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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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プロローグ 時計塔と小鳥と彼


 レイヴン伯爵領の領都クロックボーゲン。

 かつてアーサー・レイヴンが、(つい)棲家(すみか)として選んだこの町は、領主が住まいを移したことで『領都』と呼ばれるようになった。


 そんなクロックボーゲンの中央には、この待ちで最も空に近い高さを持つ、時計塔が建っている。

 領都の門から、真っ直ぐに続く時告げの大通り(クロック・アベニュー)の真ん中。

 ちょうど、町としても中央となるそこは、クロックボーゲンが領都となり、今のように大きくなる前からここに在り、人々の暮らしを見守り続けてきた。


 変わらぬ姿で、変わりゆく人々の姿を、ずっとずっと見守り続けてきたのだ。

 晩年のアーサー・レイヴンも、時計塔を見上げながら過ごしていたと言う。


 そんな領都の、ランドマークとも言える時計塔の最上階。

 展望台のようになっているそこに、一人の青年が、壁に背を預けてぐったりとした様子で床に座り、朝日を浴びていた。


 歳は二十代半ばくらいだろう。

 緩く波打つ金髪に、宝石のように美しい黒色の瞳。そして端正な顔立ちと、自然と人目を惹くような容姿をしているが、彼の表情や纏っている雰囲気はどこか無機質。

 そのせいで、動かなければまるで人形と見紛いそうになる。


 青年の名前はテオ。

 海都レインリヒトで暗躍をしていた、カール・ベリウス星爵(せいしゃく)の、元従者である。



 ◇ ◇ ◇



「……朝か」


 (まばゆ)い光が目に入り、テオは億劫(おっくう)そうにゆっくりと顔を上げた。

 白く澄んだ日差しが、東の空から領都を照らしている。


 テオが領都へやって来たのは、昨日の夕方だ。

 自分の居所を知られないように、宿を取らずにこんな場所で一晩を過ごしたせいで、眠りは浅く、体や目が痛い。


(いや、目が痛むのは……自業自得か)


 海都での一件で、左目を代償にして無理な魔法を使ったため、後遺症が残ってしまったのだ。

 視力は薄っすら見える程度に落ち、さらにじくじくとした痛みが今も続いている。

 それでも、魔法を使った直後よりはマシになったので、時間が経てば、この痛みだけは治まるだろう。


(それでも、この結果か)


 左目を犠牲にしたわりには、成果は思わしくなかった。

 レイモンド・レイヴンは生き残り、ベリウス星爵の処分も失敗。

 ベリウス星爵の持つアーデン側の情報が、レイヴン伯爵家へ流れてしまった。


 とんでもない失態だ、どう責任を取るつもりだと、テオはアーデンの上層部から叱責された。

 責任の取り方なんて一つだけだ。

 しかし、それでもまだ(・・)使い道があると生かされていた。

 裏切り者を処分しろ――それがテオに与えられた最後(・・)の命令だった。


 そういった仕事は、本来は別の人間が担当していた。

 しかし状況が変わった。

 レイヴン伯爵領内が変化し、自分たちの思惑通りに計画が進まなくなり、人手が足りなくなったのだ。

 だからテオにその仕事が回ってきた。ただ『命と引き換えにしてでも』と頭につくけれど。


「お前にはメレディスとヴァレリーの処分を任せる」


 テオは上からそう命令を受けた。

 あの二人は、領都で貴族たちが騒ぎを起こすように、裏で糸を引いていた。

 

 しかし計画は失敗。

 メレディスとヴァレリーはそのまま捕らえられ、今は領都の領騎士団(りょうきしだん)の牢屋に入れられている。

 二人から、アーデン側の情報が流出するのを危惧した上層部は、早い段階で二人の処分を決めていた。

 けれど領騎士団の詰め所の警備が厳重で、建物自体も建て直された際に構造の見直しがされたらしく、手出しできなかったのである。


 それなのに、何故今になってそんな命令が下ったのか――。

 理由はメレディスとヴァレリーが、レイヴン伯爵家に仕えるようになったらしい、との情報が届いたからである。


 二人が、どんな思惑でそう決めたのかテオには分からない。

 事情も意図も、テオと彼女たちの考え方が違い過ぎるため、推測するのが難しいのだ。

 テオと違って、メレディスとヴァレリーはいつも『渋々指示に従っている』という様子だった。

 だからこそ上からの印象が悪く、信用もない。

 そのためアーデンの上層部は、二人が『裏切った』として、早急に処分するためテオを向かわせたのだ。


(今の私では、共倒れが良いところだな)


