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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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第三話 ヴィットーレとテオ


 カフェを出たヴィットーレは、領都クロックボーゲンをぶらついていた。

 先ほど、アナスタシアたちには「休日です」と答えたが、これは嘘ではない。実際に、珍しく休みだったのだ。

 それならば領都の様子でも見ようかと、古都アーチボルトから足を延ばしたのである。


(それにしてもあのお二人、面白い顔をしていましたねぇ。特にアナスタシアお嬢様は、いやはや本当に、昔と変わったものです)


 思い出すと、思わず口の端が上がってしまう。

 以前の彼女は表情の変化が薄い――というか、どんなことをされても涼しい顔をしていた。

 それが今では、喜怒哀楽の感情表現が、実に豊かになったものだ。

 くすくすと笑いながら歩いていると、


「ヴィットーレ、あなたは一体、何を遊んでいるのです」


 と声をかけられた。

 顔を向けると、そこには顔色の悪い知り合いがいた。


「おや、これはまた……盗み聞きとは趣味が悪いですよ」

「あなたが言いますか?」

「ええ、言いますとも。珍しいところで会いましたね、テオ」


 彼のいる薄暗い路地に近付いて、ヴィットーレは返事をする。


「ずいぶん顔色が悪いですね。この間、無茶をしたのが尾を引いているのでしょう? 少し体を休めては?」

「私のことは良いのです、ヴィットーレ。上から指示が届いているでしょう」

「おやおや。今日の私はオフですよ。お休みです。たまにしかないんですから、仕事の話なんてよしてくださいよ」


 両手を軽く開いて、わざとらしく肩をすくめてみせる。

 するとテオの目が、若干不快そうに細くなった。


「……アレンジーナのようなことを言う」


 その言葉にヴィットーレは、おや、と目を丸くした

 アレンジーナ・スミス。

 レイヴン伯爵家に仕える同僚で、別の意味でもそう(・・)いう人物だ。


(似ていましたかね?)


 ふむ、と心の中でつぶやいて、自分の言動を考える。

 アレンジーナとは馬が合わないので、似ていると言われると、あまり好ましいとは思えないが――まぁ良いか、とヴィットーレは笑って、


あれ(・・)は特別ですからね。あそこまで命令を無視して生きていられるなんて、口うるさい上の方々は、本当に血筋というものが大事なようだ。……ま、それでもそろそろ、危ないかもしれませんが」


 と、返しておいた。


「それを言うならばテオ、あなたもそうですよ。失態にもほどがある。他人のことをとやかく言う前に、ご自分の心配をしたらいかがです?」


 海都レインリヒトの件だ。

 テオに与えられた仕事は、カール・ベリウス星爵と共に、海都の動向を逐一報告することと、療養中のレイモンド・レイヴンや、エレインワース・レイヴンが、本来の(・・・)正常な思考に戻らないように、働きかけることである。


(カール・ベリウスは、完全に裏切りましたけれど)


 ヴィットーレは、ベリウス星爵との付き合いはほとんどない。

 テオの報告によれば、子が出来たことがきっかけらしいが、恐らくそうではないだろう。

 彼がどのような人物かは、さほど詳しく知っているわけではないが、アナスタシアが来た時に裏切ったならば、前々から計画を企てていたはずだ。

 あの男は、ただ、タイミングを計っていただけだ。家族の安全を守るために、もっとも良いタイミングを。

 誠実そうな顔をしているが、やはり彼も貴族の端くれということだろう。食えない男である。


「それで、今はどんな命令がきているんです?」

「ヴァレリー様とメレディスの処分です。あの二人から情報が漏れる危険があるからと」

「はぁ……?」


 思わず、うんざりしたため息が零れた。


「お偉い方々は、そうやってすぐに人を使い捨てる。人材は無限ではないのですから……まったく嫌になりますねぇ」


 ただでさえ、()の教育方針で、自分の命を大事にしない同胞が多いのだ。せっかく育った戦力を、こうも簡単に減らそうなんて浅慮が過ぎる。

 どうせなら、もっと上手く(・・・)使ってからの方が良いだろうに。

 そう思いながら、ヴィットーレはテオの目をじっと見つめる。


「では、その仕事をこなせば、あなたは延命出来ると?」

「いいえ、今回の件が終われば、私に使い道はもうないでしょう。私は役に立つか立たないかで存在しているだけです。役に立たなくなったら生きている価値はありません」

「…………」


 これが、上の人間の教育の結果だ。

 不快に思いつつ、それを表情に出さずにヴィットーレは、薄ら笑いを浮かべた。


「相変わらず人形のようですね、あなた」


 皮肉を込めて言っても、テオは表情を変えることはなかった。

 昔から、この男はずっとこう(・・)だ。こうしかなれなかったのだ。

 ある意味で憐れだとヴィットーレは思う。

 小さくため息を吐くと、


「レルナーの方はどうなっていますか?」


 情報が漏れる心配をするならば、もう一人いたなと思い出し、そちらは処分の指示がないのかと、ヴィットーレは訊ねる。

 テオは首を横に振ると、


「気の小さく、アーデンのために、覚悟を決められないような男です。放置しておけば問題ないとの判断でした。レルナーはずっと怯えるだけで、何も話せないだろうからと」


 と答えた。

 なるほど、それは確かにそうだ、とヴィットーレは頷く。


「しかし、あの二人を相手にするのは、あなたには少々荷が勝つのでは? 良ければ手伝いましょうか?」

「結構です。あなたにはあなたの仕事はあるでしょう」

「まぁ、そうですね」

「では、私はこれで失礼します」

「ええ、はい」


 テオはそれだけ言うと、路地裏の方へと歩いて行った。

 その足取りは、やや、ふらついている。休養を取らなければ、それこそあっと言う間に死んでしまうだろう。


「……まったく、テオは本当に、アーデンの理想の子供ですねぇ。彼の親はさぞ褒められたでしょうね。教育係として素晴らしいと」


 人形のように従順で、アーデンに忠実な子供。

 そうやって、アーデンの血を引く子供たちは育てられた。ヴィットーレもだ。

 若い世代には、そのことに疑問を抱く者も増えてきたが、ひと昔前はテオのような人間ばかりだった。アーデンのために生きることを至上の喜びとするような、そんな人間だ。


(滑稽ですね、我々は)


 ヴィットーレは、遠ざかって行くテオの背中を眺めながら、


「あー、反吐が出る」


 感情のない声で、ぽつんとつぶやいたのだった。


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