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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第二章 領都の首無し騎士
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第十七話 言葉はなかなか難しい


「先日は、大変申し訳ございませんでした……!」


 領都の大通り付近の洒落た喫茶店。その外の席を借りて座るアナスタシア達に向かって、同じく椅子に座ったノエルは深々と頭を下げた。


「言い訳になってしまいますが……父はずっとレイヴン伯爵夫人様と懇意にさせて頂いておりまして、その……繋がりが切れそうになったことに焦っていたんです。それで、何とかしようと焦って、あんなことを言ってしまったのだと思います」


 恐縮しきった様子でそう謝るノエル。

 確かにあの時のサイモンはどこか必死な様子だった。しかし――あの言葉に至るまでの思考は、どちらかと言えば貴族が平民を見るようなものだ。根がどうであれ、その点に関してはアナスタシアはあまり好ましいとは思えなかった。


 ロッド商会が扱うのは宝飾品、しかもかなり値の張るものだ。平民というよりは貴族との取引が多かったのではないかとアナスタシアは考えた。だから、というわけではないが、多少なりとも貴族の目線が移ってしまった、とも考えられなくはない。


 しかし逆にノエルにはそういう点は今は見られなかった。なのでアナスタシアも特に悪い感情は抱いていない。それに覚えている限りでは、彼女はサイモンを止めようとしていたはずだ。

 なのでアナスタシアはノエルを安心させようと微笑んで、首を横に振る。


「いえ、私へと仰るならば、とくに何かあったわけでもありませんのでお気になさらず。謝罪を頂くならば、それはシズさん次第です」

「振っちゃうんだ!?」

「こういう話はキチンとしておかないと、後々遺恨を残しますゆえ」

「貴様、本当に十歳か……?」


 アナスタシアの物言いに、ホロウが訝しんだ様子でそう言った。

 冬の初めには十一歳になるが、まだまだ十歳で間違いはない。なのでアナスタシアは「十歳です」と慣れた様子で頷いた。

 シズはそのやり取りに笑ってから、真っ直ぐにノエルを見る。


「言われ慣れてるからね。それに、君が言ったわけじゃない。だからそんなに気にしなくても大丈夫だよ」


 優しく声をかけるシズに、ノエルは泣きそうな顔になって、もう一度頭を下げた。

 緊張は少し和らいだだろうか。

 アナスタシアはそう思いながら、少し空気を換えようと、


「そう言えばノエルさんも、装飾品を作られるのですね」


 と言った。ノエルは顔を上げると目を瞬く。


「は、はい。……その、まだまだ未熟なので、ご満足いただける物が作ることができなくて申し訳なく」

「そんなことはないと思いますが……十分、良い腕をお持ちだと思いますよ?」

「え? でも、先日お会いした時に……」


 どうやら贈り物を断った事を言っているようだ。

 ああ、あれかとアナスタシアは頷く。


「あれは単に、お支払い出来るお金がないのでお断りしただけですよ」

「え? え? お貴族様なのに……ですか?」

「レイヴン伯爵家のお金と、私個人のお金は別ですし。なのでありません。ゼロです」

『侘しい……』


 アナスタシアの言葉に、少し離れた位置にいたコシュタ・バワーがぽそりと呟いた。

 この首無し馬はいかに紳士といえど、やはり馬らしく言動に遠慮がない。


「ですので、受け取る、受け取らないはレイヴン伯爵家としてという形になります。ですが私はまだ社交の場に出る予定はないですし、そもそも過度の宝飾品は必要としておりません。なのでロッド商会と、エレインワース様の頃と同じようにお付き合いすることはできません。そういう意味で、対価が出せないのでお断りしたのです」

