料の一部をカスケード商会に補償して頂いた分の返済に充てます」

「はあ、それはありがたいですが……何と言いますか甘い方ですねぇ」

「働いて貰うので甘くはないと思いますよ。まだまだこれから、厳しい目にさらされるでしょうし」


 アナスタシアがけろりとした様子で答える。

 ジャックは何とも言えない顔でローランドを見る。


「……ローランド監査官、甘くありませんか?」

「……甘いが、アナスタシア曰く、腐らせておくのはもったいないとのことだ」


 ローランドの言葉に、ジャックは意外そうに苦笑した。


「ずいぶんと買って下さるのですね」

「裏付けは取っている。性格に難ありだが、腕は良い」

「なるほど。しかし、それだけで雇うという事はないでしょう。何をお考えで?」


 探るようなジャックの言葉に、アナスタシアは直ぐに答えずローランドを見る。

 ローランドは「構わない」と頷いた。


「実は領都に学校のようなものを作ろうと思いまして」

「ふむ?」

「そのためにレイヴン伯爵領内に、トロッコ(仮)のレールを敷こうと思っています」

「…………はい?」


 ふむふむと頷いていたジャックは、思わずといった様子で聞き返す。

 唐突に『トロッコ(仮)』なんて言葉が出てきたものだから、意味が分からなかったのだろう。


「前後関係の繋がりが分からないのですが……」

「補足をすると、領都に作る学校に各町の子供たちを呼ぶために移動手段を作ろう、という話だ」

「なるほど、そういう事ですか。それがトロッコと……ちなみに何故そんな珍妙な名称なんです?」

「正式名称が決まっていないからですね。名は体を表すを私は地で行きたいです!」


 力強く答えたアナスタシアに、ジャックは返答に困り「そうですか」と曖昧な笑いを浮かべる。

 カレンには何となく伝わったようで軽く頷いていた。


「ちなみに構想としては馬車に近いですね」

「ふむ? それはつまり……馬をつけない馬車をトロッコのように動かす、と?」

「さすが理解が早いな」

「いえいえ、それほどでも。そのトロッコ(仮)に人を乗せて動かすというわけですね」

「ええ。本物のトロッコのように連結させて動かせば、大勢を乗せて運べると思うんですよ。それに人だけじゃなくて荷物も。もちろん馬車や、海都なら船も大事ですが、それ以外の移動手段もあって良いと思うんです」

「…………」


 アナスタシアがそう説明すると、ジャックの顔が商人のそれになる。

 スッと変わるその様子は少しガースと似ているなとアナスタシアは思った。

 ジャックはしばらく考えるように黙った後で、 


「……トロッコ(仮)の構造については?」


 と、聞いてきた。見定めるように向けられる眼差しに、アナスタシアはにこりと笑う。


「これから試作品を作る予定です。まずは玩具サイズからですけどね」

「アナスタシア様が作るのですか?」

「はい。それと、並行して学校関係の試運転も」

「試運転ですか。それはどちらで行うのですか?」

「レイヴン伯爵邸だ。ヴァルテール孤児院の子供たちに協力して貰えないか交渉する予定でな」


 アナスタシアの説明を引き継いでローランドがそう話すと、ジャックはスッと手を降ろした。

 そして真面目な顔になり、


「…………私共に何をお求めで?」

「トロッコ(仮)のための素材の仕入れをお願いしたいです。それと文房具類や教科書の手配、他に必要な物があればそれも。そして――――」


 アナスタシアは手のひらをロザリーとガースに向ける。


「その際の商談は、こちらからはロザリーさんとガースさんが担当します」

「えっ」


 突然話を振られ、ロザリーとガースが顔を上げる。

 ジャックは面白そうに口の端を上げた。


「ふむ、そう来ましたか。確かに、ただ甘いだけではないようですね。ですが私は厳しくいきますよ?」

「ええ。手加減無用でお願いします」


 しっかりと頷くアナスタシアに、ついにジャックが声を上げて笑い出した。

 隣に座るカレンも夫の様子に目を丸くしたあと、くすくす笑う。


「アッハッハッハ! ――――面白い! ええ、面白いですね、それは! しかし何故、私共に?」

「縁が出来た商人が、カスケード商会とロッド商会の二つだからです」

「良い縁とは限らないでしょう?」

「悪い縁とも限らないでしょう」


 ジャックの言葉にアナスタシアはそう返す。

 その答えが気に入ったのかジャックは機嫌よく頷く。


「ローランド監査官、これはあなたの発案ですか?」

「いいや、私は思いつきもしなかった。だが、とても興味がある」

「ええ、私もです。カレン、どうだい?」

「仕入れだけなら、失敗してもノーリスクだわ。でも、そうね。そこから一歩踏み込んで、恩を売るのも悪くない(、、、、、、、、、、)


 カレンは商人らしい面持ちで笑顔を浮かべそう答える。

 ジャックは満足そうに「そうですね」と言うと、


「本当は出資をお望みなのでは?」

「良くお分かりに」

「まぁ、エレインワース様の振舞いを伺えば、ね。今のお話から考えると、かなり資金が必要になるのではと思いまして」


 皮肉でもなくそう述べる。

 そうでしょう、と向けられた視線に、アナスタシアとローランドは表情を緩めた。

 

 ジャックの言う通り、一番大きな問題は資金だ。

 これがなければ何も始まらない。トロッコ(仮)の玩具サイズの試作品は、アナスタシアのやり方でなら作れる。

 けれど本物を作るとなると別だ。アナスタシアのやり方で作り出せば、実際の素材を使って作ったものよりも、どうしても劣化が早くなる。

 作りたいのは命を乗せるものだからこそ、中途半端な状態にするわけにはいかない。

 そしてそのためには元手が必要になる。


 出資を頼むならば、力のあるカスケード商会は有力候補だ。

 しかしいくら縁が出来ているとは言えど、利益が出るか見通しもつかない、信頼関係も築けていない現状で、カスケード商会に出資を頼むのは難しい。

 だからまずは仕入れから……と考えていたのだ。


「アナスタシア様。我々カスケード商会は、お世辞にも良い評判ばかりではありません。私達のやり方は法こそ守りますがグレーゾーンも含まれます。そんな商会と組もうものなら、良からぬ噂も立てられるでしょう。それでもあなたは、我々をお望みですか?」


 ジャックは真面目な顔に戻ると、アナスタシアにそう聞いた。

 視線が自分に集まるのを感じながら、アナスタシアは「望みます」としっかり頷く。


「確かに聞いた評判は良いものばかりではありませんでした。けれどあなたは仕事上での筋はしっかりと通す方です。あなたはロンドウィックの件から決して逃げたりはしなかった。誤魔化す事も、跳ねのける事もなかった。そしてマイナスの状態で、ロンドウィックの人達から信頼を勝ち取った。それはとてもすごい事だと私は思います」


 アナスタシアは真っすぐにジャックの目を見ながら言う。


「だから一緒にやってみたいと思いました。あなたなら遠慮せずに意見を言ってくれるでしょうし。私はそういう人と仕事がしたいです」

「……その誘い文句は初めてですねぇ」


 そう言うとジャックは立ち上がる。カレンもそれに続いた。

 そして二人は胸に手を当てると、


「トロッコ(仮)の件、カスケード商会がお受け致します」 


 そう言って恭しく頭を下げた。

 やった、とアナスタシアが表情を輝かせる。

 そんなアナスタシアにローランドは柔らかく微笑むのだった。

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