第五話 白昼堂々
アナスタシアが身構えるより早く、オーギュストが体を滑りこませて前に立つ。
しかし、ナイフの切っ先が向けられたのは、自分たちではなかった。
メレディスとヴァレリーだ。
「よっと!」
ヴァレリーがダガーでそれを叩き落とす。
動揺のない、落ち着いた動作だ。長い黒髪がさらりと揺れる。
その向こう――ナイフが飛んできた先に、アナスタシアは見覚えのある人物の姿を見つけた。
月の光のような金髪に、黒い瞳をした青年。
ベリウス星爵の元従者であるテオだ。
「テオさん?」「テオじゃないか」
アナスタシアの声とヴァレリーの声が重なる。
テオは顔色一つ変えずに、じっとこちらを見つめていた。
(どうしてここに……)
彼はアーデン側の人間だ。オーギュストやベリウス星爵の証言からも、それは明らかである。
そんな彼が、白昼堂々と襲撃してくるなんて、一体どういうことなのだろうか。
アナスタシアが知っている限り、彼らはずっと裏で動いていた。
それがこうも直接、真正面から狙ってくるのは、正直に言うと意外だった。
(それに、どうも狙いは、私と伯父様じゃなさそう)
彼のナイフが狙ったのはメレディスとヴァレリーだ。
手が滑ったにしては、方向がずれ過ぎている。
そう思って見ていると、テオはやはり、メレディスとヴァレリーの方へ視線を向けたまま、
「メレディス、ヴァレリー様。あなたたちの処分が決まりました」
淡々とそう告げた。
その言葉に、メレディスたちはぴくりと反応する。
「ハハ。いやいや、物騒だねぇ。今まで放っておいてくれたんだから、そのままにしてくれて良かったのに」
「ほんとほんと。あんたたち、こんなことをしている余裕なんてないんじゃないっすか?」
二人の声は、とても明るい。
けれども、ぴりっとした緊張感を孕んでいるのも分かった。
「それは、私の考えるところではありません。大人しく受け入れてくださるならば、痛みの少ないようにしてさしあげます」
「そりゃお優しいことだ」
「ですねぇ。でも俺たち、自由に生きるって決めたばっかりなんで……お断りっすよ!」
メレディスが、言い終えるか否かのタイミングで魔法を放った。
彼の目の前に、青白い氷の刃が、円を描くように現れる。
氷の刃は、空から魚を狙う鳥のように、勢いよく真っ直ぐにテオへと向かって行く。
それに合わせて、ヴァレリーも地を蹴った。ぐんっ、と跳躍した彼女は、両手それぞれにダガーを握り、テオへと突進する。
ガキン、と金属同士がぶつかる音が響く。
「伯父様、今のうちに避難誘導を済ませてしまいましょう」
「ああ、良い判断だ。行こう、アナスタシア」
アナスタシアは、彼らの様子を気にしつつも、ひとまず近くの作業員の避難を優先することにした。
オーギュストと共に彼らの元へ行き、領都の門の辺りに避難するよう指示を出す。あそこならば、領騎士が待機しているため安全だろう。
「それにしても、闇討ちではなく、ああも堂々と襲ってくるとは意外でした」
「闇討ち? 僕の姪っ子は色んな言葉を知っていてえらいねぇ」
オーギュストが相好を崩す。この伯父は、基本的にアナスタシアに甘いのだ。
シズやライヤーがいたら、頭を抱えていたかもしれない。
「だけど、そうだね。それには僕も同感だよ。それだけ追い詰められているか、もしくは……」
オーギュストはテオの方へ視線を向ける。
つられて、アナスタシアも彼を見た。
「……だいぶ消耗しているか、かな。海都で魔法を使った時に、無茶をしていたようだったからね。そのツケが来ているんだろう」
オーギュストはそう続けた。なるほど、それは確かにそうかもしれない。
伯父の話では、テオは片目を犠牲にして魔法を使ったという。
魔法の触媒として自分の体を使うのは、確かに、効果だけを考えれば『良い』だろう。
自分の魔力にもっとも作用するのは、やはり自分の魔力なのだ。
