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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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第二話 カフェでの邂逅


 アナスタシアとシズがテラス席へ近付くと、ヴィットーレがふっとこちらを向いた。

 彼はすぐに二人を見つけたようで、軽く目を開いてから、にっこりと微笑む。


「これはこれは、珍しいお客様ですねぇ」

「こんにちは、ヴィットーレさん」

「こんにちは、お嬢様、騎士くん。お元気そうで何よりです」

「お元気そうも何も……あんたはこんな場所で堂々と、一体何をしているんだ?」


 シズが半眼になって訊ねると、ヴィットーレは笑みを崩さずに、


「まぁまぁ、立ち話も何ですので、どうぞ?」


 と、向かい側の席へ手のひらを向ける。

 アナスタシアは、どうぞと言われてもなぁと思って、シズと顔を見合わせる。

 けれど確かに、立ったまま話をというわけにもいかない。


 ひとまずアナスタシアだけ席につき、シズがその後ろに立った。

 するとヴィットーレは、それぞれに視線を送りながら「おや、残念」と肩をすくめた。


「お二人と一緒に、お茶会を楽しもうと思いましたのに……」

「しないよ。嫌だよ」

「フフ、嫌われてしまいましたねぇ。悲しいです」


 手で口を覆って、わざとらしく言うヴィットーレに、シズは頭の痛そうな顔になった。

 人当たりの良い彼が、こんな顔をするのは相当である。


(これまで色々とありましたからねぇ……)


 迷惑を被っているのはアナスタシアも同じなので、気持ちはよく分かるけれども。

 そんなことを思いながら、アナスタシアはヴィットーレへ、


「それで、ヴィットーレさんは領都で、一体何をなさってらっしゃるんです?」


 と、改めて訊ねた。


「見ての通り、カフェで優雅にティータイムを満喫中です」

「確かに、見ての通りはそうですね?」

「信用がありませんねぇ、私」

「信用されるような積み重ね、今まであった?」

「ありませんねぇ」


 しれっとした顔で答えるヴィットーレに、シズはため息を吐く。

 本当に、ヴィットーレはこういう男である。


「ま、私がどこにいようと、私の自由ではありませんか。今日は休日なのですから」

「休日ですか?」「休日ぅ?」


 アナスタシアとシズの声が重なる。あまりにも意外な返答だったからだ。

 確かに人間には休日は必要だ。

 しかし、それがヴィットーレの口から出てくるとなると、何とも奇妙な気分になってしまう。

 すると、そんなアナスタシアたちの心境を察してか、ヴィットーレが大袈裟に驚いた素振りをする。


「おや、お嬢様や騎士君には、よもや休日がないのですか? それはそれは、心より同情いたします」

「あるよ」

「ありますよ」

「フフ、なら私にも、お休みがあるとお分かりでしょう?」


 にっこりとヴィットーレは笑う。


「……まぁ、休みは大事だけどね」

「でしょう?」

「ヴィットーレさんはお休みでも、働いているイメージがありましたので」

「おやおや、お嬢様の頭の中の私は、実に働き者ですねぇ」


 ヴィットーレは楽しそう言って、チーズケーキの最後のひと口を食べた。

 うーむ、と思いながら、アナスタシアはそれを見ていると、


「ずいぶん警戒なさっていますねぇ。ご安心を、何もしませんよ。今日はね。だって、たまにしかない休日なのですから。わざわざ働いたりしません」


 ヴィットーレはそう続ける。

 これまでのことを考えると、警戒するなという方が無理である。

 シズも同感だったようで「信用出来ないんだよなぁ……」とつぶやいていた。


「フフ……ま、本当にね。今日は(・・・)、特に目的はありませんよ。ただの休みですから」

「おや、強調しますね」

「しますとも。嘘か真実か、どちらだと思います?」

「そういう問いかけをするから、信用し難いのですよ」

「あっはっはっ」


 アナスタシアがすっぱり返すと、ヴィットーレは思わずといった様子で噴き出し、大きな口で笑っていた。

 その様子は、以前にクロック劇場が氷漬けとなった事件で楽しげに笑っていた、何者かが演じていた『ユイル』を彷彿とさせる。

 本人は否定しているが、やはりあれはヴィットーレだろう。


「そろそろ不自由な環境に押し込まれそうですからねぇ。今のうちに自由を満喫しておこうと思って。もっとも、私は何もしていませんけれど」

「堂々と仰る」

だから(・・・)堂々としているのですよ」

「では、その時間を使って逃げないのですか?」

「私はガラート様の従者ですよ? 逃げも隠れもいたしません。それに『私』を拘束するだけの証拠は、揃っていないでしょう?」

「さて、どうでしょうね?」


 探るようなヴィットーレの質問に、アナスタシアはすっとぼけてみせた。

 あると言えばあるし、ないと言えばない。

 今のところはそんな様子だからだ。 


(ただ、ヴィットーレさんの予想通り、そろそろ情報は集まる)


