第三話 性質の悪い詐欺師のような
晩秋のある日、レイヴン伯爵邸では、意外な人物を迎えていた。
不揃いに伸びた髪と無精ひげ、シンプルな白いシャツにズボン。領主の屋敷に客として迎えるには、少々悩む格好の男である。
アナスタシアはこの男に見覚えがあった。
「お久しぶりです、ガースさん」
「ええ、お久しぶりです、アナスタシア様」
簡単な挨拶を交わすと、お互いににこりと笑いあう。
そう、やって来たこの男の名前はガース・メイベル。
ロンドウィックで騒動を起こしたカスケード商会・商人の片割れだ。
あの騒動の後、ガースはしばらく領都の牢にて留置されていた。
ロンドウィックの人々に著しく損害を与えたことが主な理由だ。
アナスタシアが最後に見たガースは、肩を落として項垂れやつれた、大層悲壮な姿だった。
あれからひと月ほど経つが、久しぶりに見たガースは少々痩せてはいるものの、あの時よりは元気そうに見える。
そんなガースに対してアナスタシアは「元気そうで何よりです」くらいの気持ちだが、レイヴン伯爵邸の使用人達は少なからずピリピリしていた。
当事者のロザリーは微妙な顔をしているし、事情を知る使用人達も『アナスタシアをクロスボウで撃った』事に対して怒っている様子。顔に出さないだけでガースに向けられた視線だけはとても鋭かった。
とは言えガースを呼んだのは他でもないアナスタシアと、レイヴン伯爵領の領主代行をしているローランドである。
二人が客人として迎えたならば、思う所があったとしても、そう扱わなければならない。
それが使用人の誇りであり仕事だ。なので空気はピリピリしているものの、ガースはそれなりにもてなされた。
応接間に案内されたガースには、パンやスープ、サラダなどの食事が用意されてた。
理由はガースが腹ペコだからである。
時間は昼を過ぎている。なのでアナスタシア達の食事はすでに済んでいるのだが、ガースは違うようだ。
彼を牢から連れてきたライヤーの話によると、釈放の手続きを取っている間に、すっかり昼の時間を過ぎてしまったらしい。
ガースの様相と、ひもじそうに鳴る腹の虫を聞いて、さすがに若干哀れに思ったライヤーが、屋敷で事情を説明し、簡単な食事をという話になったのである。
簡単とは言え、作るのは腕の良い料理人達だ。
目の前に美味しそうな匂いを漂わせた食事が並ぶのを見るなり、それでも丁寧な礼をした後で、ガースは直ぐに手を伸ばした。
ガツガツ、
という言葉が相応しいくらい、勢いよく食べるガース。
それを見てアナスタシアとローランドは目を丸くした。
「ガースさん、あまり急いで食べると喉を詰まらせますよ。それにしても良い食べっぷりですね」
「ええ。久しぶりのまともな食事なので。しかも美味しいですし。いやぁ、牢屋の飯は豚の餌って言葉が身に染みて分かりましたよ」
「はて、豚の皆さんはもっと良い食事をしているみたいですよ」
「どこ情報ですか、それ?」
アナスタシアの言葉にガースは思わずと言った様子で半眼になる。そんな情報をスッと出してこられれば、聞き返したくもなるだろう。
ちなみにローランドやライヤー、シズを始めとしたガース以外の者達は揃って「馬」だろうなぁと思った。
まぁ、馬である。
「――――で、私を釈放させて、何が目的なんです?」
一通り食事を終えると、ガースはそう聞いてきた。
その疑問はもっともなものだ。
アナスタシアは一度ローランドを見上げる。彼から了承の意味を込めた頷きを受け取ると、アナスタシアは再びガースへ視線を戻した。
「実は海都レインリヒトへ向かう事になりまして」
「海都? ……ああ、もしかして。この時期ならば秋の祝祭の見学ですか? 海都の祝祭は、他とは派手さが違いますからねぇ」
「おー、そうなんですか?」
「あれ、違うんですか?」
これは良い話を聞いたと喜ぶアナスタシアに、ガースは不思議そうに目を瞬いた。
秋の祝祭とは、四つの季節の終わりに行われるお祭りの一つだ。収穫祭とも呼ばれるもので、星への季節の実りを感謝するためのお祝いである。
規模の大小はあれど各町で行われており、アナスタシアも祝祭の音楽だけは屋敷や馬小屋で聞いたことがあった。
連れて行って貰えなかったので実際に見た事はないが、祝祭の日は父がお土産によく、綺麗な花やお菓子を持って帰って来てくれたものだ。
思い出して少し懐かしくなっていると、
「祝祭でなければ、何の用事で?」
とガースが言った。
「カスケード商会と、ヘルマン町長に用があってな。先日、前々レイヴン伯爵が行っていたとされる『不正の証拠』を見つけてな。そこに海都の町長ヘルマンの名前が書いてあった」
ローランドがそう答えると、飄々としていたガースの表情が少し変化する。その目に探るような色が宿った。
