エピローグ 失ってはならないもの
周囲を覆われていた氷がなくなると、外で奮闘してくれていた人達がわっと集まってきた。
皆、それぞれ安堵の表情を浮かべている。
中でもノエルは、
「良かった、良かったですううううう」
とボロボロ涙をこぼしていた。サイモンもだ。二人は泣きながら頭を下げている。
コシュタ・バワーから降りながら、アナスタシアはそれを見て「親子なんだなぁ」と思った。
「でも本当に良かった。アナスタシアお嬢さんとシズが中にいるというのは分かったけれど、外からだと音は聞こえるのに何も見えなかったから」
「おや、そうなんですか?」
「ああ。中で何があったんだ?」
ライヤーの言葉を引き継いで、ローランドはそう話す。その目は膝をついたままのホロウに向けられた。ホロウの傍にはコシュタ・バワーが寄り添っている。
どうやら青く輝く氷に覆われていたせいで中の様子は見えていなかったらしい。
それを聞いたアナスタシアとシズは顔を見合わせ、悪戯を思いついた子供のように、にこーと笑いあった。そして、
「何もありませんでした」
と一点張り。
さすがにローランドは「無理がある」と言ったが、何せこの場にいる誰も怪我なんてしていない。周囲が氷に覆われただけで、被害らしい被害は負っていないと二人は主張する。
どう見ても何かあったのかは明らかである。だが当事者の二人が笑顔で否定するものだから、ローランドは呆れたように深くため息を吐いた。
ホロウは困った様子で真実を話そうとしたが、アナスタシアがボソリと「煮るなり焼くなり」なんて言うものだから、ぐっと言葉に詰まっていた。やりとりを聞いたシズとコシュタ・バワーが噴き出して笑っていると、子供たちも混ざって良く分からないまでもきゃいきゃい楽しそうに笑いだす。
そんなこんなで『何もなかった』との話になった。
そしてそれは何もホロウだけに適用されたものではない。
ロッド商会の会長、サイモンもだ。
確かにサイモンは悪意ある言葉を口にした。だが込められた感情はともかくとして彼の話は事実でもある。
サイモンは自分だけが悪かったのだ、罰するのは自分だけをと訴えたが、
「何もなかったので、罰するも何もありませんよ」
とアナスタシアが言うものだから、大きく目を見開いていた。ノエルもだ。
そんな二人にアナスタシアは、
「でも、そうですね。何もなかったのは確かですけれど――もし何か気にされることがあったのなら。これから焼き芋パーティーとか、主催してみたらいかがでしょう?」
「や、焼き芋?」
「はい。アマイモとか、ジャガイモとかで。バターがあると最高だと思います」
「蒸かした奴じゃないけど、焼いた奴も美味いよね!」
アナスタシアの提案にシズが親指をぐっと立てる。
すると話を聞いていた孤児院の子供達が、
「焼き芋パーティー!」
「やったー! 焼き芋だー!」
「ナーシャお嬢さん、いいの? いいの!?」
「そこはサイモンさんの返答次第です。ところでナーシャお嬢さんって私のことですか?」
「そう!」
「あだ名呼びいただきました! やったー!」
アナスタシアはとても嬉しそうに両手を上げた。
すると周りの人達がどっと笑いだす。
「これはもう、やる流れでは?」
とライヤーが苦笑すると、ローランドも仕方がない、と言う様子で肩をすくめた。
「……費用はかかるが、どうだろうか?」
「はい。……はい! 直ぐに、直ぐに用意します!」
サイモンは服の袖で目をこすると、大通りに向けて走り出した。ノエルもアナスタシア達に深く頭を下げたあと「父さん、私も!」と父の背中を追いかけて行った。
◆
そうして騒動の後始末と焼き芋パーティーを終えた頃には夕方になっていた。
皆がそれぞれの家や宿泊場所へ帰るのを見送ったあと、アナスタシアはローランドと共に領都クロックボーゲンの中央にある時計塔へとやって来た。
理由はアナスタシアがローランドに「領主とは何ですか」と尋ねたことによる。
ローランドは少し考えたあと「ついて来なさい」と、ここへやって来たのだ。
シズとライヤー、そしてホロウとコシュタ・バワーも一緒に来たが、彼らは時計塔の下で待っている。
塔を上っているのはアナスタシアとローランドの二人だ。
「しかし、今回は肝が冷えた。目を離すと大事になっているのは一体どういうことなのか」
「はて。何もなかったので分かりませんが、そういう星の下なのでは?」
「星か。……そう言えば、あの騒ぎの中で、ロザリーがホロウと話していたな」
「ええ。穏やかに話を終えていて、良かったです」
そんな話をしながら、アナスタシアとローランドは階段を上る。
一段、また一段と上がるたびに、アナスタシアの視界から見える世界が夕焼けに染まっていく。
気が付けば駆けていた。
最後の一段を上り切った時、そこには橙色と金色を混ぜた世界が、扉を開くように広がった。
――――目の前で、シャボン玉が弾けた気がした。
一瞬、呼吸することを忘れるくらい、アナスタシアは目の前の世界に魅了された。
夕焼けに色づく領都は、とても美しく、輝いて見えた。
その中に人の姿が見える。表情はよくは分からないけれど、多くの人が領都を歩いていた。
「これが領主の守っていく場所の一部だ」
少し遅れて階段を上り切ったローランドは、アナスタシアに向かってそう言う。
「人が見えたか、アナスタシア」
「――――はい」
ローランドの言葉にアナスタシアは頷く。
少し声が震えた。
こんなにも大勢を、これ以上の大勢を、領主は守るのだ。
「人の営みを、覚えていなさい。人が生きているという事を、忘れないでいなさい。君が領主となっても、そうでなくとも、その事だけは失ってはならない」
ローランドはアナスタシアの隣に並ぶ。
夕日に染まる二人の影は、階段を下って伸びていく。
「はい!」
今度は力強く。
アナスタシアの声は、領都の空に高く、高く響いた。
第二章 END
これにて、第二章「領都の首無し騎士」は完結となります。
お読みいただき、ありがとうございました!
三章につきましては、またしばらくお時間をいただいた後、投稿していきたいと思います。
その際にはまたお付き合いいただけましたら嬉しいです。




