第六話 街でウワサの首無し騎士
何事だとアナスタシア達が孤児院の外へ飛び出すと、庭先に首無し馬に跨った首の無い騎士が立っていた。
全身を覆う銀の鎧と、銀の鞍が陽射しに照らされ鈍く光っている。
先ほどまで畑の作物と花壇の花がそよそよと、風に揺られていたそこの長閑さとは正反対の風体だ。
そんな首無し騎士の前では、子供たちを庇うように立つユニが、警戒するように蹄を鳴らしていた。
――――銀色の鎧に全身を包んだ大柄な騎士、とのことだ。ああ、確か首無しの馬に乗っている、という話もあったな。
アナスタシアの脳裏にローランドの言葉が蘇る。
装いに馬、まさしく聞いた通りの姿に、これがウワサの首無し騎士かとアナスタシアは納得する。
しかし彼はなぜ、こうも怒っているのだろうか。しかも悪党どもなどと言っている。
孤児院に向かって「出てこい」と叫ぶからには、対象はアナスタシアたちなのだろう。
伯爵家のことに対して憤っているならば別だが、個人としてはアナスタシア身に覚えはない。
(とは言え、無自覚に何かしてしまっている可能性も)
アナスタシアが記憶を辿っていると、首無し騎士とユニの会話が聞こえてきた。
「おのれ、悪党共、何と非道な真似を……。お嬢さん、ご安心ください。この吾輩とコシュタ・バワーが助けに来たからにはもう安全ですぞ」
『いらない。迷惑』
「そのように吾輩たちの身を案じて下さるとは!」
『していない。迷惑』
……何やら会話がズレているような。
首無し騎士とユニの会話を聞いてアナスタシアは首を傾げた。
どうやらあの首無し騎士は馬と会話――通じてはいないが――ができるらしい。
アナスタシアには話の流れが良く分からなかったが、ユニが困っていることだけは理解した。
なので。
「ユニちゃん!」
ユニに向かってアナスタシアが呼びかける。
するとユニと子供達はバッとこちらを向いて、すぐに駆け寄ってきた。
『アナスタシア、シズ』
「ご無事ですか、皆さん」
『平気。怪我はない』
「大丈夫ー!」
「よっしオーケー。あとは兄ちゃんに任せとけ。ユニちゃん、守ってくれてありがとね」
シズはユニに礼を言うと、剣の柄に手を当てて、全員の前に出る。相手を見据える緑色の目が、警戒の色を強めて細まった。
「おい、そこのオッサン! 子供らが怖がってるだろ、いきなり何だよ」
「む?」
呼びかけられ、首無し騎士がシズとアナスタシアに気が付く。
すると途端に、ぶわり、と怒気を露わにした。
「現れたな、悪党どもッ! ユニコーンのお嬢さんと、幼い子供たちを人質に取るとは何と卑怯な!」
「人質に取ったわけではありませんよ」
「よくもまぁ、堂々と嘘を吐けるものだ!」
「いえ、嘘ではなく」
首無し騎士の言葉の一つ一つをアナスタシアは訂正したが、相手は聞く耳を持たない。
どうしたものか、とアナスタシアが頬に手を当てて考えていると、
「あんた、何者だ?」
とシズが尋ねた。すると首無し騎士は「フン」と鼻――を鳴らしたような動作をして、ガントレットに覆われた拳でその胸をガンッと叩く。
「吾輩はホロウ・デュラハンと申す! そして此れは我が相棒のコシュタ・バワー!」
「これはご丁寧に。アナスタシア・レイヴンと申します。こちらは騎士のシズさんです」
「ほう、礼節は弁えておるようだな!」
とりあえず名乗りを返すと、僅かに感心した口ぶりでホロウと名乗った男は言った。
シズは半眼で「何でこんなに偉そうなの?」と呟いた。
「で、何が目的なんだ?」
「知れたこと! 我が相棒コシュタ・バワーの想い馬が、悪漢により北の地より攫われたと知り、助けに来たのだ!」
ホロウはびしり、とアナスタシアとシズを指さす。
二人は揃って「攫われた?」と目を丸くする。
何だか聞いたことのある話である。アナスタシアの脳裏にロザリーとガースの顔が浮かんだ。
「アレですかねぇ」
「アレだよねぇ」
アナスタシアとシズがお互いに目を見合わせると、ホロウは「それ見たことか!」と怒鳴る。
