第四話 妖精の蹄
領都クロックボーゲンの外壁。
その外側に、魔法列車が停車する駅の建設が行われている。
それをアナスタシアは、伯父のオーギュストと並んで眺めていた。
だんだんと建物ができていく様子は、見ていて心が躍るものだ。
しかしアナスタシアの今の心は、残念ながらそれ一色ではない。
理由は、先ほどのヴィットーレとのやり取りだ。彼が口にした言葉が、どうにも気になっているのである。
「なるほど、ヴィットーレがねぇ……。本当にあの男は、いちいち不穏なんだよなぁ」
「お父様が言っていた言葉の意味が、よく分かります」
何とも言えない顔で、やや苦い声を出すオーギュストに、アナスタシアはこくりと頷く。
さて、そんなアナスタシアだが、今、傍にシズはいない。
オーギュストと合流した後で、ヴィットーレの動向を探りに行ってもらっているのである。
(本当はカフェのところから、お願いできていたら良かったんですが……)
そうなるとアナスタシアの護衛がいなくなる。
護衛役の人間に、自分は大丈夫ですから行ってください、なんて無責任になことは、図太いアナスタシアでも言えない。
自分が頼んだことであっても、護衛の人間が離れて何かあれば、叱責されるのはシズもだからだ。
だから先にオーギュストのところへ連れていてもらい、彼に護衛をお願いして、シズにヴィットーレの調査へ向かってもらったのだ。
(海都で見た夢の中のように、自衛手段を得なければ)
そんなことを思い出していると、
「そう言えばナスタシアは、ヴィットーレを雇った経緯を知っているかい?」
オーギュストからそう訊ねられた。
「大まかには。確かガラート兄様が幼い頃に、お父様が雇ったのですよね?」
聞いた話では、ヴィットーレはガラートが六歳くらいの頃に、レイモンドが雇ったのだそうだ。
従者を探していたところ、優秀な人物がいると、知り合いから紹介を受けたらしい。
「そうそう、今から十一年前のことだねぇ。その後、ヴィットーレの紹介で、アレンジーナとカルロもやって来たそうだ」
「十一年前……もしかして、ちょうど私が生まれた頃では?」
「うん、そうだね。何か気になる?」
「いえ、その……成長を見守られていたと考えると、それはそれで何だか複雑だなぁと」
「アハハ」
冗談半分、本音半分でアナスタシアが言えば、オーギュストは思わずといった様子で笑っていた。
それから彼は、少しだけ真面目な表情に戻って、
「ヴィットーレは分かりやすいから良いんだけどね。問題は他の二人だ」
と続けた。
「アレンジーナさんとカルロさんですね」
「うん。カルロは、ヴィットーレの遣いで動いていることが多いから、恐らくそうだろう。アレンジーナも状況から考えて、違うとは思えない」
それはそうだろうとアナスタシアも思う。
『ヴィットーレの紹介で』となれば、アーデンの関係者ではないかと疑わざるを得ない。これはアレンジーナだけではなく、カルロにも言えることだが。
「ただね、アレンジーナは、フランツと良い関係を築いているし、こちらに協力的だ。だから信じたい気持ちはもちろんある」
少しだけ、苦い笑みを交ぜる伯父に、アナスタシアは少し考えてから、
「伯父様、信じるための理由を探すことは、後ろめたいことではありませんよ。人は嘘を吐く生き物ですので」
と言った。
すると、オーギュストは目を丸くする。
「アナスタシアが言うと重いなぁ」
「フフ……私の人生も、少しずつ重みを増してきました」
「そういうところなんだよなぁ」
オーギュストはくすくす笑う。
「……ん?」
その時ふと、視界の端に、白いものが見えた。
建設中の駅の上空だ。
視線を向けると、そこには、手のひらサイズの白い天馬が数頭、ふわふわした翼で空を飛んでいた。
「あっ! 妖精の蹄!」
「お、本当だ。これは幸先が良い」
妖精の蹄とは妖精馬の一種で、家を守る妖精と言われている。建物が好きで、建築が始まると、ああやって見物にやって来るのだ。
建築中に妖精の蹄が現れると、その建物には良いことが起こると言われている。
「かわいいですねぇ……って、あら? 一頭違う子がいますね?」
「え? どれどれ?」
「端っこの子です。耳と尻尾の色が少し違うでしょう?」
そう言ってアナスタシアは、右端の妖精の蹄を指さす。
妖精の蹄の毛並みは白だが、その子は、耳と尻尾が銀色をしている。
「たぶんミロワールですね。楽しそうだから一緒に遊んでいるのでしょうね」
「ああ、本当だ。なるほど、妖精の蹄モドキかぁ」
妖精ミロワール。
妖精の蹄モドキとも呼ばれるほどに、妖精の蹄によく似た姿をしている妖精馬である。
悪戯好きで、ああやって妖精の蹄の中に交じって、一緒に行動していることが多い。
(ミロワールが現れる時は、幸運とトリックスターの、二つの意味がありましたっけ。良いことと悪いことの先触れ……)
悪いことは勘弁してほしいなぁとアナスタシアが思っていると、
「オーギュスト様~、終わったっすよ~」
「まったく、人使いの荒い男だよ」
そんな明るい声が聞こえてきた。
顔を向けるとそこには、こちらへ向かって歩いて来るメレディスとヴァレリーの姿があった。
「メレディスさん、ヴァレリーさん。こんにちは」
「おやま、お嬢様じゃないっすか」
「こんにちは。騎士君が一緒じゃないなんて、珍しいねぇ」
レイヴン伯爵家に仕える使用人の制服を着た二人は、アナスタシアを見てニッと笑顔になった。
アーデンの人間として、捕らえていたこの二人。
アナスタシアは、彼らを仲間にしようとしていたのだが――その頑張りが実って、こうしてレイヴン伯爵家で働いてくれるようになったのだ。今はオーギュストの部下である。
そして、二人からアーデンの情報をもらい、関係者の調査や拘束が始まっている。
先ほどヴィットーレが言っていたが「アーデンのお偉い様方は、追い詰められております」とは、恐らく、これが関係しているのだろう。
(ただヴィットーレさんは別なんですよねぇ……)
メレディスたちが教えてくれた情報の中でも、ヴィットーレが関係しているものは、驚くほどに少なかった。
訊けば、彼らもヴィットーレが何をしているのか、よく知らないのだそうだ。
仲間であっても、自分が不利になる情報を与えない。またヴィットーレは基本的に、何かする時は自分で動くらしく、証拠も綺麗に消しているのだそう。
化け物か、とオーギュストがぼやいていたが、その通りである。
(本当に、敵でなければ優秀な人なんですけどねぇ……)
アナスタシアが、そんなことを思い出していた時。
妖精の蹄たちが、何かに驚いたようにばたばたと、その場から飛び去ってしまった。
おや、とアナスタシアが空を見上げる。その後ろ姿が、何となく怖がっているように見える。
どうしたのだろうとアナスタシアが思っていると、
――次の瞬間、こちらへ向かって、ぎらりと光るナイフが飛んできた。




