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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第三章 海都の悪役達
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第二話 それは必ず領地の力になる


「人を乗せて動かすとは?」


 アナスタシアの言葉に興味を惹かれたようで、ローランドがずいと身を乗り出して聞き返す。

 するとアナスタシアは人差し指をピンと立てて、


「つまるところ、馬車のトロッコ版です。あれを大勢を乗せて動かす乗り物に出来たら、色々と便利かなって」


 と答えた。ざっくりとした説明だったが、どういう物を想像しているかはローランドに上手く伝わったようだ。

 ローランドは何度か頷くと「ふむ?」と思案するように呟いて腕を組む。

 それから少し目を細めて、


「して、その心は?」


 と問いかけた。

 アナスタシアの思い付きのような発言に、どうやら何か裏や理由があると察してくれたようだ。

 さすがだなぁとアナスタシアは笑った。


「実は、その。各町に住んでいる孤児などの子供達が、気軽に領都に来る事が出来るようになったら良いなと思いまして」


 アナスタシアがそう話すと、ライヤーが少し首を傾げた。


「子供達が? えらく限定的だけど、どうしてだい?」

「領都に学びの場所を作りたいんです」


 アナスタシアの答えにローランドとライヤーが目を見張った。

 まるで想定していなかったという顔だ。

 それはそうだろう、アナスタシアだってまだ一言も相談していない。思いついた時だって、馬以外には誰にも話していない事だ。

 もう少し内容を具体的にしてからローランドに相談しようと思っていた話である。

 だが、まぁ、ちょうど良いので、ここで話してしまおうとアナスタシアは思った。


「以前にロッド商会のサイモンさんが『碌な教育を受けていないのが孤児だ』と仰っていたでしょう? そしてそれが世の中の当たり前だと」


 きっかけは、ロッド商会のサイモンの話だ。

 最初に会った時に、サイモンがそう言葉をぶつけた相手はシズだった。


 シズが孤児院出身である事は、アナスタシアも先日知ったばかりである。

 出会ってからもまだそんなに時間は経っていない。

 けれど、その短い時間であっても、アナスタシアにはシズがサイモンの言うような人間であるとは思えなかった。


 短い時間の中で、それが全てではなくても、アナスタシアはシズがどんな人なのかを知っている。そして彼の実家であるヴァルテール孤児院の子供達とも触れ合った。

 彼らは優しく、真っ直ぐで、とても気持ちの良い人達だった。

 そんな彼らを育てたのは院長であるカサンドラだ。カサンドラが真摯に向き合い、教え、育ててきたからこそ、シズ達の今があるのだ。

 それは決して碌な(、、)などと馬鹿にされるようなものではない。アナスタシアはそう思っている。

 

 けれど同時に、サイモンの言うように、世間が孤児へ向ける目が、そう(、、)なのだろうとも思う。

 その事に慣れているとシズは言った。

 アナスタシアはそれがとても嫌だと感じた。

 人から卑下される事、馬鹿にされる事――それは『慣れている』と受け入れて良い物なんかじゃない。

 だから。


「私はそれに違う(、、)と言いたいんです」


 アナスタシアは真っすぐにローランドとライヤーの目を見上げて言った。

 スミレ色の目に、二人はわずかに気圧され、息をのむ。


「……何故、領都に?」

「学べる場所は、本当は各町にあれば良いとは思います。でも各町に作れば費用がかかるし、何より()が届きません。領都なら少なくとも、全く見えないという事はありませんので」


