第九話 オムライス
しばらくして、三人分の注文が運ばれてきた。
ふっくらとしたオムライスに、小さなケチャップボトル、そしてスープだ。スープから漂うこの香りは、コンソメだろうか。食欲をそそる良い匂いである。
それぞれの前に、そっとオムライスが置かれる。ふわっとのぼる湯気に、アナスタシアとシズは笑顔になった。
「美味しそうですねぇ」
「だねぇ~。俺もオムライス食べるの久しぶりだな~」
二人がにこにことそんな話をしている前で、テオは少しぼうっとした様子で、オムライスを見つめていた。
まるで初めてのものを見るような眼差しだ。
(テオさん、固まってらっしゃいますね)
アナスタシアは、ふむ、と心の中でつぶやくと、自分の分のケチャップボトルを手に取った。
「テオさん、見ていてくださいね。ここのオムライスには、これが大事なんです」
「それは?」
「ケチャップボトルです。教えていただいたのですが、ケチャップで絵を描くと、より美味しいのだそうです」
「マナーの面から考えて、なしでは?」
「…………」
間髪入れずに、テオからツッコミを入れられてしまった。物静かに見えて、意外と鋭いひと突きを繰り出す青年である。
しかしアナスタシアは狼狽えない。もともと図太い性分だ。
にこっと笑って、ケチャップボトルのフタを取る。そしてオムライスへケチャップを、おもむろにかけはじめた。
「ケチャップは、ケチャップではないのですか? 絵を描くと美味しい、という気持ちはよく分かりません。基本的に、それはトマトの味でしょう。味が合わさって濃くなるのは分かりますが……」
「フフ、そうですねぇ」
テオは不思議そうに言いながらも、その目はじっと、アナスタシアが動かすケチャップボトルへ向けられている。どうやら興味はあるようだ。
(何だか私、今日は先生みたいですねぇ)
ローランドの授業を思い出しながら、アナスタシアはオムライスに絵を描く。
少しして、ややいびつではあるが、それは完成した。
「できました!」
「……それは?」
「馬です!」
「見えません」
自信満々に答えたら、即座に撃沈されてしまった。
歯に衣着せぬテオの感想に、アナスタシアは「うっ」と軽く仰け反る。
(そんなことは……)
ちら、とアナスタシアは自分のオムライスを見た。
これは見事な馬――と先ほどまで思っていたのだが、冷静になってみると、確かに馬っぽい形をしたナニカ……というような絵である。
ちなみにアナスタシアは、絵が特別下手ということはない。発明用の図面などは、ローランドにも褒められるくらいである。
絵の得意なフランツと比べれば、確かに拙い部分はあるものの、それでも目も当てられないものではなかった。
(今回の場合は、そのぅ……そう! ケチャップボトルの扱いに、慣れていないからですね!)
などとアナスタシアが心の中で、自分自身に言い訳をしていると、
「馬とはこうでしょう」
テオはそう言って、自分のケチャップボトルを手に取って、オムライスに絵を描き始めた。
すいすいと淀みない動きで、オムライスの黄金野にトマト色の馬が描かれて行く。
馬の横顔だ。なんと風になびく鬣まで描かれているではないか。
アナスタシアは「おお……!」と両手を叩いた。
「テオさん、お上手ですね! 馬の絵が上手い方は尊敬します!」
「そこまでのものでは……」
アナスタシアの勢いに、テオはやや気圧された顔になる。
それを見てシズが噴き出した。
「お二人さん。そろそろ食べないと、冷めちゃうよ?」
そうだった。せっかくできたてアツアツのオムライスなのだ、熱いうちに食べなければ。
アナスタシアは「そうですね!」と元気に答えると、スプーンを手に取った。
シズもそれに続き、やや遅れてテオもスプーンを持ち上げる。
そして食事の前の挨拶をして、三人は――アナスタシアは毒見後だが――オムライスを食べ始めた。
「美味しい!」
「美味しいねぇ。いやぁ、ここのって本当に美味いわぁ」
ほくほくした顔でアナスタシアとシズが絶賛している中、テオだけは神妙な顔をしていた。
好みではなかったかなと、アナスタシアは少し心配になったが、テオのスプーンを動かす速度は、最初の数口より早くなっている。
たぶん、嫌いではなさそうだ。
彼は半分くらいまで黙々と食べたあと、
「ケチャップで絵を描くことが、味にどう関係しているかは分かりません。ですが……オムライスは美味しいです」
ぽつんと、まるで独り言のように言った。
アナスタシアとシズはにこっと笑う。
「それは良かった」




