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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第一章 馬小屋暮らしのご令嬢
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第三話 齢は十歳で間違いはない


 伯爵家の大騒動から一夜明けた、これまたレイヴン伯爵邸。

 ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえる中、アナスタシアはクッションを抱え、客間にちょこんと座っていた。

 目の下には何やらクマが出来ている。見て分かる通り、よく眠れなかったのだ。

 別に騒動がどうとか、家族が捕えられたからとか、そういう事情ではなくて。

 単に馬小屋に慣れ過ぎたために、屋敷で眠ることに違和感を感じて、何度も何度も目が覚めてしまったのである。

 そうしてごろごろしていて、やがて朝になってしまった、というわけだ。


「だいぶ眠そうだけどお嬢ちゃん、大丈夫?」

「わりとー」

「あまり大丈夫そうじゃなさそうね……昨日、あんまり眠れなかった?」

「ええと、はい、その……部屋が違ったのでー」

「部屋……」


 昨日、アナスタシアを馬小屋から連れ出した騎士の片方――シズが向かい側のソファーに座って、そんなアナスタシアに心配そうに声をかける。

 その時に着ていた騎士鎧は脱いでおり、タートルネックのシャツにズボンとラフな格好になっていた。

 彼が何故ここにいるかと言うと、当面のアナスタシアの護衛である。

 昨日の一件で伯爵邸の騎士の全員が捕まり、その有様を見て恐怖した使用人のほとんども仕事を辞めてしまった。残っているのは古くから仕えてくれていて、今まで何とか我慢をしてくれていた者が数人。

