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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第二章 領都の首無し騎士
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第一話 出来ればアンデッドでないと嬉しいですが


「やっぱりマヨネーズですよ!」

「いいや、ケチャップだって!」


 食堂に入ったとたんに、そんな会話が聞こえてきた。

 声の主はロザリーとライヤーだ。

 会話というより言い合いに近い。まぁ特に剣呑な雰囲気もないので、心配することはないだろうなと直ぐにアナスタシアは思った。


「ライヤーさんとロザリーさん、何の話をしてらっしゃるんでしょう」

「調味料がどうしたんだろうねぇ」


 アナスタシアとシズは二人揃って首を傾げた。

 食堂での会話であることから、恐らく食べ物絡みだろうとは想像が出来たが、内容までは分からない。

 何だろうなぁとポカンとした表情で見ていると、


「アナスタシア、シズ」


 と、少し離れた場所から声を駆けられた。

 ローランドだ。探し物の指揮を執っていたローランドは、先に来て席についていたようだ。

 アナスタシアとシズが歩いていくと、ローランドの向かい側に座った。


「ローランドさん、あの二人、どうしたんですか? マヨネーズとかケチャップとか聞こえてきましたが」

「ああ、先ほどからあの調子でな……」


 ローランドは小さく息を吐くと、ライヤー達の方へ手のひらを向ける。


「目玉焼きにはマヨネーズが美味しいですって!」

「ケチャップを一度味わってみろ、うまいぞ!」


 どうやら話題の中心は目玉焼きだったらしい。


「……と、まあ、こんな調子で目玉焼きには何をかけるかという論争をしている」

「平和ですね。となると今日のお昼ご飯には?」

「目玉焼きだ。私は塩の予定だが、二人は何をかける?」

「塩でお願いします!」

「はーい! 俺もです!」


 アナスタシアとシズが元気にそうオーダーすると、近くに控えていた使用人が「かしこまりました!」と笑顔で厨房へ向かって行った。

 少しして、じゅわ、と焼けるが聞こえてくる。卵を焼き始めたのだろう。

 アナスタシアは楽しみだなぁと、厨房の方を見て思った。


「ちなみにベーコンを一緒に焼いているそうだ。良い物を仕入れられたと料理長が喜んでいた」

「うわっそれ絶対に旨い奴じゃないっすか」


 シズがぐぐっと両手の拳を握る。

 アナスタシアもベーコンと聞いて「おおー!」と嬉しそうに笑う。


「ウワサのベーコンエッグ……!」

「ウワサなの?」

「馬が言っていました」


 それはある意味禁忌ではなかろうか、などとローランドは真顔になった。

 相変わらずアナスタシアと馬の間で交わされている話題が謎である。

 シズも若干反応に困ったようで、少し視線を彷徨合わせたあと、


「ウワサと言えば、そう言えば最近、領都で首無し騎士が出るってウワサを聞きました」

「首無し騎士?」

「うん、そうそう。頭だけがない全身鎧の騎士。アンデッドっぽいよね」

「ひい」


 シズが肯定するとアナスタシアの顔がサーッと青ざめる。


「そう言えば、アンデッド系が苦手だったか」

「そ、そんなことは別に!?」


 明らかに挙動不審になるアナスタシアに、ローランドが小さく笑う。


「私の方にも報告が来ている。アンデッドかどうかは分からないが……気になるのは、ロンドウィックから戻ってきてから、目撃情報が多数上がり始めたことだな」

「ロンドウィックから? それってまさか、カスケード商会が何かしているってことですか?」


 シズが聞くとローランドは「いや」と軽く首を横に振る。


「考えはしたが、カスケード商会がそれをする意味とメリットがない。首無し騎士が出たところで、カスケード商会が取り扱う商品に利益が出るものはない。聖水を仕入れて販売するならば別だが、わざわざカスケード商会を通す必要性がまるでないからな」

「聖水というと、教会案件ですか?」

「聖水自体は教会で買えるからな。手数料を上乗せされた状態で、カスケード商会で買う必要がない」


 正式には星教会(ステラ・フェーデ)と呼ばれるそれは、この世界を作りたもうた三柱の創造神を中心に、その眷属の(かみさま)を信仰している教会だ。

 この国クライスフリューゲルの各地に点在しているそれは、レイヴン伯爵領にも存在している。

 アナスタシアは行った事はないが、母オデッサの葬儀の際に、屋敷に招かれた星教会の司祭は見たことがあった。


「まぁそういう話で、カスケード商会が何かしているというセンはないと考えている」

「なるほど。それにしても出没し始めたタイミングが変ですよね。ちなみに容姿などは?」

「銀色の鎧に全身を包んだ大柄な騎士、とのことだ。――ああ、確か首無しの馬に乗っている、という話もあったな」

「馬!」


 アンデッドかもしれない、との話題で顔色が悪かったアナスタシアだが、馬の話題が出た途端にこれである。

 首が無くても馬なら問題がないらしい。

 本当に馬が好きなんだなぁと、ローランドとシズはしみじみ思った。


「馬はともかくとして。首無し騎士による被害は今のところ出ていないが、住民たちが不安がっている。万が一、危険種だった場合、どこから入り込んだのかも問題だ」

「領都の壁に穴が開いてるってことですかね?」

「可能性はある。詳しく調べた方が良いだろう。シズ、頼めるか?」

「了解です」


 シズが敬礼すると、二人の話を聞いていたアナスタシアは、


「ローランドさん、私も行っても良いですか?」


 と、手を挙げた。するとローランドは目を瞬く。


「君が?」

「いえ、その、住んでいる場所のことを何も知らないなぁと思いまして」


 アナスタシアは屋敷の外に出た事などほぼない。

 長く外出したのはロンドウィックが初めてだ。

 見たもの、聞いたもの、知ったこと、すべてがアナスタシアにとって新鮮だった。人の生活や、事情、善意に悪意――すごいと思ったし、なるほどとも思った。

 そして同時に、自分がレイヴン伯爵領の事をほとんど知らないのだと理解したのだ。

 アナスタシアの話を聞いて、ローランドは「ふむ」と少し考えたあと、


「シズ、良いか?」

「もちろんですとも! アナスタシアちゃん、ばっちり案内してあげるからね!」


 と、許可が下りた。アナスタシアは両手を上げて「やったー!」と喜ぶ。

 その笑顔を見て、ローランドは表情を緩めたあと「ただし」と言葉を付け加える。


「二人揃うと若干不安なので、ユニも連れて行きなさい」


 ユニと言うのは、ロンドウィックで出会ったあのユニコーンである。呼び名はアナスタシアがつけた。

 あの後、アナスタシアたちはユニを元々住んでいた場所へ帰そうと考えた。けれどユニ自身がもう少しここにいたいと言ったので、しばらく屋敷で暮らすこととなったのだ。

 ちなみにユニが住んでいるのは馬小屋だが、他の馬たちとも仲良くやっているようだ。馬いわく「娘がもう一人増えた」という感じらしい。

 そのユニをローランドは一緒に連れて行けと言っている。なぜだろうとアナスタシアが聞き返すと、


「一番落ち着きがある」


 との返答が返ってきた。

 その言葉にアナスタシアとシズは、がーん、と二人揃ってショックを受ける。

 周りの使用人たちは「確かに!」などと頷いている辺り、落ち着きがないことに否定が出来ず、二人揃って「はぁい……」と肩を落としたのだった。

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