第七話 とりあえず倒せば良いのでは?
あの後直ぐに、アナスタシアとシズ、そしてユニは屋敷へと戻った。
顔には変な魔法陣をつけられてたし、服もトマトで汚れている。さすがにこの状態でウロウロするのはまずいだろう、とのシズの判断だった。
それに何よりも早急にローランドに報告をしなければならない案件である。
外壁の件、ジャック・カスケードの件、首無し騎士の件――この短い時間に色々あったなぁと思いながら屋敷へ入ると、ちょうどロザリーが歩いているところだった。
手には掃除用具を持っている。どうやら屋敷の清掃をしていたようだ。
「ロザリーさん、ただいま戻りました」
「ただいまー」
「あっお帰りなさいませ、お嬢……さ……ま」
アナスタシアとシズは普段通りに挨拶をする。
ロザリーは二人の声に笑顔で振り返り、
「ぎゃー! お嬢様ーッ!」
そして叫んだ。なかなかの声量である。
さすがのアナスタシアもこれには笑顔のまま、びくっと体を震わせた。
それほどの大声だ。おおよそ屋敷中に聞こえたのではないかという叫び声に、屋敷の使用人たちが「何だ何だ」とわらわら集まってくる。
そしてロザリーと同じように叫んだ。
「うっわー!? どうしたんです、お嬢様その顔! 何かちょっと格好良いですけれども!」
「いやぁ少々事情がありまして」
「シズさんもついていながら一体何が……って何でお揃いなんです!?」
「いや、まぁ、お揃いはお揃いなんだけども」
使用人たちの勢いに、たじたじになりながら答えていると、騒ぎを聞きつけてライヤーが顔を覗かせる。
「おーい、何かすごい声が聞こえたんだが」
「あっライヤー隊長! 良いところに!」
「良いところ? って、おい、どうしたんだ、その恰好!」
ひょいひょいと近づいてきたライヤーは、アナスタシアとシズの頬の魔法陣と装いに、ぎょっと顔を引きつらせる。
シズが掻い摘んで事情を説明すると、ライヤーは難しい顔になった。
「……大体の事情は分かった。体の方は問題ないのか?」
「ええ。最初にちょっとくらっとしましたけれど、今は全然」
「そうか。しかしその顔の……」
ライヤーは目を細め、二人の頬を見る。やはり魔法陣が気になるようだ。
「監査官には俺から説明しておく。アナスタシアお嬢さんとシズは、先に着替えてきた方が良いだろう」
「そうですね。このままですと、椅子やソファーを汚してしまいそうですし」
アナスタシアが頷くと、ライヤーは「そこじゃないよ」と苦笑した。ライヤーの言葉に使用人たちも「うんうん」と大きく頷いている。
そこではないらしい。
良く分からずにいると「そんなことより」と、ロザリーを始めとした使用人たちに担がれて、アナスタシアはあれよあれよという間に風呂に入れられた。
うちの屋敷の皆は手際が良くてすごいなぁ。そんな風に思いながら、アナスタシアは湯船につかって、ふわーと息を吐いた。
◆
風呂から出て、装いを整えたアナスタシアはロザリーと共に一階の広間へとやって来た。
そこにはローランドとライヤー、着替えを済ませたシズがアナスタシアを座って待っていた。開かれた窓からはユニも顔を覗かせている。
アナスタシアが「お待たせしました」と言ってソファーに座ると、ローランドは「いや、大丈夫だ」と軽く頷いた。
「ライヤーから話は聞いたが、首無し騎士に会ったそうだな」
「はい。名前はホロウ・デュラハンさん。馬はコシュタ・バワーさんという名前だそうです。本人は妖精騎士だと仰っていましたが」
「妖精騎士か」
ローランドは顎に手を当てた。
「妖精騎士とは『死を予言する者』と呼ばれている伝説上の存在だ。悪事を働く者の前に現れ、その命を刈り取ると言われているが……いささかイメージと違うな」
「アナスタシアお嬢さんもシズも悪事を働いたりはしませんからね」
「ああ。それにトマト……」
ローランドはアナスタシアの頬の魔法陣を見て、こめかみを押える。
「アナスタシア、最初に眩暈を感じた以外に、体に異常はないんだな?」
