第十話 やりたいことを見つけた時に
翌日。
気持ちの良い青空の下を、アナスタシアはシズとテオ、それからもう一人――ヴァルテール孤児院のジェーンの四人で歩いていた。
目的地は領都の一角で行われている、学校の建築現場だ。
魔法列車と併せて進んでいる学校の建築は、ガースとロザリーが担当している。
その二人へ、ジェーンが差し入れを持って行くのを見かけて、アナスタシアはついて来たというわけだ。
「ジェーン、お前なぁ。さすがにこの量を、一人で運ぶのは無理だって」
「えー、そう? うち、結構、力があると思ったんだけどな~」
「ふらふらしていたでしょーが」
「うっ」
半眼で言うシズに、ジェーンはぎくりと言葉に詰まっていた。
実際に彼女は、差し入れの詰まった大きなバスケットを二つ抱えて、ふらついていたのだ。シズが心配するのも無理はない。
話を聞けば、ジェーンは建築現場で働く人たちの分の差し入れも、必要なのではないかと考えたらしい。
それでローランドから許可をもらって、人数分の差し入れを用意したのは良いものの――想定していたよりも荷物が多くなってしまった、というわけだった。
アナスタシアたちは偶然それを見て、手伝いましょうとなったのである。
「ごめんね、ナーシャお嬢さんたちも、忙しかったんだろ?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。学校の建築現場へ、視察に行こうとも思っていましたし。それにジェーンさんのアイデアは、とても良いと思います!」
「そ、そう? そっかなぁ、えへへ……」
アナスタシアが褒めると、ジェーンは照れたようにはにかむ。
ふふ、とアナスタシアも微笑みながら、
「でも、一人で持てる量には限界がありますから。どんどん頼ってくださいね」
と、胸を叩いた。
ジェーンは目を瞬いて、ふは、と笑う。
「ナーシャお嬢さん、楽しそうだね」
「楽しいですよ。何といっても、お仕事や頼まれごとがたくさんあるのは、嬉しいですからね。何ならもっとほしいです!」
「……それ、ワーカーホリックの予備軍だよ? 兄ちゃん、気を付けてあげなね?」
「身近で一人見ているから、危機感を覚えてる……」
何故か、シズが遠い目になってしまった。
身近で一人というのは誰だろうか。ぱっと頭に浮かぶのは、ローランドだけれど。
そんなことを思いながら、若干解せない気持ちでシズを見上げていると、
「ありがとね、ナーシャお嬢さん、シズ兄ちゃん。それからテオ兄ちゃんも!」
ジェーンが元気にお礼を言ってくれた。
それから彼女はテオを見て、
「それにしても、テオ兄ちゃんも意外と力持ちだね」
と感心したように言った。
テオは目を瞬いて、自分の持つバスケットへ目を落とす。
「そうですか?」
「そうそう! ひょろっこいのにさ」
「こら、ジェーン。そういう言い方は良くないぞ」
「ごめんなさーい」
いつもの家族のやり取りが微笑ましい。
アナスタシアがそう思っていると、
「……ふ」
――テオが、初めて少しだけ笑った。
それを目撃して、アナスタシアは目を軽く開く。
ずいぶん優しい笑顔だ。まるで春の陽だまりのような、あたたかみのある微笑みだった。
「テオさん、今、ちょっと笑いましたね」
「え? ……そうでしたか?」
「はい。初めて見ました。良い笑顔です」
「……そう、ですか?」
テオは目を丸くして、胸に手を当てたかと思ったら、
「…………?」
不思議そうに、首を傾げていた。
◇ ◇ ◇
学校の建築現場に到着すると、妖精の蹄の姿を発見した。
建物が好きなあの子たちは、魔法列車の駅と学校を行き来しながら、楽しそうにしているらしい、という報告をアナスタシアは受けている。
馬が喜んでいるならば何よりだ。
そんなことを思いながら、アナスタシアは学校の入り口付近へ向かった。
