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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十章 憧れの肖像と夢現の舞踏会
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第四話 シズの怒り


 エレインワースの実家、マリス星爵家。

 マリス星爵家とは、エレインワースがロッド商会に注文した宝飾品の請求関係でローランドがやり取りをしたくらいで、アナスタシアには特に交流はない。

 しかし先日の古都の一件の後で、突然、面会を希望する手紙が届いたのである。恐らくアナスタシアとフランツが仲良くしているという話を誰かから聞いたのだろう。ローランドは「今後どちらへ転がっても良いように、繋がりを作っておきたいのではないか?」と言っていた。

 まぁ、つまり、アナスタシアが領主になった時のため、という事だ。


 ローランドが領主代行となったばかりの頃は、いかに国がアナスタシアを次期領主の最有力候補として考えていても、レイヴン伯爵領内は平民の血を引く貴族の子よりも、貴族同士の間で生まれたガラート達の方が良いという考えが強かった。

 そして領主を引退していてもベネディクトの影響力は大きかった。だからこそマリス星爵家は領主(レイモンド)の第一夫人の実家という立場であるにも関わらず、ベネディクトの顔色を窺って一切こちらへ接触しようとしなかったのだ。もちろんレイヴン伯爵領の領民達を苦しめた側の人間の実家、という事で、下手に動けなかったというのもあるのだろうけれど。


 しかし最近のレイヴン伯爵領の風向きはだんだんと変わってきている。

 そこへアナスタシアとフランツの話を聞いて、自分達の甥と仲良くしているならばあわよくば――なんて考えが浮かんだのだろう。


(お祖父様と言えば……)


 ベネディクトの事を思い浮かべたら、彼がしたという不正についての話も思い出した。

 祖父が何故不正を働いたのか。その理由はどうもアントーニアの身体の状態が関係しているかもしれないのだ。アントーニアは昔からあまり身体が強くない。だからこそ体調を良くしてやりたい、治療してやりたいとベネディクトは考えて行動していたようだった。

 そのためにお金が必要となり、不正に手を出した――という事ではないかとローランドは言っていた。

 しかし同時に少々妙な点もある。

 ベネディクトの側近だったヘルマン町長の証言によると、当時、不正に関与していた者はもう一人いるらしい。しかもその者がアントーニアの主治医であるレルナー・ゼーローゼを紹介したらしいのだ。そしてその人物はベネディクトが引退すると同時に退職し、その後の行方が掴めなくなっている。

 これはどうも怪しいと、この辺りも含めて先日捕らえたヴァレリーとメレディスに話を聞いている最中だった。


(本当に、ずいぶん昔から内部に入り込んでいたと考えると……)


 旧アーデン領の者達の執念にうすら寒さすら感じる。狡猾で、まるで蛇のような。

 ……だが、まぁ、それはそれとしてだ。

 今の問題は目の前のマリス星爵である。エレインワースの実家という事で、ローランドからは警戒対象として考えられているため、面会の許可はまだ出ていない。これから先も出るか微妙なところだ。

 ついでに「そもそも念のため打診した君の引き取りについても、即座に拒否しているからな。なのに会いたいとは実に都合が良い話だ」と怒っていた。アナスタシアからすれば、仮にマリス星爵家に預けられていた場合、どういう扱いをされるのかは何となく察する事が出来たので、引き取りを拒否されて良かったとは思っているけれど。


「ごきげんよう、マリス星爵。このような場所でお会いするとは思いませんでした」

「私もです。ああ、本当に今日は何と良い日でしょう」


 無視するのはさすがに良くないなと思い、アナスタシアはそう挨拶をしたが、マリス星爵からはなかなか大袈裟な言葉が返って来る。実にわざとらしい振る舞いだなぁとアナスタシアは思った。


「私の妹が失礼な真似をして、大変申し訳ございませんでした」

「そのお話は、今ここですべきものではありませんよ」

「なかなかお会いする許可をいただけませんので。……我がマリス家はアナスタシア様の親戚であるにも関わらず、お声を掛けていただける事すら出来ないままでしたから」


 マリス星爵は悲し気な表情になるが――まぁ、これも演技だろう。ロンドウィックで出会った時のガースやロザリーの方が上手いくらいだ。

 しかし、これはしつこそうだ。どう話を切り上げるべきかとアナスタシアが考えていると、


「親戚の私共ならば、アナスタシア様のお力になれると思うのです。ローランド様もいつかは王都へお帰りになるでしょう? ですからその前に仲を深めて、盤石な体制を築く必要があると思いませんか?」


 なんて事を言い出した。つまりローランドという後ろ盾がなくなれば、お前はただの力のない子供だ。だから自分が手伝ってやろう、という意味である。仲を深めてなどと言っているが、なかなか攻撃的な物言いだ。本心ではアナスタシアなど認めたくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。

 ふむふむ、とアナスタシアが心の中で呟いていると、


「そこまでにしてください。ローランド監査官から、あなたがアナスタシア様と話をする許可は出ておりません」


 シズが厳しい声でそう言った。するとマリス星爵が不快そうに目を細くする。


「……おや。私は偶然出会っただけですよ。見かけたのに、ご挨拶もなく立ち去るのは失礼でしょう?」

「挨拶の範囲はとうに越えておりますので」

「ははは。……君は孤児院出の騎士だったね。他も平民ばかりだろう。余計な口出しをしないでくれるかな?」


 ああ、これはとアナスタシアは思った。平民を悪い意味で下に見る典型的な貴族だ。


「……マリス星爵。そのお話をするのは、ローランドさんの許可が必要となります。ですので今日はここまででお願いします」

「ではいつなら許可が出ますか? アナスタシア様の親戚なのに、何の協力も出来ないなんて。エレインワースのような不出来な者を返されて、それでおしまいだなんて、実に酷い話じゃありませんか」

