第一話 誰も知らないその鍛冶屋
その日、アナスタシアとシズは、領都の一角に佇む、一軒の鍛冶屋へとやって来ていた。
「やっぱりここ、ちょっと前まで空き家だったと思うんだよなぁ」
大槌と松明をモチーフにした看板を見上げ、シズは首を傾げる。
ここはイヴァンから教えてもらった鍛冶屋だ。魔法道具に分類される武器の修理や手入れが可能な、腕の良い鍛冶師がいるらしい。
二人はその人物に、アーサー・レイヴンの宝槍『星辰』の修理を依頼するために、やって来たのである。
アナスタシアは、布で包んでシズに運んでもらっている『宝槍』を見ながら、
「イヴァン兄様も手入れをしてもらったそうなので、間違いはないと思うのですが……」
「そうだよねぇ。俺も見せてもらったし」
「ええ。……でも、やっぱり、ここの噂は、誰からも聞かないんですよねぇ」
そう言って、手に持った手書きの地図に目を落とす。
イヴァンが書いてくれたものだ。この地図に従って、二人はここへ到着したのだが――しかし、どうにも奇妙なことがある。
イヴァン以外は『誰も』この鍛冶屋について知らないのだ。
『腕の良い鍛冶師』がいるのならば、何かしら噂になっていてもおかしくない。
けれど、それがないのである。
それにイヴァンも、この場所を知った経緯が、紅玉の星の夢のお告げらしい。
あまりにも不自然で不思議な状況だ。
(ご本人様がいらっしゃるとか……いやいや、さすがにないですよねぇ)
そんな想像をしながら、アナスタシアとシズは鍛冶屋のドアを開けた。
とたんに、熱気がぶわり、と外へ飛び出した。
一緒に、カン、カン、と鉄を槌で叩く音も聞こえる。
(これはすごい)
ドアを開けるまで、音も熱も、まったく感じなかった。
どうやらこの建物は、断熱と防音がしっかりできているらしい。
そのことにアナスタシアは感心する。何なら、ちょっと詳しい話を訊きたいくらいだ。
そう思い目を輝かせていると、
「こんにちは、お邪魔しまーす」
と、シズが挨拶をして中に入る。
アナスタシアも「お邪魔しまーす」と彼に続いた。
「……客か?」
すると、中にいた人物が手を止めて、こちらを向いた。
灰色の髪に、紅玉色の瞳をした、どこか気難しそうな雰囲気の男性だ。歳は二十代半ばくらいだろうか。
(兄様の話では、気の良い方とのことですが……)
そんなことを思い出しながら、アナスタシアは挨拶をする。
「お手を止めてしまい、申し訳ありません。私はアナスタシア・レイヴンと申します。お仕事のご相談に伺いました」
「そうか、よく来た。私のこれは……ただの趣味だ。気にしなくて良い」
鍛冶師は立ち上がり、アナスタシアたちの方へ歩み寄る。
こうして近くで見ると、彼は意外と背が高かった。シズよりも、頭一つ分くらい大きい。
アナスタシアが『おおー……!』と思っている内に、彼は目の前までやって来た。
そして、じろり、とこちらを見下ろす。
「それで、どんな仕事だ?」
「はい。実は……」
アナスタシアは答えながら、シズを見上げた。
彼は頷くと、『星辰』を包んでいた布を開けて、鍛冶師へと差し出す。
「この槍の修理をお願いしたいのです」
「ふむ……魔法道具の槍か。ずいぶん昔のものだが、なるほど。手入れをする前に使ったな?」
「実は、どうしても必要となってしまって」
「それでこの状態か。槍が死んでいないのが奇跡だな」
「死ぬ?」
「生き物と同じだ。道具も、いつか死ぬ。しかし、なるほど……」
鍛冶師は軽く頷くと『星辰』を様々な角度から眺め始める。
軽く振ったり、回したりもしながら、
「……魔力が似ているから動いたのか」
鍛冶師は、ちらりとアナスタシアを見て、そう呟いた。
アナスタシアは「え?」と首を傾げる。
「何でもない。これならば修理が可能だ。……そうだな、一ケ月は掛かるが構わないか?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
「良かったね、アナスタシアちゃん」
「はいっ!」
鍛冶師の言葉に、アナスタシアとシズは、わっ、と笑顔になる。
しかし、鍛冶師はその後に「ただ」と続けた。
「ただ?」
「これは、レイヴンの騎士だけが扱える槍だ」
「……? 血筋、ということですか?」
「さてな。元に戻った時に、果たして何の助けもなく、君が扱えるか……実に楽しみだよ」
そう言って鍛冶師は、口の端をにやりと上げた。
◇ ◇ ◇
(何だか不思議な人でしたねぇ)
鍛冶屋から出たアナスタシアは、ぱたんと閉じたドアを振り返りながらそう思った。
(まるで『星辰』のことを、始めから知っているような……)
鍛冶師の、紅玉色の瞳を思い出しながら考えていると、
ゴーン、
と、時計塔の音が鳴り響いた。
音につられて、アナスタシアはそちらへ顔を向ける。
時計の針は午前十時を指している。屋敷へ戻るにも、まだ時間に余裕がある。
「ねぇねぇ、シズさん。駅の建設現場を見学に行っても良いですか?」
「もっちろん!」
「やったー!」
「あはは。たぶん今頃は、オーギュスト様もいるんじゃないかな」
「おや、伯父様ですか?」
「うん。ああいう新しいことが始まるとさ、良からぬことを企てる奴らがこっそり見に来るかもしれないからって。情報収集のチャンスだって張り切っていたよ」
「なるほど~」
そんな話をしながら二人は、魔法列車の駅の建設現場へ向かって歩き始める。
その時、アナスタシアの視界の端に、意外な人物が映った。
二人が歩く時告げの大通り。
その大通り沿いのカフェのテラス席だ。
そこに、ここにいるはずのない人物――ヴィットーレが、チーズケーキを食べながらくつろいでいる。
「シズさん、シズさん。あのカフェにいるの、ヴィットーレさんではありませんか?」
「え?」
アナスタシアが足を止め、シズにそう呼びかける。
彼は目を瞬いて、アナスタシアが示した方へ顔を向けた。
そして、ぎょっと目を剥く。
「はい!? あいつ、何で堂々とこんな場所にいるの!?」
「と、とりあえず、行ってみましょうか」
「そ、そうだね……」
動揺するシズと共に、アナスタシアはヴィットーレのところへと向かった。