 監査官のローランドの話では、アナスタシアの無事を嘆願してくれた使用人達に戻って来れないかという打診をしてくれているらしい。

 その事には、また会いたいなぁとアナスタシアは思っていたので、素直に嬉しいなと思っている。

 ただ、アナスタシア自身、今後どうなるのか分からないので、戻って来てくれたとしても使用人達の生活は大丈夫か不安ではあったが。


 レイヴン伯爵領と伯爵邸は、現状、国が差し押さえている状態にある。

 恐らく誰かしら、新しく領地を治める人が派遣されてくるのだろう。

 その時にどうなるかなぁとアナスタシアは考える。

 正直、自分は何もしてこなかった。そういう状況ではないと言われるかもしれないが、伯爵家の娘として、両親に苦言を呈する事もなく過ごしていた。

 領民が苦しんでいた時に、使用人が頑張っていた時に、馬小屋で好き勝手に生きてきた自覚がある。

 だから自分も同罪であるのだと子供ながらにアナスタシアは思っている。

 で、あるのに、自分は捕まったりしないし、食事まで貰えているので、有難いけど困ったなぁというのがアナスタシアの現状であった。


「ところでシズさん、シズさん」

「うん? 何かな、アナスタシアちゃん」

「私、物を作るのわりと得意なんです。例えば、強い風を起こす道具とか、畑を耕す道具とか」

「おおう唐突だね。うんうん、それで?」

「ええ、それでですね、何かこう、それが役立つような仕事場などありませんでしょうか?」


 アナスタシアがそう言うとシズは目を丸くする。


「えっなぜに?」

「これから働きたいと思っておりまして」

「………………えっと、もしかして、追い出されるとか思っている?」

「わりと」


 シズの言葉にアナスタシアは当然だろうというように、こくりと頷いた。

 するとシズは手で口を押え、わなわなと震える。


「そんなに……そんなに思いつめていたなんて……!」


 そして何やら勘違いしたらしく、バッと目を逸らし、感極まった様子を見せる。

 アナスタシアは特に思いつめてはいないのだが、シズにはそう聞こえてたらしい。

 シズはしばしそうした後、自分を落ち着かせながらアナスタシアの方へ顔を戻す。


「大丈夫、そんな事はさせないからっ! もしそうなったら、うちの騎士隊においでよ! 歓迎するよ!」


 そしてバッと両手を広げてそう言った時、客間のドアが開いた。

 入って来たのは監査官のローランドと、昨日シズと一緒にいた騎士のライヤーだ。

 二人はドアを開けたまま、何とも微妙な顔でシズを見ている。


「シズ……お前……。お嬢さん相手に、なにを良く分からん勧誘しているんだ」

「シズ。いくら騎士隊とはいえ、年端もいかない少女を男所帯に放り込もうというのは、流石にどうかと思うぞ」


 微妙どころか、やや非難めいた眼差しを向けられている。

 シズは大慌てで手を横に振った。


「ちっ違います! 違いますよ! アナスタシアちゃんが働きたいみたいなんで、それならって!」

「は?」


 シズの言葉にローランドとライヤーの目が点になる。

 ローランドは訝しんだ眼差しでシズを見た後、


「君は……働きたいのか?」


 と、アナスタシアに聞いた。

 アナスタシアはこくりと頷き、


「私には、今まで通りの暮らしをする権利や、必要性がありませんので」


 と答えた。結局のところ、アナスタシアは伯爵領を治めていたレイヴン伯爵の娘であるから、この屋敷で暮らし、相応の教育や待遇を受けていた。

 それが無くなった今、その必要はないとアナスタシアは言う。

 アナスタシアの言葉にローランドは難しい顔になった。


「君の今まで通りというと、馬小屋生活になるのだが……」

「大変、快適でございました」

「胸を張って言うことではないと思うが。だが確かに、君の言う事は一理あるが……」

「いやいやいや、一理もなにも。そもそもお嬢さんには、レイヴン伯爵側の血縁者だって残っているでしょう?」


 考えるように黙ってしまったローランドの代わりにライヤーが聞く。

 するとアナスタシアはあっけらかんと笑った。


「お父様側の親族は、平民の血を引く私を、引き取りたいと考えはしないでしょう?」

「は!?」


 アナスタシアがそう言うと、ライヤーはぎょっとした顔でローランドを見る。

 そんな事はない、と言いたかったのかもしれない。

 しかしライヤーの無言の問い掛けに、ローランドは苦い顔になって頷いた。

 とたんにシズが「ひでぇ!」と憤る。


「なんですか、それ! 自分の孫や姪っ子になるお嬢さんですよ!? そりゃあないでしょう!?」

「シズ。君が考えている以上に、貴族社会は“血筋”というものに誇りとこだわりを持っているんだ」


 ローランドは静かにそう言うと、アナスタシアへ目を向ける。


「言おうか言うまいか迷ったが、理解しているようなので伝えておく。君の処遇について、レイヴン伯爵の親族に話をしたところ、引き取るつもりはないと言われた」


 一度言葉を区切ると、ローランドは部屋の中へ入り、アナスタシアの方へと歩く。

 そしてソファーに座る彼女に近づく。


「引き取らないと言われてしまった以上、君を無理に預ければ良くない事になりかねない。だからと言って、このまま放りだす事はしたくない。何より、この屋敷の使用人や元使用人達から、私は君の事を頼まれている。だから今日はその話に来たのだが……」


 ローランドは腕を組み、少しだけ表情を緩ませた。


「私たちが来る前に、仕事の紹介を頼んでいるとは思わなかった。なんというか、すっぱりしているな、君は」

「馬と一緒に暮らしていましたので。案外、すっぱりしているんですよ、あの子達って」

「いや、アナスタシアちゃん。関係があるのかないのか分からないよ、それ……」


 シズが脱力した様子でそう言うと、ライヤーががしがしと頭をかいた。


「ローランド監査官」

「ああ」


 ローランドは頷くとその場にしゃがみ込み、アナスタシアの目線と合わせる。

 その目は小雨の降る空のような灰色をしていた。

 綺麗だなぁとアナスタシアは思う。


「この領地と屋敷は、しばらく私が管理する事となった。君の身柄についても一時的に私が預かる事になる。だが、あくまで一時的だ。国は、君がこの領地を治める事が出来るようになれば、そのまま任せてみようという話になっている」

「お言葉は有難いのですが、私には知識も経験もありません。なので領地経営は無理かと」

「君はやはり、すっぱりし過ぎでは?」


 アナスタシアがあっさりと「無理」と答えると、ローランドは眉間にしわを寄せ、こめかみを押さえた。

 しかし、事実である。アナスタシア自身、何となくだがそういうのは向いていないなぁという自覚があった。


「向いていない私が下手に手を出して引っかき回すより、経験と知識のある方に任せた方が良いと思います。その方が領民の皆さんの生活も潤いますし、使用人の皆さんも働きやすいでしょうから」

「…………」

「ですので、ご厚意に甘えさせていただけるなら、どこかで働きたいと考えています。シズさんからも有難いお話をいただけましたし、ご迷惑でなければぜひに」

「えっマジで! まかせて! 俺がんばって掛け合うから!」

「シズ、お前ちょっと黙っていような!」


 はいはいと元気に手を挙げるシズに、ライヤーが頭を抱える。

 そんな賑やかなやり取りの中で、ローランドはしばし黙って、アナスタシアの顔を見ていた。


「諦めが良いというか、正直と言うか。気持ちの面だけならば、領主として問題がないのだろうな」

「気持ちで人は救えませんね」 

「確かにそうだが、君はいくつだ」

「十歳です」


 半眼になったローランドに、物おじせずに言い切るアナスタシア。

 そんなアナスタシアにローランドはフッと苦笑する。


「本音を言えば『やってみます!』と言って欲しいところだったのだがな」

「有言不実行はちょっと……」

「君は本当にいくつだ」

「十歳です」


 同じやり取りを繰り返して、ローランドは立ち上がる。


「ひとまず形だけでも構わないので『やってみます』と答えなさい。基本的に領地経営は私が行うので、君はそれを見て学ぶだけでも良い」

「出来ない約束は、誰に対しても失礼にあたります」

「そうだとしても、このままだと君は本当に、外の世界へそのまま放り出されることになる。私は子供をそんな目に遭わせたくはない」


 ローランドは首を横に振り、アナスタシアの言葉を却下した。

 シズやライヤーも心配そうに二人のやり取りを見守っている。

 きっと彼らは優しい人達なんだろうなぁとアナスタシアは思った。

 彼らの優しさに甘えるのは抵抗があったが、その優しさを踏みにじるような真似もまたしたくはない。

 なので。


「私は領主にはなれないと思います。家族を諌めもしなかった私には、その資格もありません」


 アナスタシアはローランドの目を真っ直ぐに見上げる。


「けれど、そう言っていただけるならば、出来るだけやってみます。そして他に私に出来る仕事があるならば、そちらも探します。それでも大丈夫でしょうか?」

「ああ、構わない」


 アナスタシアの言葉にローランドはほっとした様子で表情を緩める。

 シズとライヤーは笑って、お互いの拳を軽く当てていた。


「ローランド様」

「様はいらない」

「ローランドさん?」

「ああ。しばらくよろしく頼む、アナスタシア嬢」


 そう言ってローランドはアナスタシアに手を差し出した。

 アナスタシアはにこりと笑うと、


「呼び捨てで結構です、ローランドさん。よろしくお願い致します」


 その手を握り、そう言った。 

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