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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第二章 領都の首無し騎士
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第六話 街でウワサの首無し騎士


 何事だとアナスタシア達が孤児院の外へ飛び出すと、庭先に首無し馬に跨った首の無い騎士が立っていた。

 全身を覆う銀の鎧(シルバープレート)と、銀の鞍が陽射しに照らされ鈍く光っている。

 先ほどまで畑の作物と花壇の花がそよそよと、風に揺られていたそこの長閑さとは正反対の風体だ。

 そんな首無し騎士の前では、子供たちを庇うように立つユニが、警戒するように蹄を鳴らしていた。


――――銀色の鎧に全身を包んだ大柄な騎士、とのことだ。ああ、確か首無しの馬に乗っている、という話もあったな。


 アナスタシアの脳裏にローランドの言葉が蘇る。

 装いに馬、まさしく聞いた通りの姿に、これがウワサの首無し騎士かとアナスタシアは納得する。


 しかし彼はなぜ、こうも怒っているのだろうか。しかも悪党ども(、、)などと言っている。

 孤児院に向かって「出てこい」と叫ぶからには、対象はアナスタシアたちなのだろう。

 伯爵家のことに対して憤っているならば別だが、個人としてはアナスタシア身に覚えはない。


(とは言え、無自覚に何かしてしまっている可能性も)


