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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十章 憧れの肖像と夢現の舞踏会
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閑話 イヴァンの来訪

「久しぶりだ、アナスタシア」

「お久しぶりです、イヴァン兄様」


 にこりと笑って、アナスタシアは目の前の人物にそう挨拶する。

 

 屋敷で次の発明の構想を得るために本を読んでいたところ、レイヴン伯爵家の二男・イヴァンがやって来たのである。

 約束は特にしていなかったのだが、領都に用事があったので、そのついでに寄ったのだそうだ。

 珍しく一人だったので、従者のカルロは一緒ではないのかと訊いたところ、


「ヴィットーレの奴にまた(・・)仕事を押し付けられていてな……」


 と、ため息交じりに教えてくれた。気の弱いカルロのことだ、ヴィットーレに言い負かされて渋々従っているのだろう。

 彼らが屋敷にいた頃に、たまに見た光景が頭の中にするりと浮かんで、アナスタシアは苦笑いを浮かべた。


(それにしても、また何か企んでいるんでしょうか)


 旧アーデン領の関係で、ヴィットーレは色々と暗躍している。彼が裏で糸を引いているのは分かっているが、彼であるという確たる証拠は残さないため、捕まえるに至っていない。

 ヴィットーレのことはオーギュストが監視し、逐一報告をしてくれているが、それでもなかなか尻尾を出す様子がない。本当に厄介な話である。


 そんなことを考えながらアナスタシアが、イヴァンと向かい合って座っていると、ロザリーが紅茶を淹れたティーカップを、二人の前にそっと置いてくれた。

 葡萄の甘くフルーティーな香りする。確か古都で流行している紅茶だったなとアナスタシアが思い出していると、その香りにイヴァンがふわりと微笑んで、口をつける。


「良い味だ。古都で飲んだ時よりも味が良いな……?」

「ロザリーさん、紅茶を淹れるのがとてもお上手ですから。マーガレットさんやマシューさんにもすごく褒められているんですよ」

「あの二人から? それはすごいな。昔からいる使用人たちでも、なかなか合格をもらえないのに」


 へぇ、とイヴァンはつぶやいてロザリーの方へ顔を向ける。続けざまに褒められたロザリーは、少々照れながら「いやぁ、えへへへ……」と笑っていた。

 努力を続けている彼女が褒められるのは、アナスタシアも嬉しい。つられてにこにこ笑っていたら、イヴァンから何だか微笑ましいものを見るような眼差しを向けられた。


「……あ、そうだ。そう言えば兄様、領都には何のご用事だったんですか?」

「ああ、実はな……夢に紅玉の星(ルビー・ステラ)が現れてお告げを……」

「えっ」


 アナスタシアは思わず目を丸くした。

 紅玉の星(ルビー・ステラ)とは右手に大槌を、左手に松明を持った男神で、鍛冶の(かみ)とも、火の(かみ)とも呼ばれている。

 グナーデシルト騎士学校にもその像があり、イヴァンが熱心に祈っている(かみさま)だ。


「……また何か騒動が?」


 ごくり、とアナスタシアが尋ねる。グナーデシルト騎士学校の一件もあって、少々嫌な想像が頭に浮かんだのである。

 まぁ、あれは紅玉の星(ルビー・ステラ)からイヴァンへの贈り物のようなものだったので、騒動と言うと相応しくないかもしれないけれど。


「い、いやっ、そういうことではない……と思う」


 イヴァンは慌てた様子で首をぶんぶん横に振る。しかし、だんだん不安になってしまったのが、最後の方では少しばかり声が小さくなってしまった。


(まぁ、これが大事だったなら、直ぐに報せてくれると思いますし)


 以前の関係であれば、何か起こったとしてもイヴァンは、アナスタシアに報せることはなかっただろう。今はフランツが遊びに来る時に、アナスタシア宛ての手紙を持たせてくれている。

 手紙の内容は、最初はぎこちないもので、仕事で使われていそうな文面だった。それが今では、アナスタシアの健康を気遣ってくれたり、騎士学校での面白い話なども手紙に綴ってくれるようになったのだ。