アナスタシアの螢晶石も広義ではそうだ。そこへ馬から教わった技術を使うことで、自在に変化させられる。
(でもテオさんのそれは、寿命を縮めるようなもの)
自分の体を代償にすれば必ず限界がくる。
体も、命も、無限ではないのだ。
「だから仕留められると踏んだタイミングで、一気に勝負をつけに来たのだろう。今ここには、頼もしい騎士たちはいない」
「伯父様はいますよ?」
「フフ、ありがとう、アナスタシア。だけど護衛役として、彼の頭に僕は入っていないようだ。これは騎士の領の領主一族として、一から鍛え直さないと……」
オーギュストはつぶやいて、握った剣を一瞥する。
(それは私もですね。一緒に鍛えてもらおう)
そう思いながらアナスタシアは、テオとメレディス、ヴァレリーの戦いを見守る。
そうしていると、ふと、あることに気が付いた。
テオの顔だ。彼は、最初に出会った時と同じく、どこか無機質な表情を浮かべている。
しかし彼の目からは、どこか焦燥感や諦めが感じられた。
その表情に、アナスタシアは見覚えがあった。
(そうか、テレンスさんと同じなんだ)
恐らく彼は命懸けなのだろう、とアナスタシアは理解した。
こんな時間に人目につく場所で襲撃したのも、後のことを考えていないからだ。命と引き換えに二人を殺せば、捕まってアーデン側の情報を訊き出されることもない。
「そうさせるわけにはいきませんねぇ」
アナスタシアはつぶやくと、鞄から魔法道具を取り出した。
風の扇だ。
淡い黄緑色をした扇を静かに開くと、親骨の端で透明な雫状の石がしゃらりと揺れた。
「おや、風の扇じゃないか。それをどうするんだい?」
「お二人のサポートです。テオさんが弱っているなら、吹き飛ばせるんじゃないかなと思いまして。体重も軽そうですし」
ただ、この方法だとメレディスとヴァレリーも、踏ん張りがきかなければ一緒に吹き飛ばしてしまいそうだ。
そこをアナスタシアが心配していると、
「オーケー。メレディスとヴァレリーは僕が何とかしよう。魔法はそこまで得意ではないけれど、ちょうど良いのを知っているよ」
「それでは、伯父様よろしくお願いします。テオさんとメレディスさんたちが、離れたタイミングで行きます」
「いつでもどうぞ、お姫様」
オーギュストはにこっと笑ってウィンクする。
アナスタシアも笑い返すと、風の扇を大きく振り上げ、戦いの様子をじっと見つめ――双方に距離が出来た時、
「えい!」
と、かわいらしい声と共に振り下ろす。
とたんに彼らに向かって、激しい突風が通り抜けた。
「っ!?」
「うわっ」
「何だ!?」
風の勢いに、三人の体がよろめく。
しかし、メレディスとヴァレリーは無事だ。オーギュストが魔法で、風の壁を作って二人を守ってくれたのだ。
だが、何の守りもないテオはそのまま吹き飛び、積まれた煉瓦の山に、強かに体を打ち付けた。そのままずるずると地面に落ちる。
「ひゅう、お嬢様ナイス!」
「褒められました! やったー!」
「その魔法道具、いいっすねぇ。オーギュスト様、うちにも配備されません?」
「はは、考えておくよ」
そんなやり取りをしながら、メレディスとヴァレリーがテオを拘束する。
彼は、どうやら気絶しているようだ。目を閉じてぐったりとした姿を見て、アナスタシアは少しだけ焦った。
「だ、大丈夫です? 打ち所が悪かったとか……」
「脈はあるから大丈夫だよ。おーい、テオ。起きな」
ヴァレリーが、テオの肩を叩いて呼びかける。
すると、少しして彼の目が薄っすらと開いた。
「…………」
テオは何か言うこともせず、ぼんやりと周囲を見回している。
その姿に、先ほどまで纏っていた殺気はない。
(何だか表情まで違うような……)
アナスタシアがそう思って見ていると、テオと目が合った。
彼は少しだけ首を傾げ、
「…………誰ですか?」
心底不思議そうに、そう言ったのだった。