そこには、防犯用の魔法道具を設置する台座が置かれている。
「ここに馬の形をした魔法道具を設置する予定なんです」
「馬ですか?」
「はい。不審者がいれば、思いっきり突進します」
「なるほど……。馬である必要が?」
「ありますね」
テオの質問に、アナスタシアは即答した。
馬は賢くて優しくて強いのだ。これ以上の守り手はいないだろうと、アナスタシアは思っている。
「あ、でも、馬以外のものも、いくつか考えてありますよ。火災や災害が起きた時などに、高い場所から避難するためのパラシュートとか。えーっと、これですね」
アナスタシアは鞄から、緑色の水晶玉を取り出す。
これが魔法道具のパラシュートだ。
子供の力でも強く握りしめると弾けて、傘のように特殊な布が広がり、風の力を作り出しながら、安全に地上へ着地できるのだ。
魔法道具の図鑑に載っているものをお手本に、自分なりの改良を加えて作ったが、意外と上手くできた。
「…………」
テオは、じっとアナスタシアの手の中の水晶玉を見つめている。
「どうしましたか?」
「アナスタシア様は何故、学校を作ろうと思われたのですか?」
「レイヴン伯爵領には、王都や他領のように学校がなかったからですねぇ。ヴァルテール孤児院のカサンドラ先生みたいに、各町で有志が教えてはいますが、それを専門的に行いたくて」
「教師はどうするのですか?」
「その人たちを雇えないか交渉中です。あと家庭教師の経験がある方にも、声をかけています」
この辺りは、ローランドやライヤーの発案だ。
各学校の卒業生や、勉強のできるものは、あちこちにいる。
けれども、誰かに勉強を教えたことのある者となると、意外に少ないのだ。
だからまず、経験者に声をかけてみたらどうか、と提案されたのである。
(私は教えるのはあまり得意ではないですし……)
アナスタシアはローランドから感覚型と言われたことがあるが、そういうことである。知っていても、教える立場になれるかどうかは別のお話なのだ。
「それに、勉強にも色々ありますので。計算も、文字も、歴史も、マナーも、魔法も、武術訓練も。絵や料理、裁縫……どの教科を採用するかは相談中ですが、可能な限り入れられたらと考えていますよ」
アナスタシアがそう続けると、テオはふっと、建築中の建物を見上げた。
「……どうして、そこまで? 必要な知識だけを、与えれば良いのではありませんか?」
「選択肢は、たくさんあった方が良いですから」
「そうですか?」
「私はそう考えます。世の中というものは、どう変化するか分かりません。その中で、どんな人生が待っているかも分かりません。私もそうです」
アナスタシアは胸に手を当てる。
自分が領主候補として今在るのも、魔法道具作りが好きなのも、馬と仲良くなったのも、様々な選択を経た結果だ。
選択肢が限られているものもあったし、選ばざるを得なかったものも、確かにそこにはある。
けれども、それでも選んだからこそ、今のアナスタシアがあるのだ。
「別にね『すごく出来る』にならなくていいんです。教わったことが、ある時ふっと役に立ったなって、ほっとするくらいでいいんですよ。それだけで、乗り越えて行けるものはあります。私も前に、うろ覚えのカーテシーで何とかなったことがあります!」
アナスタシアが得意げに言えば、シズが「あの時かな~……」なんて苦笑いを浮かべている。
もしかしたら、馬小屋で出会った時のことを、思い出しているのかもしれない。
フフ、とアナスタシアは笑う。
「やりたいことを見つけた時に、その力になれたらいい。学びは強さです。テオさんの絵もそうですよ」
「…………私の?」
「ええ。とてもお上手でした」
アナスタシアが褒めると、テオは少し呆けた顔になる。
そして小さな声でぽつんと、
「……やりたいことを、見つけた時に」
とつぶやいたのだった。