 ぼんやりとそんなことを考えていると、すぐ近くで、チチ、とかわいらしい鳥のさえずりが聞こえた。

 つられて顔を向ければ、展望台をぐるりと囲む、落下防止用の縁の上に、白い小鳥がとまっている。

 小鳥は、せわしなく首や体を動かしながら、周りの様子を確認していた。


「……おいで」


 テオは何となく右手を差し出して、ささやくように話しかける。

 小鳥は何度か首を傾げた後、ぱたぱたと飛んで、その指にとまった。

 チチチ、とさえずる小鳥を眺めながら、テオが目を細めた時、


『テオは本当に小鳥に好かれやすいですよねぇ』


 同僚の言葉が、ふっと、頭の中に蘇った。



 ◇ ◇ ◇



 あれは、もう何年前のことだっただろうか。

 同僚のアレンジーナから言われた言葉だ。


 当時から、アレンジーナは上層部の命令を、のらりくらりとかわしていた。

 そんなことをすれば、いずれアレンジーナも処分されてしまうと、テオは危惧した。


 テオは、アレンジーナと特別仲が良いわけではない。

 けれど仲間の中では、よく話をする方だ。

 だから心配になり、忠告しようとアレンジーナを呼び出した。


「アレンジーナ。あなたはどうして、指示に従わないのです。そのままでは、例えあなたであろうとも、いずれ処分されますよ」

「あはは。テオは真面目ですねぇ。もうちょっと柔軟な方が、人生楽ですよ」

「笑いごとではありません」

「いやぁ、あっはっはっ」


 テオが軽く睨むが、アレンジーナは肩をすくめるだけだ。

 そして、朗らかな笑顔を崩さずに、


「でもね、テオ。あたしはもう、選んだんですよ。フランツ坊っちゃんの成長を見守ろうって」


 と言った。


「フランツ・レイヴン? 彼が領主になるということですか?」


 レイヴン伯爵領の領主レイモンドと、第一夫人エレインワースの間に生まれた三番目の子。

 武術が不得手で、騎士の領の領主一族らしい気概が感じられず、両親の顔色を窺う子供という印象が、テオの中にあった。


(確かに、初代領主と同じ髪と瞳の色をしていますが……)


 容姿だけならば、見栄えは良い。


(ただ、それならば、第二夫人の子にも言えるが――……)


 怪訝に思いながら、テオがそんなことを考えていると、アレンジーナは「そうじゃありませんよ」と首を横に振った。


「本気で領主を目指せば、可能性はあると思いますけどね。でも、そういう話じゃないんですよ。ただ、あたし自身が、坊ちゃんを見守りたいだけです」

「理解できません」


 テオは間髪入れずにそう返した。

 するとアレンジーナは「否定が早いなぁ」と苦笑する。


「そんなものが、何の役に立つと言うのです」

「役に立つか立たないかじゃないんですよねぇ。テオにもいつか分かりますよ。人生を変えるくらいの出会いをすれば、きっと」

「……そんなものは必要ありません。私の人生に、変えるべきものはない」


 相変わらず、この人は何を言っているのかさっぱりだ。

 テオが大きくため息を吐いた時、チチチ、と小鳥が鳴きながら、テオの頭の上に降り立った。


「ん……?」

「おや、かわいらしい」

「またですか……」

「また? 来る時にでもあったんです?」

「ありました。まったく、人を止まり木のように……」

「テオは本当に小鳥に好かれやすいですよねぇ」


 アレンジーナがくすくす笑う。

 テオは複雑な気持ちになったが、それでも小鳥を驚かせないように、目だけを上へ向ける。


「そんなはずないでしょう。ただの偶然ですよ」

「いやいや、こういう小さな生き物ってのはね、嫌な奴には懐かないもんですよ。良かったですねぇ」


 そう言ってアレンジーナは、少々羨ましそうに笑っていた。



 ◇ ◇ ◇



「……人生を変えるくらいの出会い、か」


 小鳥を見つめて、テオは小さくつぶやく。

 あの時、自分は「そんなものは必要ない」とアレンジーナに答えた。

 しかし何故か今は頭に、元主人のベリウス星爵夫妻が浮かぶ。


「…………」


 どうしてだろうか。何故、こんな気持ちになるのだろうか。

 胸に広がる苦さを堪えて、テオはぐっと目を閉じる。


 そんなテオを、指先に止まった小鳥が、チチ、と相変わらずかわいらしい声で鳴きながら、不思議そうに見つめていたのだった。


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