覚えはあるが本人ではないことを、聞く気のないホロウにどうやって説明したものか――アナスタシアが「ううむ」と唸っていると、ユニが不快そうに目を細め、
『人違い。迷惑』
と言った。本当に迷惑そうな声色だったので、相当うんざりしているのが伺える。
しかし――。
「庇わなくとも良いのだぞ、お嬢さん。人間の男と女の二人組、まさにそこにいる者たちでござろう。……そうか! 脅されているのか! 重ね重ね卑怯な!」
ホロウにはまったく以ってユニの心情など通じていなかった。
怒りのボルテージが上がっていく様子に、これはまずいな、とアナスタシアが宥めにかかる。
「性別としては合っておりますが、内容と事情が拗れております。ですので一度落ち着いてお話を……」
「黙れ、悪党の虚言など誰が信じるものかッ! 貴様らのせいで彼女は家族と引き離され、故郷から遠く、このような遠くまで連れて来られて。――――どれほどに、どれほどに辛かったか……」
最後だけ、怒鳴るのとは少し違う声色だった。
まるで自分の記憶を吐露しているかのようなどこか悲痛な声に、アナスタシアは「え?」と違和感を感じる。
今のは何だったのか――問いかけようとした時、
「――――許せぬ!」
と、ホロウは怒鳴り、アナスタシアとシズに向かって何かを投げつけた。
赤く、艶やかな丸い物。
それが何かを判断するより早く、シズが抜刀し、振りぬいた――――のだが。
「うわ!?」
「わあ」
その投げられたものは、
ぐいん、
と空中で実に不自然な動きをし、シズの剣を避けた。
そしてアナスタシアとシズの顔面に勢いよくぶつかった。
途端に、べしゃり、とそれは潰れるように弾けた。
「……トマト?」
ごしごしと顔を拭いて見れば、それはトマトだった。
「アナスタシアちゃん、大丈夫!? 怪我は!?」
「はい、大丈夫です」
「ごめん、俺が庇えなかった」
「いえ、あの軌道は厳しいかと。たぶん魔法ですかね」
脈絡のないホロウの行動に、頭に疑問符を浮かべるアナスタシアとシズ。
そんな二人に向かって、ホロウは背負った槍をぐるりと一回転させると、その切っ先を突き付けた。
「決闘だ! 勝てば彼女を解放せよ!」
「……決闘?」
怪訝そうにシズが聞き返す。
「決闘とは穏やかではありませんが、なぜトマト?」
「我ら妖精騎士の決闘のしきたりだ! 本来は血を浴びせるのだが、こういった場でそれは良くないだろう? 前に捕まりかけたのだ!」
「なるほど」
「納得するところじゃないよ、アナスタシアちゃん……――――っ」
思わずツッコミを入れたシズだったが、突然、頭を押さえて膝をついた。
少し遅れてアナスタシアも強い眩暈を感じて座り込む。
ぐらぐらと回る視界。
その次の瞬間、アナスタシアとシズの体の周りで、光の粒がぱちぱちと弾けだした。
すると、すう、と眩暈が収まる。
「今のは……」
「――――三日後。同じ時間、この場所で待つ。それまでにせいぜい、己が罪を悔いると良い」
困惑するアナスタシアとシズをよそに、ホロウはそう告げると、コシュタ・バワーとともにその場からフッと姿を消した。
「消えた? ……やっぱりアンデッド関係なのか?」
「ふむ。ご自分では妖精騎士がどうのと仰っていましたが」
アナスタシアとシズがよろよろと立ち上がると、カサンドラが駆け寄ってくる。
「あんたたち、平気かい!? ……その顔!」
「顔?」
ぎょっとした様子で言われ、アナスタシアとシズ、顔を見合わせる。
するとお互いの左頬のあたりに、うっすらと光る魔法陣が刻まれていた。
手で触れてみたが凸凹はなく、普通に肌の感覚である。先ほどのトマトの軌道と良い、これも魔法絡みなのだろう。
「ローランドさんに怒られる」
「ライヤー隊長にどやされる」
「あんたたち、心配するところはそこじゃないだろう?」
何よりもまず浮かんできたことを言葉にすると、カサンドラが呆れた様子で息を吐いた。