「……不出来?」


 彼の言葉にアナスタシアはぴくりと反応した。血の繋がった親族の口から出る言葉ではなかったからだ。怪訝に聞き返すアナスタシアに、マリス星爵は何とも思っていないように「ええ」と頷く。


「エレインワースは領主の妻であるのに、今では評判は地の底です。おまけにあれが勝手に買った宝飾品の支払いまで請求されて……。憐れに思ってくださらないのですか?」


 前者については行いを考えれば当然の事だし、後者についてもレイヴン伯爵家としては不要のものだ。憐れに思う必要も理由もない。けれどもマリス星爵は、アナスタシア達が突き放すような事をしたのが悪いのだとでも言うように訴えかけて来る。

 こういう思考を持った相手にはあまり関わった事がない。だからアナスタシアは冷静に一つ一つの言葉を対処する事にした。


「エレインワース様の指示で行われた事に関して、評判がそうなるのは仕方のない事です。また、契約し購入した商品の支払いをするのは当然でしょう。エレインワース様の個人資産で購入した宝飾品については、そちらへお届けしてあります。宝飾品を販売した商人も、エレインワース様も、見る目のある方でした。ですから、それらを売却すれば、支払いについては問題ないと報告を受けております」


 評判についてはどうしようもないが、宝飾品の請求に関してはそれで解決出来るはずだ。淡々とそう返すアナスタシアに、マリス星爵は少し怯んだようで一瞬言葉に詰まった。けれども直ぐに表情を取り繕って「そうではないのです」と首を横に振った。


「領主の妻であったのに、とんだ面汚しだと言われ続ける。マリス家もそうです。だから我が家は古都から引っ越す事となった。……ここでも肩身が狭い思いをしているのです」

「仕方のない事です、とお伝えしました」


 彼女(エレインワース)を諫められる立場にあったのに、それを選択しなかったのもマリス星爵家だ。だから評判が落ちた事に関しては、どうしようもない。

 ――とアナスタシアは言いかけて口を閉じた。ここでそれを言って激高されたら、周囲に迷惑が掛かるからである。


「……フランツ様や御兄弟が、同じ思いをしていたとしても?」


 するとマリス星爵はそんな事を言い出した。思わずアナスタシアは、ぎくり、となる。

 自分の事は何を言われても平気だ。慣れているし、気にならない。他人からどう思われようと自分に関しては何とも思わない。

 だけれど、身内はだめだ。一度懐に入れた人間について色々言われる事に弱いと、アナスタシアはここしばらくで自覚した。

 動揺したアナスタシアに、マリス星爵は目敏く気が付いた。


「落ちた評判も、マリス家への非難も。それらはそのまま、フランツ様達の評判に繋がるでしょう。それを憐れだと思って下さるのならば」


 マリス星爵が、一歩、アナスタシアに近付く。片手を胸に当て、悲痛な顔で。アナスタシアの罪悪感に訴えかけてくるような声と言葉を持って。


「せめて、ひと言。ここで許すと言って下されば……」

「――やめろっ!」


 その時、シズが強い声でそう言った。怒気を感じてマリス星爵の足が止まる。

 アナスタシアがハッとして彼を見上げる。シズの顔には怒りが滲んでいた。


「今後の付き合いを考えれば、ここで許すと言えば済むでしょう。だけど、それはちょっと卑怯じゃないですか?」

「卑怯ですって?」

「その前提であれば、遅かれ早かれ、この子は許すでしょうよ。そりゃそうです。頭の良い子だ。その方が皆のためになる。だから許すとこの子は言う。だけどそれが大人ですか。本当にそれが大人の取る態度ですか」

「……貴族とはそういうものだ」


 シズの言葉にマリス星爵は、苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「大人としてどうなのかって話です。子供を守る立場にある大人が、いつまで子供に甘えて、寄り掛かって、傷つけ続けるんだって話なんですよ!」


 彼がそう声を荒げた時。

 ロザリーとガースが、シズの肩を力強く掴んだ。


「シズさん、ちょっと待って待って! 気持ちは分かりますが、落ち着いて下さいよ!」

「頭を冷やしなさい、シズ・ヴァルテール! あなたはお嬢様の護衛を勤める騎士でしょう。振る舞いはそのまま主の評判に直結します!」


 二人は口々にそう言うと、シズの身体を後ろへ引っ張る。そしてその代わりにガースが前へ出た。彼は胸に手を当てると、


「マリス星爵。アナスタシア様はこの後、お約束があります。息抜きを兼ねてキャラバンの視察に来ておりましたが、これ以上引き延ばすようであれば、お約束のお相手からも、あなたへ抗議が行くでしょう。それで困るのはあなたではありませんか?」


 静かにそう言い切った。マリス星爵は、ぐっ、と言葉に詰まる。ガースのハッタリだったが、黙ったところを見るとしっかりと効いた(・・・)ようだ。

 それからガースはアナスタシアの方へ目を向けた。シメの仕事はこちらだと言っているかのように。

 アナスタシアはすうと息を吸うと、


「マリス星爵。それでは、これで失礼させていただきます」


 とだけ言って、その場を後にした。


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