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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第二章 領都の首無し騎士
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第八話 それは誰かの夢の中


 その晩、アナスタシアは夢を見た。

 何年も前、薄桃色の花が綺麗に咲いた春の――アナスタシアの母が亡くなった日の事だ。


 アナスタシアの母は『心結晶』という病で亡くなった。

 心臓が徐々に結晶化し死に至るという、魔力持ちならば誰でもかかる可能性のある病気である。

 だからこそ長年の研究で、その病に対する特効薬も作られていた。

 『心結晶』を患うと、涙に小さな結晶が混ざり出すという症状が出る。この頃に薬を飲み始めれば一か月ほどで完治する。大勢の研究者と医療関係者、そして患者の努力によって、そこまで漕ぎつけることが出来たのだ。


 しかし中には、内在する魔力の関係で、その薬が合わない者も存在する。

 アナスタシアの母オデッサがそうだった。

 薬で病の進行を遅くすることは出来ても、治すことは出来なかったのである。


 そして『心結晶』を患ってから、ちょうど一年後の春、オデッサは亡くなった。

 アナスタシアが七歳の時の事である。

 眠っているような穏やかな表情で、オデッサは旅立って行った。


 普段、滅多なことでは泣かないアナスタシアだったが、この時ばかりはボロボロと涙を流して泣いたのを覚えている。

 そしてアナスタシア以上に、半狂乱になりながら、縋って泣いていたのはアナスタシアの父レイモンドだった。

 いやだ、帰ってきてくれ。頼むから行かないでくれ、オデッサ。

 レイモンドはそう叫び――それを部屋の隅で第一夫人エレインワースや彼女の子供達は見ていた。

 その時、アナスタシアは悲しさでいっぱいで、彼女たちのことを考える余裕はなかった。けれどエレインワース達は何も言わず――ただ静かに見守っていたようにアナスタシアには感じられた。


 その日から目に見えてレイモンドはおかしくなっていった。

 表情は抜け落ち、うつろな目をし、誰が話しかけても覇気のない返事を返すばかり。

 アナスタシアも会話を試みたが変化はない。やがてレイモンドは仕事だと良く出かけるようになり、なかなか屋敷へ戻って来なくなった。


 悲しみが大きすぎたのだろうとアナスタシアは思う。

 屋敷にいること自体が、父にとっては母を思い出して苦しくて堪らなかったのだろう。


――――そして恐らく自分の存在も。


 アナスタシアは薄い金色の髪と菫色の瞳は父譲りだが、その容姿は母に似ている。

 だから父は否が応でも母を彷彿とさせるアナスタシアを見たくなかったのではないかろうか。そんな風にアナスタシアは思うようになった。

 大好きな母が亡くなり、父も帰ってこない。エレインワース達は家族の括りではあるが関係は良好ではない。

 いくら図太いアナスタシアだって、ぽつんと独りでいれば、さみしいという感情が振り切れることはある。そんな時に優しくしてくれたのは屋敷の使用人と馬達だった。

 だからアナスタシアはちゃんと立っていられたのだ。


 それから、少し経った頃。

 アナスタシアがまだ馬小屋に暮らす前、屋敷の裏手にある母の墓に花を供えようと向かっていた時、廊下でエレインワースと出会った。

 エレインワースは相変わらず冷たい目でアナスタシアを見下ろす。

 今度は何を言われるのだろうとアナスタシアが思っていると、エレインワースはおもむろに、花を一輪差し出してきた。

 母の好きだった白い花だ。


 エレインワースは何も言わなかった。

 彼女なりの母への手向けだったのかもしれない。

 後にも先にも、アナスタシアがエレインワースから何かを受け取ったのはそれだけだ。

 けれど、きっと複雑な気持ちがたくさん込められたその花の白さは、とても印象的で綺麗だった。


(そう言えば、花は時々、供えてあったっけ)


 結局あの花は誰が供えてくれたものかは分からない。

 けれどたぶん、あれはエレインワースだったのだろう。


(……今、どうしているかな)


 屋敷から連れて行かれたエレインワースと子供達は。

 アナスタシアがそんなことを考えていると、不意に周囲の風景が、ぐにゃり、と歪んだ。


――――どうして。


 そして同時に、背後からそんな声が聞こえてくる。

 掠れた男性の声だ。反射的に声の方へ振り返れば、そこには森の中で、視線の先には真っ赤に燃えている村があった。


(ここは……)


