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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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第十二話 ただ体が動いた


 その日、アナスタシアはシズとテオの三人で、件の鍛冶屋へ向かっていた。

 昨日、修理が終わったとの手紙が届いたのである。


「楽しみですねぇ」

「そうだねぇ」

「お二人が楽しそうで何よりです」


 そんな話をしながら、三人は領都の通りを歩く。


(テオさん、以前よりも表情が柔らかくなりましたね)


 アナスタシアはそう思いながら、そっと彼を見上げる。

 テオは最初の頃と比べて、見て分かるくらいには、表情が変化するようになった。会話にも自分から参加してくれる。

 良い傾向だとアナスタシアは思うが、同時に、何かに悩んでいるような様子も見るようになった。


(記憶が戻ったかどうかは、テオさんは何も言いませんが……)


 戻っていなかったのなら、戻りかけているのだろうとアナスタシアは思っている。

 ローランドもそれが分かっているようで、ホロウたちにテオの監視を、今まで以上に気を付けるよう指示を出していた。

 大丈夫だと楽観視はできないが、大丈夫だと願いたい。

 そんなことを考えて歩いていると、


「あっ、ナーシャお嬢さんだ」


 呼びかけられて足を止める。声の方を見れば、ジェーンがいた。

 どうやら買い出しの最中らしい。膨らんだ鞄を持った彼女は、こちらに向かって元気に手を振っている。


「ジェーンさん。ハンスさんからの頼まれごとですか?」

「そうそう。今日さ、お昼にオムライスを作るんだって」

「オムライス」


 するとテオがぴくりと反応した。心なしか、ソワソワした様子が感じられる。

 それを見てシズがくすりと笑った。


「テオ、オムライス好きだな~」

「美味しいですから」

「あはは、美味しいよな~。うちもオムライス好きだよ~。ケチャップで絵を描くともっと美味しい!」

「やはりそうなのですか」

「そうそう。テオ兄ちゃんもやったことある?」

「はい」

「テオさん、絵がとても上手なんですよ」

「へぇ~! 見たいな~」


 和やかにそんな話をした時、ぶわり、と強い風が吹いた。

 するとテオの帽子が空高く飛んだ。そのまま風に乗って、時計塔の方まで飛んで行ってしまう。


「お借りした帽子が……」

「ありゃ、だいぶ飛んだね。うちが拾ってくるよ。兄ちゃん、これ持ってて!」


 ジェーンは荷物をシズに渡し、時計塔へ向かってタッと走って行く。

 声をかける暇もなかった。

 追いかけようとアナスタシアが思った時、


「ジェーン、待ってください。私が行きます! アナスタシア様、失礼します! すぐ戻ります!」


 テオが駆け出した。

 アナスタシアとシズは目を丸くする。彼が指示を仰がずに、自分から行動したことに驚いたのだ。


「あ、おい――!」


 シズが制止の声を上げたが、テオには届かなかった。



 ◇ ◇ ◇



 帽子は、時計塔の途中にある、窓の柵に引っ掛かっていた。

 あれを取るのは苦労するだろう。そう思いながら、テオはジェーンを探して周囲を見回す。


「ジェーン、どこですか?」


 呼びかけるが返事はない。もうすでに、時計塔の中に入ってしまったのだろうか。

 ジェーンは、ヴァルテール孤児院の子供たちの中では、一番運動神経が良く、走るのも速いのだ。


(私も……)


 一応、時計塔に上がってみよう。

 そう思って向かおうとした時、急に、腕を引っ張られた。

 テオがぎょっとしている間に、路地に引きずり込まれる。男だ。


「何を――」

「テオ、お前は一体、どういうつもりだ? いつまでのんびりしている」


 抗議の声を上げるより先に、男は眉根を寄せ、テオを咎める。

 一瞬、男が何を言っているのか、テオには分からなかった。


「……あなたは?」

「何をとぼけて……いつまで演技を続けているんだよ」


 男はため息を吐いて、


「上手くレイヴン伯爵家に入り込んだとは思ったが、ちっとも動こうとしない。報告もない。メレディスとヴァレリーの処分は終ったのか?」


 そう続けた。

 その言葉を聞いて、テオは理解した。


(ああ――だからか)