 何があっても守れるようにと、アナスタシアは暗に言う。

 人間は危険種と同等であると考えるアナスタシアは、人間が他人に対してどれだけ残酷になれるかも知っている。

 だから見えない場所で何か起こるかもしれない、という懸念は持っていた。

 しかし領都ならばまだ(、、)自分の目が届く。言葉にはしなかったが、アナスタシアの考えは伝わったのだろう、理解したようにローランドは頷いた。


「なるほど、良く分かった。そういう形態にすると、どうやって通うかという部分がネックになるわけだな」

「そうなんです。具体的な人数は調べてみないと分かりませんが、馬車だと乗せられる人数に制限がありますし、何より台数の確保が厳しいと思います」

「うーん。それならば、王都にあるアカデミーや騎士学校のように、寮を併設したら良いんじゃないかな。別の意味で費用は掛かるけれど、移動は少なくて済むよ」


 ライヤーがそう提案すると、アナスタシアは少しだけ視線を彷徨わせる。

 彼の案はアナスタシアも一度は考えた。けれどそれには譲れない点が一つだけあったのだ。


「……その、できれば私は、よほどの理由や希望がなければ、親や家族と引き離したくないのです」


 せっかく提案してくれたのにと、少しだけ申し訳なさそうにアナスタシアは答えた。

 ライヤーが「あっ」と口を押さえる。


「ごめん、アナスタシアお嬢さん」

「あっいえいえ。これは私のエゴですゆえ。本当ならばライヤーさんの提案して下さった案の方が、前提条件としては簡単なんです」


 アナスタシアが気を使わせてしまったと、慌てて首を横に振る。

 本当はその方がずっと楽だとはアナスタシアにも分かる。

 けれどアナスタシアにとっては家族はなるべく一緒にいてほしい、という気持ちがあった。

 アナスタシア自身が歪な家族環境であった事もあり、余計にそう思ってしまうのだ。


 それから話題を変えるように、


「だからその代わりに、移動が速くて、たくさん乗せられるものを作りたい」


 と少しだけ早口でそう続けた。


「それで各町をレールで繋いでトロッコのようなものを、か」

「はい。位置的に難しい町もあるので、そこはこう、他の町を経由して……円みたいに繋げば無駄なく動かせるかなって」

「…………」


 ローランドは顎に手を当て、考え込むように目を閉じる。

 しばらくそうした後でローランドは目を開けて、


「それには各町の町長の協力が必要だな。費用はどうする?」


 と、次の話へ続けた。


「稼ぎます! ……と言いたいのですが、私の今までのやり方で作った物は売れません。ちゃんとした材量を手に入れる事から始めようと思います」

「待ちなさいアナスタシア。まさか君は、費用を自分で稼ぐ気だったのか?」

「はい。何といっても持ち合わせがないので。ゼロに何をかけてもゼロです!」


 アナスタシアが元気にそう答えるとローランドは苦笑する。


「そういう所は本当に君らしいが、それはさすがに時間がかかりすぎるな。……ちなみに実現した際の運賃に関しては無償で行うのか?」

「いえ、スチームジェムの確保の関係もありますし、人手もかかるので多少は。それに学ぶ場所に関しても、人を雇い施設を維持するにはお金がかかりますから」

「学び舎も有料と。……ふむ、それは経済状況によっては厳しいかもしれないな」

「そこでお金が厳しい人には、半日仕事をして貰おうと思っています」

「仕事?」


 ローランドが目を丸くする。

 アナスタシアはしっかり頷くと、手でポンと胸を叩いた。


「ええ、屋敷(うち)で雇うなど!」

「それはあまり賛同できないな」


 しかしローランドは首を横に振った。ライヤーも「うーん」と唸る。


「お嬢さんには申し訳ないけど、俺もそれには反対だ。領主の屋敷に不特定多数の人間をいれるのは、警備の面を考えても難しい」

「そうだな。今の状況では、それが許可できるのはヴァルテール孤児院の子供達くらいだろう。あそこはシズの目が届くし、信用も出来る」


 ライヤーの言葉に同意してローランドがそういうと、アナスタシアがにこーと笑顔を浮かべた。

 それを見て嫌な予感がしたローランドは「うっ」と少し引き気味になる。


「ヴァルテール孤児院の皆は良いのですね?」

「…………アナスタシア。言質を取ったみたいな顔をしていないか?」


 にこにこ笑うアナスタシアに、ローランドはこめかみを押さえた。ライヤーも「そう来たか」と苦笑している。

 アナスタシアは「フフ、いえいえ、そんな」などと、ゆるく否定しているが、本心はローランドの言った通りだ。


「勉強はきっと、その気があればできます。でも立ち振る舞いや実際の仕事は、体験してみなければ分かりません。私もそうでした。試行錯誤は発明の基本です。……もちろん、ヴァルテール孤児院からお断りがあれば、その件に関しては諦めます。だから、もし良いよと言っていただけたら……やってみても良いですか?」


 アナスタシアの言葉にローランドは若干苦い顔をして、しばし考える。

 方法は突拍子もないが、アナスタシアの考えは確かに理には適っているのだ。

 人は環境とやる気さえあれば、いかようにも成長できる。素質や向き不向きはあれど、それはその中で見つけていくものだ。

 良いか、悪いか。ローランドは考えて、


「……給料などは、どのくらいで考えている?」


 と、フッと表情を緩めて、そう聞いた。

 するとアナスタシアが目を大きく見開く。


「良いのですか?」

「学ぶ場所に関しては、遅かれ早かれ必要だろうと私も思う。子供の学ぶ時間は、必ず領地の力になる。方法や内容は、要検討だがな。それに……」


 ローランドは一度言葉を区切ると、


「トロッコの要領で各町を繋げるのは、私も大いに興味がある」


 と言ってニッと笑った。


「その前提であれば、トロッコの方も領地の事業として進められるだろう。課題は資金、協力、実績、試作品だ。――――やってみよう、アナスタシア」


 そう言ってローランドは手を差し出す。

 アナスタシアはそれを見て、嬉しそうに笑うと、


「はい!」


 と力強く頷いて、その手を握り返した。


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