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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第二章 領都の首無し騎士
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第十三話 とても幸運な事


 その夜、アナスタシアは馬小屋にいた。

 ローランドの話を聞いてから、胸が妙にもやもやして、どこか落ち着かなかったからだ。

 馬小屋は自分のフィールドであると自負しているアナスタシアだが、その言葉通り、ここが一番、心が落ち着ける場所だった。

 ローランドの話を頭の中で繰り返し思い出しながら、アナスタシアは馬小屋に作った作業台の上で、カチャカチャと魔法仕掛けの道具を作っていた。


「お嬢様、お休みの支度が整いましたよ」


 そうしているとベッドの準備を整え終えたマーガレットに声をかけられた。

 以前までは藁で作ったベッドでアナスタシアは寝起きしていたのだが、さすがにそれは服装や髪を整える際に大変なのでと言われ、新たにベッドが搬入されたのである。

 アナスタシアからすれば藁でも問題なかったのだが、いざベッドで寝てみれば、これが意外と快適だった。安心できる場所でぐっすり眠れるなんて最高ではとローランドに言うと頭を抱えられたりはしたのだが。

 まぁ、そんな理由で、馬小屋の生活水準が一段階上昇したのである。


「あらあら、また何か作ってらっしゃるのですね。今度はどんな発明なのですか?」

「はい! 簡易式暖炉みたいなものです。と言っても、火を焚くものではないのですが」

「暖炉?」


 ひょいと手元をのぞき込まれたアナスタシアは、にこにこ笑ってそれを見せた。

 見た目は花の形をした淡い金色のガラスのようなものだ。これを暖炉と言われてマーガレットは不思議そうに首を傾げる。


「これを水の入った花瓶等に活けると、それを吸い上げて熱に変換し、部屋を暖める事ができる――ようになる予定です。暖炉ほどではないんですけどね。温かさの調整がまだうまくいかなくて」

「まあ。それは完成したら、これからの季節に便利でございますね。こちらで使われるのです?」

「あ、いえ。贈り物に出来たらなって。その、ヴァルテール孤児院に。シズさんにもお世話になっていますし、ホロウさんのことで騒がせてしまいましたし」

「まあ! それは素敵でございますね、お嬢様!」


 アナスタシアがそういうと、マーガレットが両手を合わせて笑顔になった。

 肯定されてアナスタシアは少しだけ照れくさくなる。

 先日、孤児院でカスケード商会の会長であるジャックや院長のカサンドラと話した後で思いついたものだ。

 ジャックは普通に生活する以外に必要なものは何かと問い、アナスタシアはそれに「暖を取れるもの」と答えた。

 カサンドラも生活していく分は問題ないとは言っていたがジャックが援助を申し出るくらいだ、誤魔化してはいても、やはり苦しい部分があるのだろう。

 なら、こういうのがあったら便利かなぁとアナスタシアは思ったのだ。


 アナスタシアに自由に出来るお金はない。けれど発明ならば素材含めて自分の持っているものであるし、今なら幸いにも建前だってある。

 お詫びでも良いし、お礼でも良い。何ならシズに贈って、その流れで持って行って貰っても良いだろう。

 もちろんローランドにも相談する予定ではあるが、許可を得てから作りだしたらより時間がかかってしまう可能性もある。なので先に作っておいて、どうしてもダメであったなら自分で利用すれば良いかと考えたのである。


――ここは領主のお膝元であるにも関わらず、見向きもされていませんでしたからね。


 そんな事を考えていたらジャックの言葉が脳裏に蘇った。

 あの時は言葉のままに受け取ったが、生活する事と、生きる事は違う。活力、気力――また明日もがんばろうと思える何か。そういうものが足りていないとジャックは言ったのではないだろうかと、ふと思った。