「はい、健康です。今ならバク転も出来そうです」
「しなくてよろしい」
ローランドが半眼になってそういうと、アナスタシアは「残念」と肩をすくめてみせた。
「まぁそれは良いとして。先にシズの魔法陣を調べたのだが、そのトマトに何らかの魔法がかかっていたのは確かだろう。恐らく悪意ある、な」
「悪意……」
「だが、それが幸いしてか、ユニの祝福が効果を発揮したようだ」
ローランドの言葉にアナスタシアはユニの方へ顔を向けた。
頭に、ロンドウィックの一件が浮かぶ。ユニから助けたお礼だと貰った祝福。
あの時、ユニは自分の祝福が「悪いものから身を守る力」であると教えてくれた。
その祝福がアナスタシアとシズを守ってくれたのだ。ふわりと胸が温かくなって、
「ありがとうございます、ユニちゃん」
と礼を言うと、ユニは首を振り、
『ううん。迷惑、かけた』
と、申し訳なさそうに言った。心なしか落ち込んでいるようにも見える。
そんなユニに気遣う眼差しを向けつつ、ライヤーは「ところで」と聞く。
「ユニはその首無し騎士と首無し馬、知り合いだったのかい?」
『故郷で、会った。コシュタ・バワーはしつこいし迷惑だけど、話は聞く。でもホロウはこちらの話を聞かない』
「それはまた……」
「それでもユニちゃんを助けに来るくらいですから、人は良いのかもしれませんね」
「だが、やっていることは問題だ」
ローランドは腕を組み、小さく息を吐いた。
そうして話していると、アナスタシアの後ろで黙って立っていたロザリーが、
「あたしのせいです。申し訳ありません……」
と頭を下げた。ロザリーもすでに事情を聞いていたのだろう、青ざめた顔をしていた。
そんなロザリーやユニにアナスタシアは、
「ユニちゃんが許しているんですから、このことでロザリーさんが落ち込む必要はありませんよ。ユニちゃんも、あなたのせいではありませんから、お気になさらず」
と、安心させるようににこりと笑いかける。
「それに、ほら。おかげで魔法自体は無効化されているんですから、大丈夫ですよ。……あ、ちなみにどんな魔法なんでしょう?」
「ああ。これは呪術に近いものだ。ロザリー」
「えっと、悪夢を見せる類のものです。内容としては人の罪悪感を呼び起こすタイプのものですね」
悪夢や罪悪感と聞いて、アナスタシアはホロウの言葉を思い出す。
――――三日後。同じ時間、この場所で待つ。それまでにせいぜい、己が罪を悔いると良い。
確か、そう言っていたはずだ。あれはそういう意味だったのだろうか。
自分にとっての罪悪感とは何だろうとアナスタシアが考えていると、それまで黙っていたシズがバッと頭を下げた。
「俺のミスです。護衛でありながら、危険にさらしてしまいました」
「大丈夫ですよシズさん。要は倒せば良いんです」
「待てアナスタシア。その言い方だと……」
「おまかせあれ、屠ります! 決闘まで三日もありますし、良い感じの道具を作ります!」
「こうなるから嫌だった」
恐らく『決闘』云々を聞いたあたりから予想していたのだろう、ローランドは頭を抱えた。
アナスタシアは明るく笑うと、ピン、と人差し指を立てる。
「でも場所が場所なので、広範囲に被害が及ぶのは避けます」
「……そこは考慮しているようで何よりだ」
「褒められました!」
アナスタシアが元気に喜ぶと、ローランドとライヤーは苦笑する。
シズやロザリー、ユニもアナスタシアの様子に少しだけ強張った表情が緩んだようだ。
「首無し騎士が領都に出没する理由が分かった。他に被害がないのならば、ひとまずは、三日後の決闘を何とかするしかあるまい。シズ、やれるか?」
「はっ! 必ず打倒します!」
ローランドに訊かれたシズは、胸を叩いて力強く頷く。
すると触発されたのか、アナスタシアも「私も! 私も屠ります!」と手を挙げる。
目を輝かせるアナスタシアに、ローランドは再び「こうなるから嫌だった」と呟き、天を仰いだ。




