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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第二章 領都の首無し騎士
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プロローグ 初めての手紙は面会依頼


 ロンドウィックから戻って来てから早十日。

 レイヴン伯爵領は秋まっただ中。清々しく晴れ渡る空の下、アナスタシアの住む屋敷からも、木々の葉が赤や黄色に鮮やかに色づいているのがよく見える。

 秋だなぁ。

 なんて平凡な感想を抱きながらアナスタシアは、広間のテーブルの上に積まれたたくさんの手紙を一通ずつ読んでいた。


 この手紙が何かというと、そのほとんどはアナスタシアやローランドへの面会依頼の手紙である。

 今まで手紙の一つも来た事がなかったアナスタシアだ、これにはさすがに少し面食らっていた。 

 それでも初めての手紙である。最初は嬉々として読んでいたアナスタシアだったが、延々と続けばさすがに疲れるもので。

 アナスタシアはいったん手紙を読む手を止め、ごしごしと目をこすった。

 それから向かい側に座るシズを見る。彼はアナスタシアが読み終わった手紙の仕分けと整理をしていた。


「シズさんシズさん。何でまた急に、こんなに来たんでしょうね」

「そこはほら、ロンドウィックの一件じゃない? カスケード商会のさ」

「カスケード商会ですか?」

「うん。あそこの商人を相手にしても、一歩も引かなかったでしょ。それが理由だろうねぇ」


 商人の情報網って凄いからね、とシズは言う。


「カスケード商会はレイヴン伯爵領内では一番力が強いんだ。やり方自体は強引なものが多いけれど、それでも影響力は大きい。だからこそ、そんなカスケード商会を相手にしても態度を崩さなかった事で、他の商会は君がどう動くのかに興味を持ってる」

