第五話 花火とはどんなものかしら?
翌日の朝。
今日は海都へ向かう日だ。
昨日に引き続き準備を整えている中で、一番早くそれを終えたのはアナスタシアだ。
今までの馬小屋暮らしで、一般的な貴族のご令嬢と違って、基本的に自分の事は自分で出来る――というかするのがアナスタシアである。
皆が忙しそうだからという理由でパパッと着替えてしまって、使用人に「今日なら私がお召替えのお手伝いが出来たのに……!」と悔しがられていた。
ショックを受けた使用人を見て、アナスタシアは何だか悪いことをした気持ちになったので「帰ってきたらお願いします」と言ったら喜ばれたのは、つい先ほどの事である。
そんな話をアナスタシアは、馬小屋の外でホロウとシズ、コシュタ・バワーとユニに向かって話していた。
彼らも彼らで出発の準備を整えている。しかし二人と二頭は全員が一緒に海都へ行くわけではなかった。
シズはアナスタシアの護衛なので一緒だが、ホロウ達は別行動になる。
彼らは北へ――ブランロックへお墓参りに行くのだ。
ちなみにユニにはお墓参りというよりは里帰りである。と言っても顔を見せてまた戻ってくる予定らしい。お別れではないと聞いてアナスタシアは大いに喜んだ。
さて、そんな話を海都行きが決まる前に聞いたアナスタシアは、当然ながら自分もと行きたがった。
しかし北の地は危険種も多い。何より寒くなるにつれて危険種や獣達も、少なくなる食料を求めて凶暴性が増すのだ。
そんな場所にアナスタシアを連れて行くのは危険だと、ホロウだけではなくローランド達にも反対されてしまった。
なので非常に残念だったのだが「向かうなら春に」との約束をしてくれたので、今回は渋々諦めたのだ。
「なるほど、海都か。それならばちょうど秋の祝祭ですなぁ。アナスタシア殿は、祝祭は知っておいでかな?」
首無し騎士は、見えない顎をさするように手を動かしてそう聞いた。
正式に雇われる事になったホロウの言葉遣いは、丁寧なものに変わっている。
何とも不思議な気分だが、今のホロウにとってアナスタシアは『主』なので、今までと同じ横柄な物言いは失礼だ、との事である。
シズは「割と今更な感じだけどねぇ」なんて苦笑していた。
「四つの季節の節目にあるお祭りですよね? 秋なら収穫祭も兼ねているんだよって馬の皆が教えてくれました」
「馬、博識過ぎない?」
「馬の皆はすごいんです」
『すごい』
自慢げに胸を張るアナスタシアと、合わせて頷くユニコーンのユニ。
その様子が面白かったのか、ホロウはくつくつと笑う。
「知っておられるなら話は早い。海都の祝祭は、他とは少し違うのです」
含んだようにそう言うホロウに、アナスタシアは目を輝かせて食いついた。
「どんな感じですかっ?」
「祝祭の夜、海へ向けてたくさんの花火を上げるのです。これがまた圧巻でしてなぁ」
『ええ、色とりどりで、とても美しいですよ』
「そうそう! 俺も昔一度だけ見た事あるんだけど、迫力があったなぁ」
ホロウ、コシュタ・バワー、シズがそれぞれ楽しそうにそう教えてくれる。
しかし花火と聞いてアナスタシアが「むむ」と真面目な顔になった。
「アナスタシアちゃん、急に難しい顔になったけど、どうしたの?」
『アナスタシア、悩み事?』
「いえ、馬の皆が花火は恐ろしいものだと話しておりまして。そうなると、海都の祝祭は一体どんなものなのか」
わなわなと手を震わせるアナスタシアに、首無し馬は『ああ』と理解した声を漏らす。
『フフ、確かにそうですね、主』
「はっはっは! 確かに馬からすれば、恐ろしいものかもしれませんなぁ。しかし安心して下され、アナスタシア殿。人間にとってはそれほど恐ろしいものではなく、むしろ美しいものですよ」
「美しい?」
『ええ、そうですとも。まるで魔法のように弾けて、夜空に大輪の花を咲かせるのです』
「うむ。吾輩達も間に合えば見たいものですなぁ」
どうやら花火とは綺麗なものらしい。
特に馬であるコシュタ・バワーもそう言うものだから、アナスタシアもだんだんと花火に対しての不信感が和らいできた。
むしろワクワクし始めた。
「ホロウさんは花火、好きですか?」
「ええ、好きですぞ。だから心配せずとも大丈夫。しっかり楽しんで来て下され、アナスタシア殿」
そう言うとホロウは、アナスタシアの頭を撫でた。
優しくて、大きな手だ。
(……お祖父様と良い関係だったら、こんな感じだったのかなぁ)
撫でられながらふと、アナスタシアはそう思った。
貴族の家族の普通がどういう物なのか、アナスタシアは今一つ分からない。
けれどもしホロウみたいだったら良いなぁと思った。
まぁ、無いものを想像しても仕方がない。スッパリしているアナスタシアは、浮かんだ想像を横に置いた。
そんな事よりも今は花火である。
「そう言えば、どうして海へ向かって花火を上げるんでしょう?」
『火災予防?』
「ふむ。確か始まりは、海からの危険種を防ぐために大砲を打ったから、というものでしたなぁ」
「海の?」
アナスタシアは目を瞬いた。
陸地だけではなく海にも危険種がいるとは知っていたが、それを防ぐために大砲を打つというのが今一つ繋がらなったからである。
「ええ。魔獣――危険種の性質によるのでしょうなぁ。海の危険種の多くは、海底で生息している物がほとんどでしてな。そういう連中は大きな音や強い光に弱い。だからこそ定期的に大砲を打ち上げて追い返していたのですよ。まぁ、危険種そのものを攻撃していたのかもしれませんが、それが変化して花火になったというわけですな」
「なるほど。綺麗なだけではなくて、大事なものなのですね」
「ええ、そうですとも。古くからある行事は、意味や歴史を辿っていくと面白いのですよ。今度、各地の話を教えて差し上げましょう」
「やったー!」
ホロウの言葉にアナスタシアは両手を挙げて喜ぶ。
ずっと屋敷にいたせいか、アナスタシアは外の話を聞くことが大好きだ。
嬉しそうなアナスタシアにつられて、ホロウも笑う。それから、
「しかし祝祭か……。あれが定期的に行われる前は、スタンピードが起きていたからなぁ。良く考えたものだ」
と、しみじみと言った。
「スタンピード?」
「危険種が大量に押し寄せてくる事だね。陸地だとその兆候が現れると騎士団が派遣されて対処するけど、海の底までは行けないからさ」
「なるほど……大変なんですね」
「事前に対処しているから、スタンピードが発生するのは稀だけどね。だから知らない人も多いんじゃないかなぁ」
シズの言葉に騎士団のお仕事も大変なのだなぁとアナスタシアが思っていると、だんだん屋敷の中から賑やかな声が聞こえ出した。
どうやらローランドやガース達の支度も整ったようだ。
「……さて、それでは吾輩達も出発しますかな」
そういうとホロウは立ち上がり、コシュタ・バワーの背に乗る。
アナスタシアはそれを見上げて、
「お気をつけて。皆様によろしくとお伝えください」
「ええ。アナスタシア殿もお気をつけて。シズ、しっかりお守りするのだぞ」
「はーい! って、ほんと何でオッサンが偉そうなんだろうなぁ」
慣れたやり取りで笑いあうと、ホロウとコシュタ・バワー、そしてユニは出発する。
アナスタシアとシズは手を振って彼らを見送った。