 アナスタシアもだんだん楽しみになって、これは自分も気合いを入れねばと、ローランドたちに手紙の書き方について相談しながら返事を書いている。

 これまで会話もほとんどしてこなかったのに、今では頻繁に手紙のやり取りをするくらいの関係になるなんて、本当に縁とは不思議なものである。


「差し支えなければ、どんなお告げだったのか教えていただいても良いですか?」

「ああ。本当に、そんなに大したことではないんだ。領都に、腕の良い鍛冶師がいるから訪ねてみると良い、と。何でも魔法道具に分類される武器の修理や手入れも出来るらしい」

「魔法道具!」


 アナスタシアは思わず、ガタッと席を立った。

 急に大きな声を出したので、イヴァンの目が丸くなる。


「イヴァン兄様、魔法道具の武器も可能と仰いましたか!」

「あ、ああ、言ったが……」

「素敵です!」


 ぐっ、とアナスタシアは両手を合わせて目を輝かせた。

 魔法道具の扱いに長けた人物というだけでも興味を惹かれるが、何よりもアナスタシアが注目したのは『魔法道具に分類される武器の修理や手入れ』という部分だ。

 なぜなら、アーサー・レイヴンの宝槍『星辰』を直せる人物を、アナスタシアはずっと探していたのである。


 『星辰』は魔法道具に分類される、幅広の長い穂先を持った白き槍だ。

 レイヴン伯爵領の初代領主、アーサー・レイヴンが王より賜った宝槍で、その一振りは闇を祓うとも、魔を貫くとも言われている。

 実際に、領都クロックボーゲンが魔呼びの泥(ダンテ・シュラム)の被害に逢っていた時に『星辰』の光が、それらを祓ってくれた。


 しかし、その時を最後に星辰の光は消え、動かせなくなってしまった。長年手入れをされることなく放置され続けたことが原因だ。

 だからアナスタシアは、魔法道具に分類される武器の手入れや修理が出来る鍛冶師を探していたのだが――あいにくと未だ見つけることが出来ずにいた。


 それが、この領都にいるだなんて。


(ですが不思議ですね。領都は何度か探していますし、鍛冶師の方にもあたっているのですが、そんな話は……)


 アナスタシアは内心首を傾げた。

 レイヴン伯爵家の評判の悪さが尾を引いて、教えてくれなかっただけかもしれないが、それにしても奇妙な話である。


「……兄様はもう会いに行かれました?」

「ああ。気の良い人だったよ。アナスタシアも会いたいなら、住所を教えようか?」

「ぜひ!」

「分かった。……とりあえず座ったらどうだ? 会話の最中に立ち上がるのは、あまりマナーの良いことではないぞ」

「そうでした。失礼しました、兄様」


 イヴァンにやんわりと注意され、アナスタシアは椅子にすとんと座る。

 イヴァンは軽く頷くと、懐から手帳とペンを取り出して、さらさらと住所と地図を書き始めた。

 それを見て、そわそわした気持ちを抑えきれなくなったアナスタシアが背筋を伸ばして覗いてみれば、綺麗な文字が綴られている。地図の方も上手だ。


 実はイヴァンから初めて手紙をもらった時、活版印刷のように整った彼の文字を見てアナスタシアは少なからず驚きを覚えた。勉強よりも鍛錬をしているイメージが強かったからだろう。そこへ幼少の頃に「鍛えてやる」と追いかけられた記憶がプラスされて、文字もそんな感じなのだろうなと勝手に思っていたのだ。

 その時にアナスタシアは、思い込みは良くないとちょっとだけ反省した。


 ちなみにあまりにも綺麗な文字だったので、ローランドから「お手本にすると良い」とも言われている。

 それをイヴァンに伝えた時、彼は殊の外喜んでいた。彼にとってローランドは尊敬出来る大人の一人となっているのだろう。もちろん苦手意識も多少はあるようだが、それでも仲の良い人たちが良い関係を築いているのを見るのは、胸が温かくなるものだ。


(良い方向に変わっていってほしい)


 人も――もちろんレイヴン伯爵領も。

 そう考えながらアナスタシアは、イヴァンがペンを動かす音をのんびりと聴いていたのだった。


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