「なるほど、つまりは珍獣扱い」

「要約すると似たようなものだけども!」


 アナスタシアが納得して頷いていると、シズは「スッパリしてるなぁ」なんて苦笑する。

 否定しなかったあたり、シズも少なからずそう思ってはいるのだろう。まぁ珍獣というよりは変わり者という印象が強いのかもしれないが。

 ちなみに珍獣と自分を称したアナスタシアは「レアリティ……」なんて呟いているあたり、珍獣扱いに関しては満更でもなさそうだ。


「まぁそれは置いておいて。領地内での評判は分かりましたが、外ではどうなんでしょう?」

「外?」

「他の領地など」

「外もなかなか」

「なるほど、上手い(、、、)んですね」


 シズの言葉にアナスタシアは感心したようにこくこくと頷く。

 それから再びテーブルの方へ視線を落とす。釣られてシズもそちらを見た。

 手紙の山から少し外れた場所に、カスケード商会と書かれた手紙が置かれている。


「アナスタシアちゃん、これ全員と面会するの?」

「いえ。カスケード商会とは会っておきたいですが、他はローランドさんが選別した相手とだけですね」

「なるほどなー」


 それなら安心だとシズは頷く。アナスタシアも同じ気持ちだ。

 外の世界の情勢にはまだまだ疎いアナスタシアである。誰がどういう人物なのか、どういう商会なのかという知識は不足している。

 先入観がないという意味では良いかもしれないが、立場的に何も情報がない状態で面会するのはさすがに難しい。

 シズは「お貴族様って大変だね」などと言っていたが、まさしくその通りである。


「まぁこれだけ頂けるなら、友達からの手紙が良かったんですけどね。人間の友達いないですけれど」

「アナスタシアちゃんって、悲しい事実をさらっと言うよね」

「物憂げな雰囲気をプラスするとそれっぽいですかね」

「言葉にした時点で物憂げとは程遠くなるよアナスタシアちゃん」

「なんと」


 口を押えるアナスタシア。

 思わず吹き出すシズ。

 そんなアナスタシアに向かって、シズは茶目っ気たっぷりに、


「友達なら、栄えある一人目にシズさんとかどうかなっ」


 なんてウィンクをすると、アナスタシア、がたっと席を立つ。

 アナスタシアは目を輝かせ、こくこく頷く。


「なります!」

「なろう!」


 がっし、と手を握る二人。


「……ところで今さらですが、友達とは何をするものなのでしょう?」

「雑談したり、遊んだり?」

「なるほど、今と同じ」

「あれ? つまりもしかして、もう友達だった?」


 二人して目を見合わせると、どちらともなく噴き出して、笑いだした。


 そんな会話を合間にしつつ。

 手紙の仕分けを一通り終え一息をついた時、不意にアナスタシアの腹の虫がくう、と鳴いた。

 反射的にアナスタシアが、両手でバッと腹を抑えると、シズが噴き出す。


「不意打ち……!」

「あはは。そう言えば、そろそろお昼の時間だねぇ」


 シズが言いながら時計を見上げる。つられてアナスタシアが顔を向けると、時計の針は十二時を少し回ったところだった。

 どうりでお腹が空くわけである。

 アナスタシアとシズは手紙を片付けると立ち上がり、部屋を出た。

 その足で向かうのは屋敷の食堂だ。

 なぜ食堂へ向かうのかというと、本日の昼食は普段とは違い、食堂に用意されているのである。


「そう言えば、今日は食堂で食べるんだっけ?」

「はい。屋敷のあちこちが、まだまだ大変なことになっているので」


 シズの言葉にアナスタシアは頷く。

 屋敷のあちこちが大変、と評されるくらい、何が行われているかと言うと。

 実は昨日から、ローランド主導による、屋敷内部の調査が始まったのである。


――――何ていえば仰々しいが、要は探し物をしているのである。

 伯爵家が保管している、領地経営や入出金関係の過去の書類を探しているのだ。

 ローランドはレイヴン伯爵領に派遣されてから毎日、そういった書類の確認を行っていた。すると幾つか見当たらないものがあったのだそうだ。


 何十年も前のものが一枚、二枚ならまだしも、それほど昔でないものが片手の指を超え出せば、さすがに不審に思っても仕方がない。

 意図的か、そうでないかはもう少し調べてからの判断になるが、ローランド曰く「黒い」とのことだ。

 ちなみにアナスタシアの父の代ではないらしい。それを聞いた時、アナスタシアは少しだけホッとした。

 

 まぁ、そういった事情で、屋敷内のどこかに保管されていないか探してみようということになったのである。

 破棄されてしまっている可能性もあるが――とにかく探してみなければ始まらない。

 そんなわけで今、屋敷中のあちこちの部屋は大変なことになっている。 足の踏み場もないとはこういうことかと、アナスタシアはしみじみ思った。

 なので本日の昼食は――下手すると夕食もだが――食堂で、という話になったのである。


 その話を聞いてから、アナスタシアは内心ウキウキしていた。少し――いや、かなり浮かれていた。

 立場上、大勢で食事を摂ることなど滅多にないアナスタシアだ。賑やかな食事というものに、憧れがあったのである。

 まぁ実際に一緒に食事ができるかどうかは微妙だが、それでも普段皆が食べている場所で食事をするというのは、なかなか心躍るものがある。


「アナスタシアちゃん、スキップしてるよ」


 うくく、と笑いを堪えたシズにそう言われて、嬉々とした感情が体に駄々洩れになっていたことに気が付く。

 アナスタシアは、はたと止まると人差し指を口の前に立て、


「内密にお願いします」

「はーい、りょーかい!」


 とお願いすると、シズは笑顔で頷いてくれた。

 そうして歩いていると、あっという間に食堂に到着した。両開きの扉の向こうからは、ふんわりと良い香りが漂ってきている。

 食堂は普段、使用人や屋敷を守る騎士たちなどが利用している場所だ。

 未知の場所――とまではいかないが、アナスタシアは今まであまり入ったことがない。

 シズが扉を開けると、中からは賑やかな声が飛び出してきた。

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