 もっとも、ここまで予想しているのならば、きっと何かしらの策を講じてくるだろうけれど。

 そう思っていると、


「ところで、お嬢様は何をなさっているんです?」


 ヴィットーレから、逆に質問を受けた。

 確かに、こちらが訊ねてばかりではフェアではないだろう。

 そう思ったアナスタシアは、当たり障りなく答えることにした。


「お仕事だったり、お仕事じゃなかったりですね」

「曖昧ですねぇ」

「お互い様でしょう」

「まぁねぇ」


 ヴィットーレは口の端を上げて、紅茶を飲む。

 それから、ふと思い付いたように、


「ああ、そうだ、お嬢様。ゲームをしませんか?」


 などと言い出した。

 アナスタシアとシズは、揃って目を丸くする。


「ゲーム?」

「ええ。簡単なカードゲームですよ」


 ヴィットーレはティーカップをテーブルに置くと、懐からカードを取り出した。

 (かみさま)の絵が描かれた一般的なカードである。

 ヴットーレはにっこり笑って、そのカードをシズへ差し出した。


「どうぞ、騎士くん。種も仕掛けもないですから」


 自分の行動は、常に疑われていることを自覚しているのだろう。

 シズは胡散臭い笑みを浮かべるヴィットーレからカードを受け取ると、一枚一枚じっくりと確認する。 


「……何もないな。魔法も感じない」

「でしょう? 私、誠実ですから」

「誠実の意味を、一度しっかり調べた方がいいんじゃない?」


 シズはヴィットーレの言葉に眉根を寄せながら、カードを彼に返す。

 ヴィットーレはそれを受け取ると、中から二枚のカードを取り出した。


「それではゲームの説明をします。今からこの二枚のカード……片方が死神、片方が銅の星(コパ・ステラ)を描いたものですが、このどちらかをお嬢様に引いていただきます」


 そう言いながら、ヴィットーレは二枚のカードの裏面をアナスタシアへ向けて、スッと軽くスライドさせた。


「死神を引いたら私の勝ち、銅の星(コパ・ステラ)のカードを引いたらお嬢様の勝ち。二分の一ですよ、簡単でしょう?」

「なるほど」

「ですが、ただ勝負するだけでは面白くありませんよねぇ……あ、そうだ。私が勝ったらここの支払いをお願いします。お嬢様が勝ったら、ちょっとした情報をプレゼントしましょう」

「情報?」

「ええ」


 聞き返すと、ヴィットーレはこくりと頷いた。


(情報は……興味がありますけれど)


 このヴィットーレ・ヴュルガーという男が、果たして言葉のまま正直に、その『ちょっとした情報』とやらを教えてくれるものだろうか。

 何せ、先ほども言った通り彼には信用がない。こんなことを言って、その言葉の裏に何を仕込んでくるか分からない相手だ。

 アナスタシアは少し考えて、


「受けましょう」


 と返事をした。


「アナスタシアちゃん、いいの?」

「はい。せっかくの申し出なので」

「フフ、それは何よりです。では……どうぞ?」


 にっこりと笑って、ヴィットーレはカードを持った手を、ずい、とアナスタシアへ近付ける。

 右か、左か。


(右でしょうか)


 特に理由があるわけじゃない。

 ただ、何となくそっちのような気がしたのだ。

 だからアナスタシアは悩まずに、スッと右のカードを引いた。

 ヴィットーレの表情は動かない。

 くるりとカードを裏返してみると――銅の星(コパ・ステラ)の絵が描かれていた。


「引きました!」

「やった!」


 アナスタシアが振り返ってシズとハイタッチする。

 それを見てヴィットーレは「お嬢様の勝ちですね」と苦笑した。

 ほんの少しだけ悔しそうな雰囲気の彼は、くすくすと笑って、


「では一つだけご褒美です」


 と続けた。

 アナスタシアは、再びヴィットーレの方へ顔を向ける。

 ヴィットーレは僅かに目を細めて、


「――あなた方の敵は、追い詰められておりますよ。気を付けてくださいね」


 もう片方のカード――死神の絵が描かれたカードをテーブルの上に置く。

 そして紅茶を飲み干すと、


「それでは、ごきげんよう」


 お会計用の伝票を手に、カフェの中へと歩いて行った。

 アナスタシアとシズは目を瞬いて、その後ろ姿を見つめる。


(確かにちょっとした情報を、とは言っていましたけれど)


 妙に物騒な置き土産をもらったものだ。


「何なんだろうね、あれ」

「そうですねぇ……」


 シズの言葉に頷きつつ、アナスタシアはカフェの方へ視線を向けたまま、


「シズさん、お願いしたいことがあります」


 とある頼みごとを、彼にしたのだった。


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