「……へえ? それはそれは……そう言えばあの人、先代――じゃなかった、もう先々代領主でしたっけ? ベネディクト様の側近でしたよねぇ。まー、ヘルマン町長に関しちゃ、色々と噂は聞きますけれど」
「で、あるからこそ、直接調べに行く。不正行為を許す事は、真っ当に生きている者を否定する事だからな」
「そりゃご立派な事で」
やる気満々に言い放ったローランドに、ガースは若干毒気を抜かれたようで肩をすくめて見せた。
それから小さく息を吐き。
「ですがカスケード商会は関係ないですよ」
「ええ、カスケード商会は別件です。ロンドウィックの件で一度、きちんとした形でお話をすると約束をしたのですよ」
アナスタシアがそう答えると、ガースは少し安心したように表情を緩めた。
「なるほど。……で、私が呼ばれた理由は何なんです?」
「ジャックさんからの希望なんですよ。正確にはロザリーさんとガースさんの二人ですけれど。海都へ向かう際には、ロザリーさんとガースさんを一緒に連れてきて欲しい、と」
「会長から? ロザリーもですか?」
「ええ」
アナスタシアが頷くと、ガースはちらりとロザリーの方へ視線を向けた。目こそ合ったが何か言うでもなく、ロザリーは相変わらず微妙な表情のままである。
ガースもロザリーから答えを得られるとは思っていないようで、すぐにアナスタシアへ視線を戻した。
アナスタシアは軽く頷くと、膝の上に載せていた封筒から二枚の書類を取り出す。そしてそれを二人に見えるようにテーブルの上に置いた。
書類には『退職届』と記載されている。
「ジャック会長からこちらをお二人にと。ロザリーさんはうちで雇う際に連絡はしてありますが、改めて書面でも欲しいそうです。それから『直接提出に来るように』との事ですよ」
「……なるほど。出すなら解雇通知だけで良いのに、律儀な方だ」
「顔は合わせ辛いけれどね……」
ガースの言葉に、ロザリーがようやくそう言った。
二人とも若干青ざめているようにアナスタシアには見える。恐らく、どんな恐ろしい事を言われるのだろうかと想像しているのだろう。
しかしアナスタシアは「はて」と首を傾げた。
「顔を合わせ辛いからこそ、こういう機会を作ったのだと私は思いますけれど」
「え?」
「ほら、ロザリーさんは金銭という形で少しずつ返済してはいますけれど、それでも二人とも、一度もちゃんと謝っていないでしょう? いわゆるケジメって奴ですよ」
アナスタシアの言葉に、ロザリーとガースがハッとしたように息を呑んだ。
言われてみれば、という顔だ。
ガースは動揺を誤魔化す様に、やや慌てて、
「お、おたくのお嬢様、一体どこでそんな言葉覚えてくるんです?」
とローランドに聞いた。
ローランドは『馬だろうな』とは思った。
まぁ実際にこちらも馬であるが、さすがにそのまま答えるのもどうかと思ったので、
「まぁ、子供は周りを見て育つからな」
と答えた。
それを聞いたガースから残念なものを見る目で見られたシズやライヤーは、
(語弊があります、監査官!)
と思った。だが言葉にしない辺り、ローランドの意図は汲み取れているようだ。
そんな周りの心情など気づかないアナスタシアは、軽く両手を開いて、
「まぁそんなわけで、一緒に行きませんか?」
と、まるで散歩にでも誘うように言った。
ガースは一度目を伏せたあと、
「……お貴族様が平民の希望を叶えるとはね。そもそも決定事項でしょう? わざわざこちらに聞く必要はないでしょうに」
と、嫌味を含んでそう言った。
しかしアナスタシアは首を横に振る。
「いえ、希望を叶えるのは私達ではありませんよ?」
「え?」
「私達はガースさんを外へ出しただけです。行きたくなければ、残念ですが連れて行きません。無理やり連れて行って謝らせたところで、ジャックさんは納得しないでしょうし。ですので、ジャックさんの希望が叶うかどうかはロザリーさんとガースさん次第です」
「……おたくのお嬢様は詐欺師か何か?」
「君が言えた台詞か?」
ガースの言葉に、ローランドはフッと笑ってそう返す。
ストレートに詐欺師扱い――実際にそうだったが――されたガースは「うっ」と言葉に詰まった。
そうしているとロザリーがぐっと両手の拳を握って顔を上げる。
「お嬢様、あたしは行きます。かなり怖いですけど、でも、迷惑をかけたのはあたしです」
ロザリーがそう言うと、ガースが観念したように息を吐く。
「……私も行きますよ。逃げ続けるわけにはいきませんし」
「分かりました、では一緒に行きましょう。……さて、それでは。ここからはその先に話になるのですが」
それではと、次の話に移ったアナスタシアは、
「ガースさん、良かったらうちで働きませんか?」
と、にこりと笑ってそう言った。




