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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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第四話 妖精の蹄


 領都クロックボーゲンの外壁。

 その外側に、魔法列車が停車する駅の建設が行われている。

 それをアナスタシアは、伯父のオーギュストと並んで眺めていた。


 だんだんと建物ができていく様子は、見ていて心が躍るものだ。

 しかしアナスタシアの今の心は、残念ながらそれ一色ではない。

 理由は、先ほどのヴィットーレとのやり取りだ。彼が口にした言葉が、どうにも気になっているのである。


「なるほど、ヴィットーレがねぇ……。本当にあの男は、いちいち不穏なんだよなぁ」

「お父様が言っていた言葉の意味が、よく分かります」


 何とも言えない顔で、やや苦い声を出すオーギュストに、アナスタシアはこくりと頷く。

 さて、そんなアナスタシアだが、今、傍にシズはいない。

 オーギュストと合流した後で、ヴィットーレの動向を探りに行ってもらっているのである。


(本当はカフェのところから、お願いできていたら良かったんですが……)


 そうなるとアナスタシアの護衛がいなくなる。

 護衛役の人間に、自分は大丈夫ですから行ってください、なんて無責任になことは、図太いアナスタシアでも言えない。

 自分が頼んだことであっても、護衛の人間が離れて何かあれば、叱責されるのはシズもだからだ。

 だから先にオーギュストのところへ連れていてもらい、彼に護衛をお願いして、シズにヴィットーレの調査へ向かってもらったのだ。


(海都で見た夢の中のように、自衛手段を得なければ)


 そんなことを思い出していると、


「そう言えばナスタシアは、ヴィットーレを雇った経緯を知っているかい?」


 オーギュストからそう訊ねられた。


「大まかには。確かガラート兄様が幼い頃に、お父様が雇ったのですよね?」


 聞いた話では、ヴィットーレはガラートが六歳くらいの頃に、レイモンドが雇ったのだそうだ。

 従者を探していたところ、優秀な人物がいると、知り合いから紹介を受けたらしい。


「そうそう、今から十一年前のことだねぇ。その後、ヴィットーレの紹介で、アレンジーナとカルロもやって来たそうだ」

「十一年前……もしかして、ちょうど私が生まれた頃では?」

「うん、そうだね。何か気になる?」

「いえ、その……成長を見守られていたと考えると、それはそれで何だか複雑だなぁと」

「アハハ」


 冗談半分、本音半分でアナスタシアが言えば、オーギュストは思わずといった様子で笑っていた。

 それから彼は、少しだけ真面目な表情に戻って、


「ヴィットーレは分かりやすいから良いんだけどね。問題は他の二人だ」


 と続けた。


「アレンジーナさんとカルロさんですね」

「うん。カルロは、ヴィットーレの遣いで動いていることが多いから、恐らくそうだろう。アレンジーナも状況から考えて、違うとは思えない」


 それはそうだろうとアナスタシアも思う。

 『ヴィットーレの紹介で』となれば、アーデンの関係者ではないかと疑わざるを得ない。これはアレンジーナだけではなく、カルロにも言えることだが。


「ただね、アレンジーナは、フランツと良い関係を築いているし、こちらに協力的だ。だから信じたい気持ちはもちろんある」


 少しだけ、苦い笑みを交ぜる伯父に、アナスタシアは少し考えてから、


「伯父様、信じるための理由を探すことは、後ろめたいことではありませんよ。人は嘘を吐く生き物ですので」


 と言った。

 すると、オーギュストは目を丸くする。


「アナスタシアが言うと重いなぁ」

「フフ……私の人生も、少しずつ重みを増してきました」

「そういうところなんだよなぁ」


 オーギュストはくすくす笑う。


「……ん?」


 その時ふと、視界の端に、白いものが見えた。

 建設中の駅の上空だ。

 視線を向けると、そこには、手のひらサイズの白い天馬が数頭、ふわふわした翼で空を飛んでいた。


「あっ! 妖精の蹄(フェアリー・フーフ)!」

「お、本当だ。これは幸先が良い」


 妖精の蹄(フェアリー・フーフ)とは妖精馬の一種で、家を守る妖精と言われている。建物が好きで、建築が始まると、ああやって見物にやって来るのだ。

 建築中に妖精の蹄(フェアリー・フーフ)が現れると、その建物には良いことが起こると言われている。


「かわいいですねぇ……って、あら? 一頭違う子がいますね?」

「え? どれどれ?」

「端っこの子です。耳と尻尾の色が少し違うでしょう?」


 そう言ってアナスタシアは、右端の妖精の蹄(フェアリー・フーフ)を指さす。

 妖精の蹄(フェアリー・フーフ)の毛並みは白だが、その子は、耳と尻尾が銀色をしている。


「たぶんミロワールですね。楽しそうだから一緒に遊んでいるのでしょうね」

「ああ、本当だ。なるほど、妖精の蹄(フェアリー・フーフ)モドキかぁ」


 妖精ミロワール。

 妖精の蹄(フェアリー・フーフ)モドキとも呼ばれるほどに、妖精の蹄(フェアリー・フーフ)によく似た姿をしている妖精馬である。

 悪戯好きで、ああやって妖精の蹄(フェアリー・フーフ)の中に交じって、一緒に行動していることが多い。


(ミロワールが現れる時は、幸運とトリックスターの、二つの意味がありましたっけ。良いことと悪いことの先触れ……)


 悪いことは勘弁してほしいなぁとアナスタシアが思っていると、


「オーギュスト様~、終わったっすよ~」

「まったく、人使いの荒い男だよ」


 そんな明るい声が聞こえてきた。

 顔を向けるとそこには、こちらへ向かって歩いて来るメレディスとヴァレリーの姿があった。


「メレディスさん、ヴァレリーさん。こんにちは」

「おやま、お嬢様じゃないっすか」

「こんにちは。騎士君が一緒じゃないなんて、珍しいねぇ」


 レイヴン伯爵家に仕える使用人の制服を着た二人は、アナスタシアを見てニッと笑顔になった。


 アーデンの人間として、捕らえていたこの二人。

 アナスタシアは、彼らを仲間にしようとしていたのだが――その頑張りが実って、こうしてレイヴン伯爵家で働いてくれるようになったのだ。今はオーギュストの部下である。

 そして、二人からアーデンの情報をもらい、関係者の調査や拘束が始まっている。

 先ほどヴィットーレが言っていたが「アーデンのお偉い様方は、追い詰められております」とは、恐らく、これが関係しているのだろう。


(ただヴィットーレさんは別なんですよねぇ……)


 メレディスたちが教えてくれた情報の中でも、ヴィットーレが関係しているものは、驚くほどに少なかった。

 訊けば、彼らもヴィットーレが何をしているのか、よく知らないのだそうだ。


 仲間であっても、自分が不利になる情報を与えない。またヴィットーレは基本的に、何かする時は自分で動くらしく、証拠も綺麗に消しているのだそう。

 化け物か、とオーギュストがぼやいていたが、その通りである。


(本当に、敵でなければ優秀な人なんですけどねぇ……)


 アナスタシアが、そんなことを思い出していた時。

 妖精の蹄(フェアリー・フーフ)たちが、何かに驚いたようにばたばたと、その場から飛び去ってしまった。

 おや、とアナスタシアが空を見上げる。その後ろ姿が、何となく怖がっているように見える。

 どうしたのだろうとアナスタシアが思っていると、

 ――次の瞬間、こちらへ向かって、ぎらりと光るナイフが飛んできた。


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