 身に覚えのない風景だ。

 ロンドウィックとも、領都とも違う。夢とは記憶の引き出しであると聞いたことがあるが、アナスタシアはこんな場所へ来たことがない。

 しかもどう見ても非常事態だ。夢であるとは分かっているが、それでも何かせねばと焦燥感に駆られる。


――――吾輩は、何を間違えたのだ。


 何かできないかと辺りを見回すアナスタシアの耳に再び、先ほど聞いた男性の声が届いた。

 目で探すと、村の中に全身を銀の鎧で包んだ騎士が膝をついているのが見えた。

 背中越しに見る騎士は、誰かをその腕に抱いているが、その誰かはだらりと両手を投げ出している。血で汚れた衣服を見るからに、無事であるとは思えなかった。


――――吾輩は、守りたかっただけなのに。


 アナスタシアの耳に届く声は、嗚咽の混じった酷く悲しい声だ。


(まだ。まだ、やる事があります。やらなければならない事があります。人を探しましょう、火を消しましょう。守りたいものを見落とさないように)


 そう言おうとしたが、言葉にならなかった。何かに口を塞がれているような、そんな不快感を感じてアナスタシアは首に手を当てる。

 声が出なければ仕方がない。体は動く、それならば、黙っていたってやる事がある。

 アナスタシアは駆け寄ると、騎士の肩を叩いた。びくり、とその方が跳ねる。

 騎士はアナスタシアの方を見上げ、驚きに目を見開いた。


――――なぜ、ここに。


 困惑と、驚愕。二つの感情が込められた言葉と視線を受けた時。

 どこからか馬が鳴く声が聞こえ、視界が一瞬で白に染まった。


 ◆


「――――お嬢様ッ!」


 必死で呼びかけるロザリーの声に、アナスタシアはハッとして目を開いた。

 心臓がドクドクと波打っている。

 霞む視界がクリアになると、目の前に屋敷にある自室の天井が見えた。

 アナスタシアがひょいと視線を横にずらすと、そこには心配そうな表情のロザリーがいた。


「……ロザリーさん?」

「ああ、良かった……! うなされた声が聞こえたから、心配して……」


 そういうと、ロザリーは冷たいタオルでアナスタシアの額や顔を拭いてくれる。

 ひんやりとしていてとても気持ちが良い。

 アナスタシアはその心地よさに浸りながら、ぽつり、と呟く。


「……夢を見ました」

「夢? まさか……」

「ああ、いえ。悪夢は――――見たような気もしますが、半分は違いました」

「半分?」


 首を傾げるロザリーに、アナスタシアは夢の内容を話した。

 昔の夢と、まったく見た事がない夢。

 アナスタシアの話を静かに聞いていたロザリーは少し考えたあと「術者の夢とつながったのかもしれません」と言った。


「夢がつながる?」

「ええ。呪術で使う魔法陣って、魔力で描くものが多いんです。お嬢様の頬のこれもそうですね。だから効果自体は無効化されていても、魔法陣があるなら魔力は残っている。この呪術はもともと夢を見せるものですから、残った魔力を通じて術者が見ている夢を垣間見たのかも」

「そうなるとホロウさんのですかね」

「たぶん」


 ロザリーはこくりと頷いた。

 そう言えば、夢で見たあの騎士が纏っていた鎧は、確かにホロウのものと良く似ていた気がする。

 もっとも夢の騎士は頭もあったけれど――よくよく思い出してみればホロウの声だった気もする。

 燃え盛る森の中で。

 酷く悲痛な叫びを上げて。


「…………」

「……あ! そうだ、お嬢様! 今の時間、料理長のハンスさんがまだ起きて、料理の仕込みしているんですよ」


 アナスタシアが言葉に詰まっていると、ロザリーが明るい声を出し、ポンと両手を叩いた。


「ハンスさんが?」

「ええ! ですからあたし、厨房に行って、こっそり何か貰いに行ってきます。甘いものと、温かいミルクを飲めば、きっとぐっすり眠れますよ!」


 ロザリーはそう言って微笑んだ。アナスタシアの事を気遣っての言葉だろう。

 その優しさが嬉しくて、温かくてアナスタシアもつられて笑う。


「美味しそうですね。お願いできますか?」

「はい、すぐに戻りますね!」


 ロザリーはぐっと両手で拳を作ると立ち上がり、ぱたぱたと走っていった。

 マーガレットに見つかれば「走らない」と注意されそうだが、その時はフォローしよう。

 ロザリーの背中を見ながらアナスタシアはそう思った。


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