「マーガレットさん、領主って何でしょう」


 思わずそんな疑問が口をついて出た。

 ローランドからアーデン伯爵領の話を聞いたことも、その理由の一つだろう。

 自分の中でため込んだ疑問ともやもやが、零れるように言葉になった。


「お嬢様?」

「領地を、領民を守るのが領主だと、私は思っていました。でも領主にも色々な人がいて、色々な思惑があって。人間だって同じ考えの人はいないけれど、でも、それでも領主という根っこは同じだと思っていたんです。だから色々聞いて領主って何なのだろうなって。でも――それをローランドさんに聞いて良いものか分かりませんでした」

「ローランド様はちゃんと答えてくれると思いますよ」

「そうだと思います。ローランドさんは明確な答えをくれる。……でも、だから、何も考えていないままで聞いてはいけない気がして」


 アナスタシアは持っていた道具をテーブルの上に置いて、両の手のひらを広げる。

 自分の手なんて意識して見たことはあまりない。子供なので当たり前だが、でも小さいなぁとアナスタシアは思った。


「では、お嬢様はなぜ、このマーガレットめに?」

「マーガレットさんはお父様も、先代――お祖父様の事も見てきたでしょう? だから領主ってどういうものに見えていたのかと。差支えなければ聞かせて頂けませんか?」


 そう尋ねるとマーガレットは少しだけ目を大きく開いた。

 それから柔らかく微笑んで、アナスタシアの前に膝をつき、その顔を見上げる。


「……そうでございますね。領主様は、領主様となった時から領主様でございます。何を成したか、何を間違ったか、それは私が言えることではありませんが、レイモンド様と先代様は、領主としての考え方自体はそれぞれ違っておりましたよ」


 マーガレットは懐かしむように目を細める。


「そしてお嬢様も、お二人とは違います。お二人が領主様として成した仕事は参考になっても、領主としての領地や領民への寄り添い方はまったく違う形になるのでは、と思っております」

「寄り添い方? 違うんですか?」

「ええ。お嬢様はお二人よりもずっと、領民に――人間の近くに在ると私には見えます」

「え? でも、領主も人間でしょう? 領地に住む人間を守るから、人間が領主になるのでは?」


 マーガレットの言葉にアナスタシアは不思議そうに首を傾げる。

 するとマーガレットは本当に――心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「領民が自分と同じ人間であると、領主様が知ってらっしゃる事。それは領民にとって、とても幸運な事なのですよ、お嬢様」


 そしてマーガレットはしわがれた両手でアナスタシアの手を包む。例え無知から、貴族としての教育をまともに受けていないからこそ出た言葉だったとしても、アナスタシアの素直な言葉はマーガレットにとって喜ばしいものだったのだろう。

 幸運。

 手の温かさとその言葉がアナスタシアの中に、じんわりと染み渡る。

 領主がどんな存在であるのか、はっきりとした答えはまだアナスタシアの中には浮かばない。


(幸運だったと、思える領主)


 けれどマーガレットの言葉でアナスタシアは思った。

 少なくとも、幸運であったと、良かったと、そう領民が思える仕事が出来たなら。

 それは領主にとっても、幸運なことではないのかと。


 そう考えたら、ストン、とアナスタシアの胸の中に答えの欠片が落ちてきた。

 方向性のようなものかもしれない。

 幸運とは、希望だ。希望とは、生きるために必要なもののひとつだ。

 アナスタシアはテーブルの上に載せた作りかけの発明品を見る。生活するためではなく、生きるためにあったら良いのではと、アナスタシアが考えたもの。

 領主とは、そういうものなのかもしれない。


「ありがとうございます、マーガレットさん。とても参考になりました」

「お役に立てたようで何よりですわ。それよりもお嬢様、そろそろお休みの時間ですよ」

「え! ですが、あの、もうちょっとだけ」

「ダメです。明日はお客様が来るんでしょう? 目の下にクマを作るわけにはまいりません」


 有無を言わさぬ勢いでマーガレットはそういうと、アナスタシアをひょいと椅子から立ち上がらせ、ベッドの方へ背中を優しく押す。

 アナスタシアとしてはもう少し作業を続けたかったのだが、そう言われてしまえば仕方がない。

 押されるままにベッドの方へ向かう。そんなアナスタシアに、馬やユニ、コシュタ・バワーは優しい眼差しを向けていた。


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