「…………」


 ノエルはポカンとした顔だ。

 あの時アナスタシア自身、きちんと説明したつもりでいたが、どうやら上手く伝わっていなかったらしい。

 会話とは難しいなぁとアナスタシアが思っていると、ノエルはおずおずと言った様子で、


「じゃ、じゃあ……私の作った装飾品は……?」

「先日も言いましたが、とても素晴らしいと思いました。特に天馬のブローチは素敵でした」

「アナスタシアちゃん、馬が好きだからねぇ」

「はい!」


 シズの言葉にアナスタシアは元気に頷いた。その様子にシズとホロウがくつくつ笑う。

 ノエルも――二人とは別の意味合いで笑顔を浮かべた。


「良かったぁ……」

「もしや、そちらもずっと気にされていたので?」

「…………はい」


 少し恥ずかしそうにノエルは頷いた。


「……私、実は、お貴族様向けの宝飾品って、あまり作った事がなかったんです」

「そうなんですか?」

「はい。どちらかと言うと、私達みたいな平民の女の子向けというか。その子達が気軽に買えるくらいの装飾品を作っているんです」

「え? でもロッド商会って、貴族向けの商品を扱っているんじゃないのかい?」

「父はそうです。でも私は、皆にもっと気軽に、お洒落を楽しんでもらいたい」


 話しながらノエルはぐっと両手の拳を握る。 


「だからいつか商会を出て、自分のお店を持ちたいんです」


 夢を語るノエルの瞳はきらきらを輝いている。

 熱量をもったその輝きは、眩くてとても好ましい。

 それはシズもホロウも、コシュタ・バワーも同様のようだ。

 三人と一匹――正確には二人だが――から向けられた優し気な視線に、ノエルはハッと気が付いて頬を赤らめる。


「……あ、え、えっと」

「もし開店なさった時には、ぜひご連絡をください。こっそりお邪魔します」

「アナスタシア様?」

「その時までにお金を稼いで、天馬のブローチを買いに行きますから」


 ぐっと両手の拳を握って決意するアナスタシアに、ノエルは目を大きく見開いたあと、すぐに嬉しそうな笑顔になった。


「――――はい! 必ず! 腕を磨いて、もっと良いものを作ります!」


 ノエルは力強くそう言った。

 直ぐにではないにせよ、きっといつか彼女は本当に、自分の店を開くだろう。

 ノエルの情熱に触れたアナスタシアはそう思った。


「……あ、ところでノエルさん。今更になりますが、領都にはまだいらっしゃったんですね。サイモンさんも?」

「はい、おります。幾つか商談をまとめてから商会の方へ戻るつもりでしたので」

「なるほど。先日頂いた品物ですが、エレインワース様のご実家へ送ることになります。その時にローランドさんがロッド商会についての話もして下さるそうです。なので良ければ、そちらと一度お話してみてはいかがでしょうかと、サイモンさんにお伝えください」

「あ、ありがとうございます! 父も喜ぶと思いますっ」


 アナスタシアの助言に、ノエルはバッと頭を下げた。

 そんなノエルを見ていたホロウが「そう言えば」と口を開いた。


「長々と引き留めてしまったが、其方、何か予定があったのではないか?」

「え? ……あ」


 ホロウの指摘に、ノエルはハッとして顔を上げ「まずい、父さん……」と呟いて手で口を押えた。

 どうやら何か予定があったらしい。これは悪い事をしたな、と思ったアナスタシアは、ホロウに顔を向ける。


「ホロウさん。申し訳ありませんが、ノエルさんを送って行っていただけませんか? こちらの事情で引き留めてしまいましたので、事情の説明も含めて」

「待って下さい、私、そんなことまでして頂くわけには……!」

「いえ、させてください。このことでノエルさんが怒られたら困りますから。ホロウさん、どうでしょう?」

「ふむ。それは構わんが、首無し騎士が突然現れたら驚くだろう? シズではいかんのか?」

「まー、屋敷で一度見てるだろうから、その辺りは大丈夫じゃない? 俺がついてくと、ちょっと問題が起こりそうだし」


 シズは指で頬をかいて苦笑する。

 その言葉にホロウも屋敷で聞いたやりとりを思い出したのだろう。なるほど、と呟いた。


「どのくらい時間がかかるか分からんが、その間、二人はここで待っているか?」

「このあと孤児院へ行く予定でしたので、そちらへ行っていようかと」

「承知した。では、コシュタ・バワーもアナスタシア殿についていてくれ」

「ああ、ホロウ。孤児院の場所は分かるよな?」

「もちろんだとも。……それでは、ノエル殿、行きますかな?」

「あっ、は、はい!」


 ホロウに促され、ノエルは立ち上がる。

 それから何度も何度も頭を下げて、ホロウとともに領都の街中へと歩いて行った。

 小さくなっていく背中を見ながらシズは小さく笑う。

 良い子だったね、と言うシズに、アナスタシアは笑顔で頷いた。


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