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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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第九話 オムライス

 しばらくして、三人分の注文が運ばれてきた。

 ふっくらとしたオムライスに、小さなケチャップボトル、そしてスープだ。スープから漂うこの香りは、コンソメだろうか。食欲をそそる良い匂いである。

 それぞれの前に、そっとオムライスが置かれる。ふわっとのぼる湯気に、アナスタシアとシズは笑顔になった。


「美味しそうですねぇ」

「だねぇ~。俺もオムライス食べるの久しぶりだな~」


 二人がにこにことそんな話をしている前で、テオは少しぼうっとした様子で、オムライスを見つめていた。

 まるで初めてのものを見るような眼差しだ。

 

(テオさん、固まってらっしゃいますね)


 アナスタシアは、ふむ、と心の中でつぶやくと、自分の分のケチャップボトルを手に取った。


「テオさん、見ていてくださいね。ここのオムライスには、これが大事なんです」

「それは?」

「ケチャップボトルです。教えていただいたのですが、ケチャップで絵を描くと、より美味しいのだそうです」

「マナーの面から考えて、なしでは?」

「…………」


 間髪入れずに、テオからツッコミを入れられてしまった。物静かに見えて、意外と鋭いひと突きを繰り出す青年である。

 しかしアナスタシアは狼狽えない。もともと図太い性分だ。

 にこっと笑って、ケチャップボトルのフタを取る。そしてオムライスへケチャップを、おもむろにかけはじめた。


「ケチャップは、ケチャップではないのですか? 絵を描くと美味しい、という気持ちはよく分かりません。基本的に、それはトマトの味でしょう。味が合わさって濃くなるのは分かりますが……」

「フフ、そうですねぇ」


 テオは不思議そうに言いながらも、その目はじっと、アナスタシアが動かすケチャップボトルへ向けられている。どうやら興味はあるようだ。


(何だか私、今日は先生みたいですねぇ)


 ローランドの授業を思い出しながら、アナスタシアはオムライスに絵を描く。

 少しして、ややいびつではあるが、それは完成した。


「できました!」

「……それは?」

「馬です!」

「見えません」


 自信満々に答えたら、即座に撃沈されてしまった。

 歯に衣着せぬテオの感想に、アナスタシアは「うっ」と軽く仰け反る。


(そんなことは……)


 ちら、とアナスタシアは自分のオムライスを見た。

 これは見事な馬――と先ほどまで思っていたのだが、冷静になってみると、確かに馬っぽい形をしたナニカ……というような絵である。


 ちなみにアナスタシアは、絵が特別下手ということはない。発明用の図面などは、ローランドにも褒められるくらいである。

 絵の得意なフランツと比べれば、確かに拙い部分はあるものの、それでも目も当てられないものではなかった。


(今回の場合は、そのぅ……そう! ケチャップボトルの扱いに、慣れていないからですね!)


 などとアナスタシアが心の中で、自分自身に言い訳をしていると、


「馬とはこうでしょう」


 テオはそう言って、自分のケチャップボトルを手に取って、オムライスに絵を描き始めた。

 すいすいと淀みない動きで、オムライスの黄金野にトマト色の馬が描かれて行く。

 馬の横顔だ。なんと風になびく鬣まで描かれているではないか。

 アナスタシアは「おお……!」と両手を叩いた。


「テオさん、お上手ですね! 馬の絵が上手い方は尊敬します!」

「そこまでのものでは……」


 アナスタシアの勢いに、テオはやや気圧された顔になる。

 それを見てシズが噴き出した。


「お二人さん。そろそろ食べないと、冷めちゃうよ?」


 そうだった。せっかくできたてアツアツのオムライスなのだ、熱いうちに食べなければ。

 アナスタシアは「そうですね!」と元気に答えると、スプーンを手に取った。

 シズもそれに続き、やや遅れてテオもスプーンを持ち上げる。

 そして食事の前の挨拶をして、三人は――アナスタシアは毒見後だが――オムライスを食べ始めた。


「美味しい!」

「美味しいねぇ。いやぁ、ここのって本当に美味いわぁ」


 ほくほくした顔でアナスタシアとシズが絶賛している中、テオだけは神妙な顔をしていた。

 好みではなかったかなと、アナスタシアは少し心配になったが、テオのスプーンを動かす速度は、最初の数口より早くなっている。

 たぶん、嫌いではなさそうだ。

 彼は半分くらいまで黙々と食べたあと、


「ケチャップで絵を描くことが、味にどう関係しているかは分かりません。ですが……オムライスは美味しいです」


 ぽつんと、まるで独り言のように言った。

 アナスタシアとシズはにこっと笑う。


「それは良かった」


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