 記憶は、まだ取り戻せない。

 けれどアナスタシアたちに、警戒されている理由は理解した。大まかな事情こそ聴いていたものの、今一つ分かっていなかったことが、ようやくストンと腑に落ちたのだ。

 テオは動揺を表情に出さないよう努めないがら「ええ、まぁ」とだけ曖昧な返答をする。

 すると男はどう解釈したのか、表情を緩めた。


「そうか、死ななかったのは儲けたな。なら、さっさと次の行動に移れ……って、何だ、拘束用の魔法道具か。はぁ、これじゃ不便だな……ちょっと貸せ」


 男はテオの腕を掴むと、呪文をぶつぶつと唱える。

 するとテオの左右の手首に嵌められた魔法道具のブレスレット、その僅かな隙間から、冷気を放つ氷が入り込み。

 徐々に細かなヒビを作り出したと思ったら、パキン、と音を立てて、ブレスレットが粉々に砕けた。


(相変わらず、この魔法は便利――……便利?)


 テオは内心、首を傾げた。どうしてそう思ったのだろうか?

 しばらくぶりに軽くなった両手をぼんやりと見つめながら、テオの頭に疑問が浮かぶ。


(それに自由になった、はずなのに……どうしてさっきよりも重く感じるんだ?)


「これでいいだろう。ほら、さっさと次の行動に移れ」


 そんなテオの心情に気付かず、男はそう続けた。


「次……ですか?」

「……お前、本当に大丈夫か? 普段から人形みたいにぼんやりした奴だったが、より酷くなっているぞ」

「――――」


 ずきっ、と頭が痛んだ。

 人形という言葉を聞いたとたんに、口の中に苦さが広がる。

 理由は分からない。分からないが、恐らく自分の記憶が関係している。


(私はこれを――言われたことがある)


 テオはそう確信した。

 そして、その言葉を不快に感じたことがあるのだ。

 ずきずきと頭痛が続く。歪に閉じられていた記憶の扉が、今にも開きそうになっている。


(思い出したくない……!)


 テオの心がそう叫ぶ。

 今すぐにこの場から、みっともないくらいの悲鳴を上げて逃げ出したいくらいに、テオは記憶を取り戻すことへ恐怖を覚えていた。


 その時だ。


「テオ兄ちゃーん。おっかしーな、上から見えたんだけど……おーい! 兄ちゃーん! 帽子あったぞー?」


 ジェーンの声が聞こえた。

 ハッとして顔を向けると、太陽の光に満ちた通りから、ちょうどジェーンが顔を出した。


「あっ、いた、テオ兄ちゃ……」


 彼女はテオを見つけて笑顔になる。

 しかし、その直後、一緒にいる男を見て状況がおかしいと察したのか、戸惑うような表情になった。


「来るなっ!」


 そんな彼女にテオは叫ぶ。ほぼ無意識の行動だった。

 自分でも驚くほどに焦った声が出た。

 ジェーンも吃驚した顔になる。


「テオ、あの子供は?」

「関係ありません。ただの子供です。放っておいてください」

「そうか。だが、お前を知っていて、俺の顔を見られたからには放置はできないな」

「まっ――」


 男はテオを乱暴に横へどかすと、右の手のひらをジェーンへ向ける。青い光を伴った魔力が、ぱちぱちと集まり始めた。


(魔法――――!)


 テオは目を見開いて、


「自分の運の悪さを後悔するんだな、お嬢さん」

「――――っ、やめろっ!」


 男に体当たりをして、ジェーンとの間に、体を滑り込ませる。

 突然のことに男は踏ん張りがきかず、路地の壁へ、強かに体を打ち付けた。


「……っ!? 何故邪魔をするんだ、テオ!?」

「うるさいっ!」


 問われても、テオには理由が分からない。

 ただ体が動いた。

 ――動いてしまったのだ。


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