 アナスタシアが記憶を辿っていると、首無し騎士とユニの会話が聞こえてきた。


「おのれ、悪党共、何と非道な真似を……。お嬢さん、ご安心ください。この吾輩とコシュタ・バワーが助けに来たからにはもう安全ですぞ」

『いらない。迷惑』

「そのように吾輩たちの身を案じて下さるとは!」

『していない。迷惑』


 ……何やら会話がズレているような。

 首無し騎士とユニの会話を聞いてアナスタシアは首を傾げた。

 どうやらあの首無し騎士は(ユニ)と会話――通じてはいないが――ができるらしい。

 アナスタシアには話の流れが良く分からなかったが、ユニが困っていることだけは理解した。

 なので。


「ユニちゃん!」


 ユニに向かってアナスタシアが呼びかける。

 するとユニと子供達はバッとこちらを向いて、すぐに駆け寄ってきた。


『アナスタシア、シズ』

「ご無事ですか、皆さん」

『平気。怪我はない』

「大丈夫ー!」

「よっしオーケー。あとは兄ちゃんに任せとけ。ユニちゃん、守ってくれてありがとね」


 シズはユニに礼を言うと、剣の柄に手を当てて、全員の前に出る。相手を見据える緑色の目が、警戒の色を強めて細まった。


「おい、そこのオッサン! 子供らが怖がってるだろ、いきなり何だよ」

「む?」


 呼びかけられ、首無し騎士がシズとアナスタシアに気が付く。

 すると途端に、ぶわり、と怒気を露わにした。


「現れたな、悪党どもッ! ユニコーンのお嬢さんと、幼い子供たちを人質に取るとは何と卑怯な!」

「人質に取ったわけではありませんよ」

「よくもまぁ、堂々と嘘を吐けるものだ!」

「いえ、嘘ではなく」


 首無し騎士の言葉の一つ一つをアナスタシアは訂正したが、相手は聞く耳を持たない。

 どうしたものか、とアナスタシアが頬に手を当てて考えていると、


「あんた、何者だ?」


 とシズが尋ねた。すると首無し騎士は「フン」と鼻――を鳴らしたような動作をして、ガントレットに覆われた拳でその胸をガンッと叩く。


「吾輩はホロウ・デュラハンと申す! そして此れは我が相棒のコシュタ・バワー!」

「これはご丁寧に。アナスタシア・レイヴンと申します。こちらは騎士のシズさんです」

「ほう、礼節は弁えておるようだな!」


 とりあえず名乗りを返すと、僅かに感心した口ぶりでホロウと名乗った男は言った。

 シズは半眼で「何でこんなに偉そうなの?」と呟いた。


「で、何が目的なんだ?」

「知れたこと! 我が相棒コシュタ・バワーの想い馬が、悪漢により北の地より攫われたと知り、助けに来たのだ!」


 ホロウはびしり、とアナスタシアとシズを指さす。

 二人は揃って「攫われた?」と目を丸くする。

 何だか聞いたことのある話である。アナスタシアの脳裏にロザリーとガースの顔が浮かんだ。


「アレですかねぇ」

「アレだよねぇ」


 アナスタシアとシズがお互いに目を見合わせると、ホロウは「それ見たことか!」と怒鳴る。

 覚えはあるが本人ではないことを、聞く気のないホロウにどうやって説明したものか――アナスタシアが「ううむ」と唸っていると、ユニが不快そうに目を細め、


『人違い。迷惑』


 と言った。本当に迷惑そうな声色だったので、相当うんざりしているのが伺える。

 しかし――。


「庇わなくとも良いのだぞ、お嬢さん。人間の男と女の二人組、まさにそこにいる者たちでござろう。……そうか! 脅されているのか! 重ね重ね卑怯な!」


 ホロウにはまったく以ってユニの心情など通じていなかった。

 怒りのボルテージが上がっていく様子に、これはまずいな、とアナスタシアが宥めにかかる。


「性別としては合っておりますが、内容と事情が拗れております。ですので一度落ち着いてお話を……」

「黙れ、悪党の虚言など誰が信じるものかッ! 貴様らのせいで彼女は家族と引き離され、故郷から遠く、このような遠くまで連れて来られて。――――どれほどに、どれほどに辛かったか……」


 最後だけ、怒鳴るのとは少し違う声色だった。

 まるで自分の記憶(かんじょう)を吐露しているかのようなどこか悲痛な声に、アナスタシアは「え?」と違和感を感じる。

 今のは何だったのか――問いかけようとした時、


「――――許せぬ!」


 と、ホロウは怒鳴り、アナスタシアとシズに向かって何かを投げつけた。

 赤く、艶やかな丸い物。

 それが何かを判断するより早く、シズが抜刀し、振りぬいた――――のだが。


「うわ!?」

「わあ」


 その投げられたものは、

 ぐいん、

 と空中で実に不自然な動きをし、シズの剣を避けた。

 そしてアナスタシアとシズの顔面に勢いよくぶつかった。

 途端に、べしゃり、とそれは潰れるように弾けた。


「……トマト?」


 ごしごしと顔を拭いて見れば、それはトマトだった。


「アナスタシアちゃん、大丈夫!? 怪我は!?」

「はい、大丈夫です」

「ごめん、俺が庇えなかった」

「いえ、あの軌道は厳しいかと。たぶん魔法ですかね」


 脈絡のないホロウの行動に、頭に疑問符を浮かべるアナスタシアとシズ。

 そんな二人に向かって、ホロウは背負った槍をぐるりと一回転させると、その切っ先を突き付けた。


「決闘だ! 勝てば彼女を解放せよ!」

「……決闘?」


 怪訝そうにシズが聞き返す。


「決闘とは穏やかではありませんが、なぜトマト?」

「我ら妖精騎士(、、、、)の決闘のしきたりだ! 本来は血を浴びせるのだが、こういった場でそれは良くないだろう? 前に捕まりかけたのだ!」

「なるほど」

「納得するところじゃないよ、アナスタシアちゃん……――――っ」


 思わずツッコミを入れたシズだったが、突然、頭を押さえて膝をついた。

 少し遅れてアナスタシアも強い眩暈を感じて座り込む。

 ぐらぐらと回る視界。

 その次の瞬間、アナスタシアとシズの体の周りで、光の粒がぱちぱちと弾けだした。

 すると、すう、と眩暈が収まる。


「今のは……」

「――――三日後。同じ時間、この場所で待つ。それまでにせいぜい、己が罪を悔いると良い」


 困惑するアナスタシアとシズをよそに、ホロウはそう告げると、コシュタ・バワーとともにその場からフッと姿を消した。


「消えた? ……やっぱりアンデッド関係なのか?」

「ふむ。ご自分では妖精騎士がどうのと仰っていましたが」


 アナスタシアとシズがよろよろと立ち上がると、カサンドラが駆け寄ってくる。


「あんたたち、平気かい!? ……その顔!」

「顔?」


 ぎょっとした様子で言われ、アナスタシアとシズ、顔を見合わせる。

 するとお互いの左頬のあたりに、うっすらと光る魔法陣が刻まれていた。

 手で触れてみたが凸凹はなく、普通に肌の感覚である。先ほどのトマトの軌道と良い、これも魔法絡みなのだろう。


「ローランドさんに怒られる」

「ライヤー隊長にどやされる」

「あんたたち、心配するところはそこじゃないだろう?」


 何よりもまず浮かんできたことを言葉にすると、カサンドラが呆れた様子で息を吐いた。


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